第362話 玉虫色の怪物

「これ、周囲の空間が分かるぞ」

「え?」


 悠真の言葉に、ルイは眉根を寄せる。


「空間が分かるの? 魔物がいる場所じゃなくて?」

「ああ、言葉にするのは難しいけど、なんとなく周囲の地形が認識できるんだ」


 明人も眉間にしわを寄せ、「なんや、変な能力やな」と腕を組む。


「だとしたら『魔力探知』やないな。もっと別の探知能力や」

「魔力とかは感じない。たぶん『空間』を認識してるんだと思う」

「せやったらコウモリの能力に近いんちゃうか? あいつら超音波を飛ばして周囲を認識してるんやろ。耳、もしくは触覚が強化されたんや、きっと!」


 明人は楽しそうに笑っていたが、悠真は奇妙な感覚を得たことに困惑した。


「なんか不思議な気分なんだよな。空間を感じるって言っても、ぼんやりとイメージできるってだけだし」


 悠真がボヤくと、ルイがなにかを考え込む。


「それ、魔鉱石の数が足りないんじゃないかな。たくさん摂取すれば、もっと鮮明に認識できるかも」

「お! なるほど」


 ルイの提案を受け、さらに数体のコウモリを討伐することになった。ルイと明人が協力し、最後は金属スライムになった悠真がとどめを刺す。

 最終的には四つの魔鉱石がドロップし、計八つを体に取り込む。


「ああ! 確かに空間のイメージがハッキリしてきた。これダンジョン探索には便利かもしれないぞ」


 悠真は気分を良くし、スライムの姿のままピョンピョンと飛び跳ねる。

「さあ、行くぞ!」と張り切り、ダンジョン内を軽快に進んだ。


 ◇◇◇


 黒のダンジョン・百五十三階層――


「あ! あれ見たことある!」


 そう言って、悠真は洞窟の奥を見つめる。


「なんや、あれ!? めっちゃめちゃかっこええやないか! ここにはあんな魔物もおんのか」

「凄いね。表面が玉虫色でキラキラ光ってるよ」


 三人の視線の先にいたのは、ヘラクレスオオカブトのような巨大な魔物。のっそのっそと洞窟内を移動し、地面を揺らしていた。

 悠真は横浜にあった黒のダンジョンで、この魔物に遭遇している。


 ――あの時は見つからないように素通りしてたけど、今回は倒さないと。


 スライム姿の悠真は頭から触手を二本伸ばし、先っぽを短剣の形に変えた。二本の剣をキンキンとすり合わせながら、巨大なカブトムシを睨む。


「かなり大変そうだけど、あいつは倒していこう。すごい能力がある魔鉱石が落ちそうだし」


 ルイも同意して頷く。


「確かに……黒のダンジョンにいる"玉虫色"の魔物は魔法耐性が高いって聞いたことがあるよ。だとしたら、あの魔物が落とす魔鉱石は『魔法耐性』に関係するものだ」

「魔法耐性……それは是が非でもほしいな!」


 悠真は俄然、やる気になる。【雷】の耐性が向上すれば、【黄の王】との戦いでも有利に働くはずだ。

 明人もゲイ・ボルグを持ち上げ、ニヤリと口角を上げた。


「相手に取って不足はなしや! あんな強そうな魔物見たら、ワクワクしてしゃーないで!」

「うん、でもなるべく手間をかけずに倒そう。このあともダンジョンを進まなきゃいけないからね」


 ルイも二本の刀を抜いた。臨戦態勢が整い、悠真たちは岩陰から飛び出す。

 動きの遅い悠真の脇をすり抜け、ルイと明人が前に出た。二人は先手必勝とばかりに魔法を放つ。


「消しとべや! デカカブトムシ!!」


 明人がゲイ・ボルグをかかげると、黒い稲妻が辺りを駆け、ヘラクレスオオカブトの体に落ちる。


「頭部にダメージを与える! 行け!!」


