第93話 変身能力

「なんなんだコイツ!?」


 悠真は唖然としていた。叩き潰したはずの頭や体、そして切断した数十本の脚まで全て元に戻っている。

 そのうえ剣で斬り裂いた胴体の傷まで、いつの間にか治っていた。


「こんな再生する力があるなんて聞いてないぞ!!」


 悠真はそびえ立つキマイラの頭部を睨みながら、一歩、二歩と後ずさる。

 洞窟内に充満する赤白いモヤが、再びキマイラの姿を覆い始めた。やがて魔物の体は完全に隠れ、辺りは静寂に包まれる。

 汗が出ないはずの金属の体から、冷や汗が噴き出すような嫌な感覚。

 緊張感でピリピリしている中、モヤがふわりと動いた。

 瞬間―― モヤから突然、巨大なはさみが出現し頭上から振り下ろされる。


「なっ!?」


 悠真は慌てて飛び退き、これを回避するが、モヤの中からさらにもう一本巨大なはさみが飛び出してきた。

 悠真は空中にいたためかわすことができず、薙ぎ払われて全身に衝撃を受ける。


「がっ!」


 ピンポン玉のように弾け飛んだ悠真は、そのまま石柱に激突した。

 岩は粉々に砕け、粉塵が舞う。


「く……そっ」


 悠真が石柱にめり込んだ自分の体を力づくで引き剥がすと、十メートル以上下の地面に落下する。


「なんなんだよ……、一体?」


 悠真が体を起こして仰ぎ見ると、モヤの合間からキマイラが姿を現す。それは今まで見てきたコブラのような形ではない。

 八本の脚に巨大な二つのはさみ。全身が分厚い甲殻に覆われ、背面には特徴的な甲羅がある。それは‶カニ″にそっくりな見た目だった。


「姿を変えた……これがコイツの、キマイラの能力!」


 悠真はピッケルを握り直し、カニに向かって走り出す。再び血塗られたブラッディー・鉱石オアの能力を発動した。

 体に血脈が走り、赤く輝きだす。


「もう一回、ぶっ壊してやる!!」


 ダンッと力強く跳躍し、カニの真上まで飛び上がる。ピッケルを振り上げ、力一杯カニの甲羅に叩きつけた。

 凄まじい衝撃音が鳴り響くが、弾かれたのはピッケルの方だった。


「えっ!?」


 悠真は後ろに回転しながら地面に着地する。自分の手を確認すると、微かに震えていた。

 先ほどまで破壊できていたキマイラの体が、より硬くなっている。


「そんな……防御力が上がったのか!?」


 悠真はキッと敵を睨みつけ、もう一度攻撃するため、キマイラに向かって駆け出した。振り下ろされる鋏を避け、ピッケルで鋏を殴りつける。

 甲高い音は鳴るが、ダメージを与えることはできない。


「くっ」


 悠真はそのまま走り抜け、キマイラの頭まで飛び上がり、振り上げたピッケルを叩きつけた。

 周囲のモヤが吹き飛ぶほどの衝撃。悠真の全力だったが――

 わずかに毛ほどの傷がつく程度。悠真の攻撃はまったく効かなかった。

 キマイラが振るった鋏が、悠真の体を捉える。恐ろしい衝撃で火花が散り、悠真は岩壁まで吹っ飛ばされた。

 壁に激突し、崩れた岩と共に悠真は地面に落ちる。

 ダメージはない。だが自分の攻撃が効かなかったという無力感で、悠真は突っ伏したまま起き上がることができなかった。

 勝ち誇ったように、ゆっくりと歩いてくるキマイラ。

 悠真はなんとか体を起こし、ヨロヨロと立ち上がる。


「強すぎる……これが危険度トリプルAの魔物……」


 絶望的な表情で、悠真は敵をめ付けた。


 ◇◇◇


「なんだよ……あのカニみてーな姿は!?」


 神崎は突然変化したキマイラに驚愕していた。姿形が変わると聞いていても、実際に見ると、とんでもない能力だということが分かる。


「あんなの反則じゃねーのか!?」

「だから勝てないと言っているだろう」


 アイシャの冷淡な言葉に、神崎は苛立ちを募らせる。


「お前は悠真に勝ってほしくねーのかよ!?」

「私は希望を言ってるんじゃない。現実的な話をしてるんだ」

「現実的だと?」

「あの装甲では、悠真くんの攻撃は通じない。仮に効いたとしても奴には【超回復】がある。パワーは圧倒的に上回るうえ、活動時間に制限がない。タイムリミットがある悠真くんでは、万に一つも勝ち目はないだろう」

「そんな……悠真が負けるってことは、俺たちも死ぬってことだ! なにか秘策みたいなもんはねーのか!? アイシャ!!」


 離れた場所にいるキマイラと悠真を眺めるアイシャは、軽く溜息をついた。


「無駄だよ。小手先の策をろうしても、キマイラにはそれに対応する変身能力がある。根源的な強さが違うんだ」


 その言葉で神崎は絶望する。こんな『黒のダンジョン』の最下層では、誰も助けに来ることはない。

 悠真が負けると言うことは、もはや助かる可能性がないということ。

 神崎は拳を握りしめ、俯いて目を閉じる。


 ――俺にもっと力があれば、悠真に加勢してやれるのに……。所詮、二流の探索者シーカー止まりの俺じゃぁ、役には立たねえ。


 そう思い神崎が唇を噛み締めていると、小さな笑い声が聞こえてきた。

 見ればアイシャが肩を震わせて笑っている。


「な、なんだ!? 気でも触れたか?」

「ああ、そうだな。自分でも不思議なんだが、死に場所が『黒のダンジョン』の最下層なんて……私らしくていいかなと思ってね」

「ふざけんな! 誰がお前とこんな所で死ぬか!! 俺と悠真は、なんとしてもここから出てやる」


 アイシャは目を閉じたまま小首を振る。


「国際ダンジョン研究機構(IDR)が出した【危険度AAA】、これは単なる危険度のランクじゃない。トリプルAは不可能を意味する記号。つまりIDRはキマイラを討伐できない魔物と結論付けたんだ」

「そんなもん……学者どもが机の上で考えた理屈なんて知ったことか!!」

「無理だよ。この結論には私も納得している。例え世界の上位探索者シーカーを百人集めても倒すことなどできない。それほど強いんだよ、キマイラという魔物はな」


 アイシャの言葉を聞いて、神崎は悔しそうに歯を噛みしめる。

 視線を上げれば、たった一人でキマイラと戦っている悠真が視界に入った。

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