第96話 戦闘形態

 死んだように動かなくなっていたキマイラの体が、ドロリと溶ける。液体となって流れ出し、一ヶ所に集まってゆく。

 液体金属が立ち昇り、徐々に形を成したのは四足歩行の巨大な生物。

 それは百二十階層にいた、黒い‶水牛″だ。

 その魔物とまったく同じ姿で、鋼鉄の巨人の前に立ちはだかる。ひづめのついた後ろ足で地面を掻き、威嚇してきた。睨み合う二体の怪物。

 先に動いたのは黒い水牛。大地を蹴り、土煙を上げながら巨人に向かって突進する。

 二本の角が当たる寸前、巨人は両手で角をガシリと掴み、勢いの乗った突進を完全に止めた。

 水牛は前に行こうと足を踏み込むが、一歩も進むことができない。

 巨人が短い怒声を上げると角を持つ両手をひねり、水牛を思い切り投げ飛ばした。

 水牛は洞窟の壁に激しく体を打ちつけ、そのまま転倒する。

 衝撃で壁に大きなヒビが入り、砕けた岩が次々に落ちてきた。巨人は自分の体に岩が当たろうと、まったく気にせず水牛に近寄っていく。

 水牛は立ち上がろうとするものの、うまく動くことができない。

 鋼鉄の巨人は左手の甲から長剣を伸ばし、高々と振り上げる。起き上がれない水牛の首に、容赦なく剣を振り下ろした。

 凄まじい切れ味の剣は、難無く牛の首を切り落とす。

 巨人は転がった牛の頭をぞんざいに持ち上げ、放り投げた。首は二十メートル先の石柱に激突し、砕けた岩と共に地面に落ちていく。

 残った水牛の体は、ピクピクと痙攣いていた。

 巨人は剣を牛の胴体に深々と突き刺す。さらに剣をひねり込み、一気に引き抜いた。傷口からはドロリと黒い液体が溢れ出す。

 かすかに動いていた牛の痙攣はパタリと止まり、形が崩れ、体全体が液体へと変わっていく。

 放り投げられた牛の首もドロドロと溶け、黒い水溜まりとなった。

 液体は再び集まり出し、ウネウネと盛り上がると今度は四本腕の〝岩のゴーレム″となって立ちはだかる。


 ◇◇◇


「おい! あれじゃあ、悠真がどれだけ倒しても意味ねーじゃねえか!!」


 何度も再生するキマイラを見た神崎は、忌々し気に吐き捨てる。


「……いや、そうとは限らない」


 アイシャの呟きに、神崎は顔を上げた。


「どういう意味だ?」

「魔物の再生能力は体内にある‶マナ″を消費して行われる。もしマナが尽きるほどの破壊を繰り返すことができれば……」

「あいつを倒せるってことか!?」

「今の悠真くんなら、充分可能だ」


 神崎とアイシャがしゃべっている間に、巨人は四本腕のゴーレムに向かって突進していく。

 巨人が右腕で殴ろうとした時、ゴーレムは二本の左腕でそれを防いだ。

 さらにもう一本の腕も、ゴーレムは二本の右腕を使って押さえ込む。両者は組み合ったまま、ギリギリと睨み合った。


「うまいな。攻撃しても勝ち目が薄いと判断して、守りに入ったんだ」


 アイシャの言葉に神崎は驚いた。


「ちょっと待て! キマイラに知恵があるってことか!?」

「知能が発達している魔物などいくらでもいる。キマイラの場合は本能で行っているかもしれないが……」


 アイシャが視線を移すと、組み合ったままの巨人に変化が起こる。

 背中がモコモコと盛り上がり、一定の大きさに達すると、ゴボリと弾けた。中から四本の‶鋼鉄の腕″が出現する。

 巨人の背中から直接生えており、元々あった腕と合わせれば計六本。

 ゴーレムより多い腕を生み出した。


「なん……だ、ありゃ?」


 神崎が言葉を無くす中、アイシャは思考を巡らす。


「戦闘に応じて体を変化させるのは、キマイラだけじゃないってことか……」


 アイシャは目を細めて巨人を見る。


「ゔぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 巨人の雄叫びが洞窟内にこだまする。

 左手三本の甲から剣を伸ばし、ゴーレムの手首を斬りつけ、切断した。

 手首を失ったゴーレムは踏鞴を踏み、後ろに下がる。

 巨人は逃がすまいと一歩踏み込み、三つある右の剛拳で殴りつけた。それぞれの拳にはスパイクの突起が付き、より殺傷能力を上げている。

 頭や肩、胸を激しく砕かれたゴーレムは大きくよろめく。

 追撃を緩めない巨人はさらに左手三本の剣を構え、ゴーレムの胸と首、そして足を突き刺した。

 致命的なダメージを負い、膝を折りそうになった敵に対し、容赦なく前蹴りを叩き込む。

 ゴーレムは後ろに吹っ飛び、背中から豪快に倒れた。

 地響きが鳴り、粉塵が舞った後、しばしの静寂が訪れる。

 ゴーレムの体はまたしても液体と化し、ウネウネと流れて近づいてくるが、巨人が気にする様子はない。

 どんな形になろうと構わないと言わんばかりに、威風堂々としていた。

 六本の腕をダラリと垂らし、迫ってくる液体を眺める。黒い水溜まりから飛び出してきたのは無数の蛇。

 コブラではなく細長い七股の蛇だ。巨人の体に巻き付き、動きを封じようとする。

 いくつもの蛇の頭が牙を剥き、鋼鉄の体に噛みついてくるが当然ダメージなど与えられない。

 だが、拘束力は異常に強い。力づくで引き千切ろうとしても蛇の体はビクともしなかった。巨人の動きが完全に止まってしまう。


「お、おい……まずいんじゃないのか? 悠真が動けなくなっちまったぞ!?」

「……確かに、悠真くんの能力にタイムリミットがある以上、持久戦になれば負けるかもしれない」

「なにを呑気に言ってやがる!」


 アイシャと神崎が心配していると、巨人のあぎとがガパッと開く。


「があああああああああああああああああああああああああ!!」


 洞窟を揺るがす咆哮を上げると、巨人の体からいくつもの‶剣″が飛び出す。

 剣はやすやすと蛇の体を貫き、さらに剣身の途中から別の剣が生え、何又にも別れて伸びていく。

 蛇の体は切断され、輪切りになった胴体がボトボトと落ちてくる。

 体から伸びた剣を元に戻すと、巨人は足元に転がる蛇の頭を睨みつけ、容赦なく踏み潰していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る