 ルイが抜刀すると、三羽の鳥が飛翔する。炎の鳥は滑空してオオカブトに向かい、頭にぶつかり激しい爆発を起こす。

 周囲にはモクモクと煙が広がり、オオカブトの姿を覆い隠した。


「どうや? ちょっとは効いたやろ!」


 明人はニヤッと笑い、前を見た。ルイも刀を構えたまま状況を見守る。

 煙が徐々に晴れてくると、傷を負ったオオカブトの姿が見えてきた。だが、それは思っていた以上に軽傷。外殻はほとんど破壊できていない。


「おいおい、嘘やろ!? けっこう力入れて魔法を撃ち込んだで! それであの程度の傷しかつかへんのか?」


 驚愕する明人の隣で、ルイもゴクリと喉を鳴らす。

 魔法が効きにくいのは織り込み済みだが、ここまでの防御力があるとは思っていなかった。

 ルイはギリッと奥歯を噛み、刀を構え直す。

 そんなルイの元に、金属スライムがピョンピョンと追いついて来た。


「ど、どうだ!? やったか?」


 ルイは足元の悠真を見て、首をフルフルと振る。


「想像以上に外殻が硬くて、僕らの魔法があんまり効いてないみたいだ。魔物も気にしてないようだからね」

 

 悠真が視線を上げれば、巨大なオオカブトは悠然と立ち去ろうとしている。


「へ~、お前らの魔法でもほとんどダメージがないのか……だとしたら時間がかかりそうだな」


 悠真の言葉を聞いて、明人がチッと舌打ちする。


「なんや。魔力を温存しようと思とったから、まだ全力やなかった。本気になったらあんなん、ちょちょいやで!」


 ゲイ・ボルグを肩に乗せて意気込む明人に、悠真はハイハイと相槌を打つ。

 とは言え、こんなところで手をこまねいている訳にはいかない。悠真も触手を伸ばし、先っぽの短剣を構える。


「よしっ! 全力でいこう!!」


 悠真の鼓舞にルイは「うん!」と答え、明人は「当然や!」と息巻く。三人は同時に駆け出し、一斉に攻撃を仕掛けた。

 悠真は二本の触手を一気に伸ばし、オオカブトの体に突き刺す。

 悠真は"氷魔法"を発動した。スライムの体表に青い紋様が輝き、その光は触手を伝ってオオカブトに達する。

 触手が刺さった部分を中心に、どんどんと凍り始めた。

 このまま動きを止めてやる! と意気込んだ悠真だが、凍る範囲はすぐに限界を迎える。


「くっ! ホントに魔法が効きにくい……」


 悠真は思ったほどダメージを与えられないことに、ギリッと奥歯を噛んだ。

 そんな悠真を他所よそに、明人はゲイ・ボルグを前に突き出し、六つの穂先をオオカブトに向かって飛ばす。

 穂先は稲妻を纏い、龍の姿になってオオカブトに襲いかかった。

 これには魔物も嫌がったようで、角を使って払いのけようとする。

 緩慢で大振りの攻撃だけに当たることはないが、その力は凄まじく、周囲の岩壁や石柱を盛大に破壊した。


「おお! さすがヘラクレスオオカブト! 迫力は一級品やな!!」


 明人は楽しそうに笑いながら、空中を舞う六つの穂先を操る。

 六体の稲妻の龍はオオカブトに激突し、硬い外殻をえぐり取っていく。傷口からは緑の血が滴り、効いているのは間違いない。

 明人はさらに猛攻を続けた。そんな明人に負けじと、ルイも二本の刀を構えて大地を駆ける。

 炎の灯った刀で"十字"を斬ると、炎の獅子が飛び出し、魔物の脚に迫った。

 激しい爆発が起き、火の粉と白煙が辺りを覆う。刀を構えたルイが見つめる先、徐々に煙が晴れて状況が見えてくる。

 巨大なオオカブトは、脚の一本を失っていた。

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