第180話 目的の施設

「三鷹悠真は世界を蹂躙してる四体の【キング】を、唯一倒せるかもしれないんだ。その人間が死んでしまえば、日本に……いや、世界に希望が無くなってしまう!」

「本気で言っているのか?」


 怪訝な顔で見つめてくる御子柴に対し、本田は真っ直ぐに見つめ返した。


「本気だ。アイシャ・如月博士は三鷹悠真の"マナ"を測定したと言っていた。とてつもない数値が出たと。博士の研究所を調べたが、本当に特殊な【マナ測定器】があった。もちろん、それだけで博士が正しいとは言いきれない。しかし彼女が言っていることが全て事実なら、取り返しがつかないことになる」


 御子柴は言葉を無くし、視線を落とす。付き合いの長い本田が、そんなことを言うとは思っていなかった。本当に確信しているのか?

 確かに今は非常事中の非常事。これまでの常識など一切、通用しないのかもしれない。本田の言う通りなら三鷹悠真を、"黒鎧"を殺すことが国家の安全上大きなリスクになりえる。

 しばらく思い悩んだあと、御子柴は口を開く。


「それで、俺になにをしろと?」

「三鷹悠真がどこに収容されているのか知りたい。彼の居場所は極秘事項で、私でも情報が掴めなかった」


 本田は自衛隊の施設にいるのだろうと予想していたが、それがどこなのかはいくら調べても分からなかった。

 こうなれば陸自の幕僚長である御子柴から聞き出すしかない。

 そう思っていたのだが――


「ダメだ。できない」

「御子柴……」


 苦しそうな表情で目を閉じる御子柴。当然の答えだと思うものの、本田も引き下がる訳にはいかない。


「御子柴! お前には迷惑をかからないようにする。だから――」

「違う! そうじゃない!!」


 大声で叫んだ御子柴に、本田はなにも言えなくなる。

 しばらく沈黙が続いたあと、御子柴がゆっくりと口を開いた。


「お前の言うことが全て本当だとしても、もう間に合わん」

「どういう意味だ?」


 本田の頬に、冷たい汗が伝う。


「黒鎧の抹殺命令はすでに下された。明朝までには実行されるだろう」

「そんな!?」

「遅かったんだ。あと一日早ければ……俺もなんとかしてやれたかもしれんが」


 苦しそうに臍を噛む御子柴の前で、本田はガタリと立ち上がる。


「だったら、今すぐやるしかない! 頼む御子柴、場所を教えてくれ!!」

「今から行っても無駄に終わるかもしれん。それでもやめないのか?」

「可能性が1パーセントでもあるならやるさ」


 覚悟を決めた本田の目を見て、御子柴は苦悩する。

 間に合う可能性は低い。行かせれば、本田を犯罪者にしてしまうだけなんじゃないのか? そんなことになんの意味がある? 無二の親友を失うだけだ。

 御子柴の脳裏に、様々な葛藤が浮かんでは消えていく。御子柴は雑念を払うように頭を振り、本田を見た。

 真剣に国防を考えている男を、自衛隊員として無下に扱うことはできない。


「……埼玉にある陸上自衛隊、朝霞駐屯地だ。その地下の施設にいる」


 本田は目を見開き、御子柴を見る。


「ありがとう、恩に着る!」

「行くのか?」

「ああ、すぐ行動に移す。お前はなにも知らなかったことにしてくれ」


 そう言い残し、本田は足早に部屋を出ていった。

 御子柴はソファーに座ったまま、組んだ手を見つめる。本田が言った通り、このままなにもしない方がいいのか? 自分だけ傍観者のままで?

 断片的に入ってくる情報では、世界各地の軍隊が魔物にことごとく倒され、壊滅していると聞く。

 もはや国の防衛は機能しておらず、終末論まで囁かれ始めた。

 日本は比較的被害が少ないが、いずれ魔物たちに襲われ、同じ運命を辿るだろう。

 ――三鷹悠真が唯一の希望。

 本田の言葉が脳内でリフレインされる。御子柴は顔を上げ、後ろに控えていた付き人を見る。


「朝霞駐屯地の隊員に連絡を取れ!」


 ◇◇◇


 一台のバン。黒のハイエースが練馬に向かって走っていた。

 乗っていたのはエルシードの探索者シーカーたち。ルイと美咲・ブルーウェル、他四名の探索者シーカーが車内で準備をしている。

 黒いマスクで口元を覆ったルイが車内を見渡す。合計六人。

 戦力として足りているか分からないが、大勢で動く訳にはいかない。

 「俺も行きたい!」とごねていた泰前は目立ちすぎるという理由で。天王寺は両手を負傷しているため、共に不参加となった。


「覚悟はできてるか、ルイ? 魔物相手の戦いとは、訳が違うよ!」


 美咲が口をマスクで覆いながら、ルイに話しかける。


「はい、覚悟はできてます! 悠真は……僕が必ず助け出します!」


 六人のメンバーは黒い防弾用のプロテクターを着込み、顔が見えないようマスクとヘッドギアを付ける。

 この程度の変装では、いずれ身元はバレるかもしれない。

 それでも構わない、とルイは思った。


「防護用のプロテクターがあっても、銃弾を受ければ致命傷になりかねない。魔法の障壁を展開して防ぐんだぞ!」

「はい!」


 美咲の忠告にルイを始め、メンバー全員が気を引き締める。

 彼らを乗せた車は夜の都道8号を進み、朝霞駐屯地へと近づいていた。


 ◇◇◇


 時刻は午前二時。バンは目的地である自衛隊の朝霞駐屯地に到着した。

 車を基地の正門前の目立たない場所に止め、車内から様子をうかがう。深夜であるにも関わらず、基地内には明かりが灯っていた。


「こんな時間なのに、隊員が何人もいるぞ」


 美咲の顔が曇る。ルイも明らかにおかしいと思った。

 ――まさか、今日襲撃する情報が漏れてるんじゃ?

 ルイの額から嫌な汗が浮かんでくる。もし情報が筒抜けなら、作戦を遂行するのは絶望的だろう。

 時間はなく、悠真がいる詳しい場所も分かっていない。

 それなのに自衛隊員と正面から戦えば、時間切れになるのは目に見えていた。全員が深刻な顔をしていると、正門の近くにいた一人の自衛隊員がバンに気づき、近づいて来る。

 緊張感が走るが、隊員は両手を大きく振っていた。

 戦う意思はないようだ。運転席の窓をノックする隊員に、ルイや美咲は警戒しながらもウインドウを下ろす。


「エルシードの方たちですね。話は御子柴幕僚長から聞いています。三鷹さんの所に案内しますのでついて来て下さい!」


 バンに乗っていた探索者シーカーたちは互いに顔を見交わす。みんなキツネにつままれたような表情をした。

 どうやらこの隊員は自分たちのことを知っているようだが……。


「つまり私たちの味方をしてくれるってことか?」


 眉を寄せた美咲が聞くと、隊員は「そういう命令を受けておりますので」と真っ直ぐな目で答えた。

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