第181話 分岐点

 ルイや美咲たちが自衛隊員と共に施設内に入ると、警備についていた自衛官が道を譲り、扉を開けてくれる。

 結果的に、拍子抜けするほど簡単に施設の地下まで進むことができた。


「これも本田さんのおかげでしょうか?」


 小走りで廊下を進みながら、ルイは隣にいる美咲に声をかける。


「さあね。部長は自衛隊に協力までは求めなかったはずだ。私たちに協力すれば罪に問われるからね」

「じゃあ、どうして……」

「今はそんなこと考えても仕方ない! 先を急ぐよ」

「は、はい!」


 全員で階段を下り、分厚い鉄の扉を開く。


「地下三階……ここに悠真が」


 ルイは腰に携えた刀に触れる。知らなかったとはいえ、悠真を倒してしまったのは自分だ。そのせいで幼馴染は窮地に陥っている。

 ――悠真を助け出すのは僕の責任だ。

 決意を新たに、通路の角を曲がる。すると唐突に銃声が聞こえてきた。


「なんだ!?」


 美咲が案内をしている自衛官に尋ねる。


「お、恐らく三鷹さんを助けようとして、自衛隊と政府直轄の探索者シーカーが戦闘になっていると思います。政府の探索者シーカーは命令系統がまったく違うので、こちらの味方ではありません!」


 ルイはギリッと歯噛みする。政府が管理している探索者シーカーは、かなり強いと聞いたことがある。元々、民間で活躍していた人間を採用して治安維持に当てているとか。

 そんな探索者シーカーと戦えば、銃火器を持った自衛隊でも刃が立たないだろう。


「美咲さん! 先行します!!」


 ルイが飛び出し、速度を上げる。


「無理はするなよ!」

「はい!」


 ルイは鞘から刀を抜き、目の前に塞がる鉄のシャッターに刃を向けた。


 ◇◇◇


「おいおい、お前ら! 自分たちがなにやってんのか分かってんのか!?」


 銃弾の雨を避けながら、三人の探索者シーカーたちは壁際に身を隠す。グレーのバトルスーツに身を包んだ警視庁警備部所属の探索者シーカー

 髪は短く刈り込まれた坊主頭で、手には刃渡り五十センチほどの短剣を持つ。

 突然、自衛隊員が銃を向けてきたため、やむを得ず戦闘に入った。


「シビリアンコントロールってもんがあるだろう! 一体誰の命令でこんなことしてんだ!?」


 警備部のリーダー、園崎が声を荒げる。まさかこんな事態に陥るとは思っていなかった。

 外部からは侵入困難な自衛隊の地下施設。

 警備といっても形だけのもの。危険があるとすれば"黒鎧"が暴れた時ぐらいだろうとたかくくっていた。それなのに――

 

