第106話 立入禁止

 神崎の言葉に、悠真は思わず黙り込む。二人の間にしばしの沈黙が流れるが、先に口を開いたのは神崎だった。


「悪いな。急にこんなこと言ったら混乱するよな」

「社長……」

「まあ正直なところ、ここで働いてもらいたいって気持ちもある。だが、お前の能力を考えれば宝の持ち腐れになっちまうからな。お前も若いうちに稼ぎたいって言ってたし、そうしないか悠真?」


 悠真はうつむいた。自分のために言ってくれてるのは分かる。確かに大手の方が稼ぎはいいし、サポートも充実してるだろう。だけど――

 悠真は顔を上げ、神崎の目をまっすぐに見た。


「社長、俺この会社で働きたいです! 舞香さんや田中さんたちと一緒に」


 神崎は悠真の答えに目を丸くした。


「なんでだ? この会社にいたって、そんなに稼げないぞ! 若いうちに稼げるだけ稼いで早期退職したいって言ってたじゃねーか!」


 それを聞いて悠真はフルフルと首を振る。


「俺がそんなに強くなってるんだったら、大手に行かなくたって充分稼げるじゃないですか! それに今から別の会社に行ったら、余計なトラブルに巻き込まれるかもしれませんし」

「う~ん、まあ、それはそうかもしれないが……」

「俺、この会社好きですよ。ちょっとブラックな感じはしますけど……でも、アットホームなところがあっていいと思います」

「でもな、悠真。うちは認定‶C″ランクの会社だ。ダンジョンで入れる階層も浅い場所まで、『黒のダンジョン』の深い階層まで入れたのはアイシャに権限があったからだ。この会社の力だけで稼げるほどの階層には行けんぞ」


 神崎は現実的な話をしたつもりだったが――


「だったら、この会社のランクを上げていきましょうよ! それで稼いで会社を大きくして……社長だって稼いで早々に引退したいって言ってましたよね? 俺、頑張りますから」

「お前……泣かせること言うじゃねーか。後で後悔しても知らねえからな!」

「しませんよ!」


 悠真と神崎はガシリと握手を交わした。神崎は嬉しくなり、悠真の肩をバンバンと叩く。

 二人で笑いながらオフィスに戻ると、舞香と田中は怪訝な顔をする。


「どうしたの、二人とも?」


 舞香が聞くと、神崎は「別に」ととぼけてオフィスの奥へ行く。悠真もその後について行った。


「そうと決まれば‶水の魔力″を上げねえとな。取りあえず、赤のダンジョンで稼げるようにならねーと」


 神崎は部屋の角に置かれた小型の防盗金庫の前でしゃがみ、ダイヤルを回して解錠する。中から黒いケースを取り出し、悠真の元まで持ってきた。


「ここにある‶水の魔宝石″は全部使っていいから――」


 そう言って神崎がケースを開けると、中はからっぽだった。


「あれ?」

「どうしたんですか?」


 悠真も不思議そうにケースの中を確認する。やはりなにも無い。


「おい、舞香! ここにあった魔宝石の‶アイオライト″はどうした?」


 自分のデスクに座っていた舞香が顔を上げる。


「え? ああ、アイザス社への納品分が足りなかったんで、そこにあったアイオライトを使ったんだよ」

「納品したのか!? 全部?」

「うん、ダメだった?」

「いや、まあ、ダメじゃねーが……」


 神崎は残念そうにケースの蓋を閉め、悠真に目をやる。


「今、無いみたいだ。悪いな、悠真」

「いえ、仕方ありませんよ。今度『青のダンジョン』に行って取って来ましょう」


 二人がそんな話をしていると、興味津々で舞香が近づいてくる。


「なになに! 青の魔宝石がそんなにいるってことは、悠真くんの‶マナ″が凄く上がったってこと?」

「え……いや、その」


 悠真が答えに窮していると、隣にいた神崎がドヤ顔で頷く。


「おうよ! 黒のダンジョンで鍛えたからな。今なら充分な魔宝石が使えるくらいの‶マナ″はあるぜ!」

「すごい! この短期間でそんなに!?」


 舞香は目を輝かせ、見つめてきた。


「これで『赤のダンジョン』で魔物をいっぱい倒せるようになるね! 良かったじゃん、悠真くん!!」

「あ……はい」


 後ろで話を聞いていた田中も喜び、舞香と二人で『青のダンジョン』にいつ入ろうかと相談していた。


「しゃ、社長! 俺の‶マナ″が大量にあるって本当なんですよね? これで無かったら二人をがっかりさせちゃいますよ」

「だ、大丈夫だ! アイシャがあるつってんだから、間違いないだろう」


 ハッハッハと笑う神崎を見て、悠真は不安になる。マナ指数を測ったのは神崎ではなくアイシャだ。

 マナ指数が46万と言われても、簡単には信じられない。

 本当にそんなにあるんだろうか? と一抹の不安がよぎる。


「あっ! そうだ社長。俺がキマイラを倒したなら、キマイラの‶魔鉱石″が落ちてたんじゃないですか?」

「ああ! そう言えば確かにそうだな。だけどそれどころじゃなくてな……すまん! 置いて来ちまった」

「そう、ですか……まあ、しょうがないですよ。命が助かっただけでも儲けもんです」

「魔鉱石は拾ってこれなかったが、『青のダンジョン』で魔宝石を採取しまくって、お前が‶水魔法″を使えるようにするからよ。そうすれば火を吐く魔物どもを、楽々倒せるようになるぜ!」


 そう言ってバンバンと背中を叩いてくる神崎。悠真は苦笑いしつつ、その言葉で火を吐く魔物に出会ったことを、はたと思い出す。


「そう言えば社長。実はこの前、変な魔物に襲われて……」

「ん? ちょっと待て、電話がかかってきた」


 神崎がポケットからスマホを取り出し、「なんだ。またダンジョン協会からか」とブツブツいいながら電話に出る。

 黒のダンジョンに関する聞き取り調査のことだろうか? と悠真が思っていると。


「はい……ええ、え? 本当ですか……はあ、分かりました。ええ、ええ。はい」


 電話を切った神崎は深刻な顔をしていた。


「どうしたんですか?」


 悠真の問い掛けにも神崎は無言でなにかを考えていたため、舞香が「どうしたの? お父さん」と再び聞いてみる。

 神崎は「あ、ああ」と口を開いた。


「赤のダンジョンでトラブルがあったらしい。当面、立入禁止になるそうだ」

「「「ええ!?」」」


 全員が驚く。D-マイナーの収入の大部分は『赤のダンジョン』での魔宝石採取だ。そのダンジョンに入れないなど、収入が絶たれるのと同じ意味を持つ。


「だ、大丈夫なの? お父さん。いつ禁止が解除になるかって――」

「まったく分からん。だが、それ以上に厄介なことがある」

「なんですか? 厄介なことって?」


 悠真が聞くと、神崎は短く息を吐いてから口を開く。


「赤のダンジョンで問題が起きたのなら、俺たちのような【水の魔力】を持つ探索者シーカーに招集がかかるかもしれん」

「招集……って?」

「茨城で凶悪な魔物が暴れてるなら……だ!」

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