第92話 危険度トリプルAの魔物
――体に力が溢れてくる。
悠真は着地すると同時に駆け出した。ピッケルを後ろに引き、倒れたキマイラの体が間近に迫ると思い切り振り抜いた。
巨大なハンマーが魔物の胴体に直撃する。衝撃でモヤが吹き飛んだ。
自分の体を砕かれたキマイラは、怒り狂ったように頭を持ち上げ、悠真に噛みつこうと大口を開けて突っ込んできた。
悠真が横に飛んでかわすと、キマイラはそのまま地面に激突する。
粉々になった岩場を見て、悠真は息を飲む。
――やっぱりパワーは半端じゃないな。それでも――
速さで上回る悠真は、相手が体勢を立て直す前に一気に近づき、渾身の一撃を頭部に叩き込む。
鋼鉄の皮膚は大きくへこみ、破壊された鱗は辺りに飛び散る。
唸り声を上げたキマイラは、何本もの脚を槍のように伸ばして悠真を攻撃する。
だが、その全てを悠真はかわし、左手の甲から突き出した剣で地面に刺さった魔物の脚を次々と切断していく。
さらに左手の五指を、頭を持ち上げようとするキマイラに向ける。
五本の指は一瞬でトゲのように伸び、キマイラの胴体に突き刺さった。
「よしっ!」
指が抜けないようトゲの先端に‶返し″を作り、その状態で指を元に戻す。悠真の体は跳ね上がり、一気にキマイラの元まで引き寄せられる。
キマイラの体に取り付くと、指を引き抜き、代わりに足の裏に無数のスパイクを生やした。
氷山を登るクライマーの如く、キマイラの体を駆け上がる。
左手の剣を長く伸ばし、巨大な魔物の胴体に突き刺す。そのままキマイラの頭に向かって走り出した。
剣は鋼鉄の体表を、火花を散らしながら切り裂いてゆく。
悲鳴に近い声を上げたキマイラは、自分の体を登ってくる敵を睨みつける。
――まさか、人間に傷を負わされるなんて思ってなかっただろ!
頭まで駆け上がった悠真は剣を戻し、両手でピッケルを握って振り上げた。
「喰らいやがれ!!」
全身の赤い筋が強い輝きを放つ。悠真は全力でピッケルを振り下ろした。
響き渡る衝撃音。ハンマーのヘッドがキマイラの頭部にメリ込んだ。皮膚を砕き、骨を砕き、充分な手応えが悠真の腕に伝わる。
キマイラの体がグラリと傾き、そのままゆっくりと倒れてゆく。
ドスンッ……と大地が揺れ、粉塵が舞い上がる。洞窟内には、言いようもない静寂が訪れた。
◇◇◇
「おい! やりやがったぞ、悠真のヤツ。あの化物を倒しやがった!!」
離れた場所で見ていた神崎が大喜びでアイシャを見る。だがアイシャは険しい表情を崩そうとしない。
「なんだよ。悠真が勝ってんのに嬉しくねーのか?」
「……本当におめでたい奴だな、お前は。よく見てみろ」
「ああ?」
神崎が視線を戦場に移すと、そこには異様な光景が広がっていた。
「な、なんだ……ありゃ?」
キマイラの砕けた体が溶け始め、黒々とした液体になっている。その液体は意思があるかのように動き出し、キマイラの元へと集まっていった。
黒い液体を取り込んだキマイラの体は、徐々に修復されていく。
「お、おい! あれってまさか!?」
「そうだ……なぜ深層の魔物に物理攻撃が効かないと言われているか、当然理由は知っているだろう? その答えがあれだよ」
全ての液体を体に戻したキマイラは、ゆっくりと鎌首をもたげ、上体を起こす。
そこには傷一つない、完全に元の姿に戻った怪物がいた。
「【超回復】深層の魔物に多く見られる能力で、‶魔法″だけがそれを阻害する効果を持つとされる」
「だ、だけどここは『黒のダンジョン』だぞ!」
神崎の言葉にアイシャが頷く。
「そう、黒のダンジョンは外皮や外殻が硬い魔物が多く、深層でも再生能力を持つ魔物は少ないと言われている。だが奴は違うんだ」
「そんな……」
さっきまで喜んでいた神崎の表情が変わる。あれほどの強さの魔物が、さらに再生能力まであるとなれば、悠真に勝ち目はない。
そう思った神崎だが、その時あることに気づいた。
「ちょ、ちょっと待て! あの魔物、砕けた金属の体を液体にして戻してたぞ。だとしたら悠真の‶液体金属″と同じなんじゃないのか?」
「そうかもしれない……液体金属か、あるいはそれに近い能力」
「だったら悠真も‶超回復″が使えるんじゃねーのか!?」
神崎が希望を
「それはない。悠真くんから金属スライムが再生したなんて話は聞いていない。恐らくは特性の違いがあるんだろう」
「特性の違い?」
「金属スライムは超高硬度の外殻を持つが、体を再生する能力は無い。対してキマイラは金属スライムほどの硬度は無いが、代わりに‶超回復″という再生能力がある。これが特性の違いだ」
「じゃあ、悠真は怪我をしても、あのキマイラみたいに回復はしないってことか?」
「そうだ。今は『金属化』しているから物理的なダメージは受けないが、それが解けるのも時間の問題だ。生身に戻れば一撃で殺されてしまう」
「んだよ、それ! 一方的じゃねーか」
「それにキマイラの体が液体金属なら、相手に合わせて姿形を自由に変化させるというのも頷ける。本当に怖いのはここからだ」
「なに冷静に言ってんだ! このままじゃ悠真が殺されちまうんだぞ!!」
神崎は絶望的な表情で悠真を見る。
金属の鎧を纏い、大きなハンマーを構えたまま肩で息をする悠真は、巨大な魔物の前で立ち尽くしていた。
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