「まさか……自衛隊が裏切るとは」


 後ろに控える仲間を見る。


「仕方ない。奴らを制圧する。魔法を発動させろ!」


 園崎たちは持っていた短剣に魔力を込め、剣身にメラメラと炎を灯す。隠れていた通路から出て、自衛隊の正面に立つ。


「撃てええええ!!」


 五人の自衛官による一斉掃射。恐ろしい速さで飛んでくる弾丸は、園崎の手前で燃え尽き、煙と共に消えていく。

 炎の障壁によって焼き尽くされていた。


「はっ! 制圧用のゴム弾かよ。なめやがって」


 炎の短剣を下段に構え、園崎は駆け出した。二人の仲間もそれに続く。

 銃弾さえ無効化できれば、魔法が使えない人間など探索者シーカーの敵ではない。青ざめる自衛官の小銃を斬り裂き、腹を蹴り上げた。

 苦悶の表情を浮かべ地面に転がった自衛官は、もんどりうって嘔吐えずき始める。

 他の探索者シーカーたちも次々と自衛官を制圧していき、あっと言う間に全員をその場に組み伏せた。


「まったく、余計な仕事増やしやがって!」


 園崎が舌打ちすると、部下の警官が「この後、どうしますか」と聞いてきた。

 ここは自衛隊の施設。大勢の自衛官が駆けつけてくるかもしれない。それは厄介だと、園崎は一人ごちる。


「取りあえず、警視庁に連絡を入れる! 政府筋はどこに裏切り者がいるか分からんからな」


 五人の自衛官を動けないように拘束し、園崎は電話のある警備室に移動しようとした瞬間、後方のシャッターが爆発して吹き飛ぶ。


「なっ!?」


 火の粉と爆風を左腕で防ぎ、園崎はシャッターに視線を向けた。

 自衛隊の増援か? そう思った園崎だが、完全に破壊されたシャッターの下に立っていたのは、黒いバトルスーツを着た複数の人影。

 自衛隊ではない。あれは――

 園崎が警戒していると、先頭にいた人物が猛烈な勢いで駆けてくる。

 手に持った"刀"から炎が噴き出す。


「やはり探索者シーカーか!!」


 慌てて短剣を構え、防御体勢を取る。顔は見えない。

 何者か分からないが、相当な手練れだろうと園崎は直感した。二人の剣が交錯する刹那――相手は刀の刃を返し、峰で斬りかかってくる。


「峰打ちだと!? ふざけやがって!!」


 怒った園崎の剣が相手の刀に当たった瞬間、目の前で爆発が起きた。衝撃で園崎の頭が後方に跳ねる。

 なにが起きたのか分からない。

 背中を床に激しく打ちつけ、そのまま意識を失った。

 後ろにいた二人の警官は突然の出来事に硬直している。そのスキを見逃さず、刀を持った人物は流れるような動作で斬撃を放ち、峰で二人を打ち払った。

 小さな爆発が起き、両方の意識を刈り取る。

 三人の警備探索者シーカーを倒したことを確認したルイは「ふぅ」と息を吐き、ヘッドギアを上げる。


「やったか、ルイ?」

「はい、気を失っているだけですが、しばらくは起きないと思います」


 美咲たちもシャッターをくぐり、収容区画に入る。


「ここか?」


 美咲は振り返り、案内してくれた自衛官に尋ねる。


「はい、ここで間違いありません。その部屋に三鷹さんがいるはずです」


 自衛官が指差す先、分厚い鉄の扉で閉ざされた部屋があった。「開けられるか?」と美咲が聞くと「あ、ちょっと待って下さい」と言って、倒れている自衛官の元へ駆け寄る。


「岡田一曹、起きて下さい!」


 倒れている自衛官の体を揺らし、なんとか起こそうとする。


「そいつしか開けられないのか?」


 覗き込んできた美咲に対し、若い自衛官は「はい、自分では開けられなくて」と申し訳なさそうに返す。

 岡田一曹と呼ばれた男はすぐに意識を取り戻したが、まだ朦朧としており、動けない様子だった。若い自衛官がカードを預かり、暗証番号を聞いて代わりに開けることになった。


「では、開けます!」


 ルイがゴクリと喉を鳴らす。この中に悠真がいる。なんと声をかければいいか分からなかった。

 悠真は剣を向けた自分を赦してくれるだろうか? そんな不安が胸に込み上げる。

 自衛官がカードリーダーにカードを通し、暗証番号を入力。鉄の取っ手を掴み、捻ってから手前に引く。

 重厚な扉は、ゆっくりと開いた。

 待ちきれなかったルイも手伝い、一緒に扉を開く。ある程度隙間ができると、ルイはムリヤリ体をねじ込み中に入った。


「悠真!」


 それほど広くない真っ白な部屋。

 中央にベッドが置かれ、その脇で誰かが倒れている。青っぽい患者衣を着た黒髪の男性。うつ伏せで顔は見えなかったが、それが誰かルイにはすぐ分かった。


「悠真!!」


 ルイは慌てて駆け寄る。床に膝をつき、悠真を抱き起す。

 体に力は入っておらず、手足はだらんと投げ出された。口からは泡を吹き、白目を剥く幼馴染の姿に、ルイは言葉を失なった。


「そんな……」


 後ろから美咲たちも部屋に入ってくる。悠真の状態を見て誰もが言葉を失うなか、自衛官だけは脈があるかどうかを確認する。


「し、心肺停止! 急いで搬送しないと!!」


 周りの人間が我に返り、応急処置をしようとする。そのかたわらで、ルイはどうしていいか分からず、頭が真っ白になっていた。


 ◇◇◇


 太平洋―― 日本とハワイの中間地点を進む赤い群れがあった。

 【赤の王】を先頭に、数百匹の竜たちは南米へと向かっている。迷いなく飛行しているように見えた集団だが、赤の王はピクリと顔を動かす。

 大きな翼をバサリとはためかせ、体をゆっくりと傾ける。進行方向が徐々に変わり右に曲がり出した。

 追随する竜たちも同じように進路を変える。

 それは目的地を多少変更するような動きではない。まったくの逆方向。【赤の王】は最終的な目的地を、南米から日本へと変更した。

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