第110話 パラジウム

 不思議そうな顔をする悠真に、アイシャはフッと笑みを浮かべる。


「イスラエルにある国際ダンジョン研究機構に、【オルフェウスの石板】という物がある。知っているかな?」

「い、いえ」

「世界最大の白のダンジョン『オルフェウス』から発掘された遺物で、ダンジョンの魔物について書かれているんだよ。そこに出てくるのが特異な性質の魔物ユニーク・モンスターと呼ばれる特殊な魔物だ」

「どんな魔物なんですか?」


 アイシャは「ああ」と言ってブランケットを脇にどけ、改めて眼鏡のブリッジを指で押し上げる。


「世界に同じ個体が二つといない、のことだよ。そこに書かれているのは、キングが六体、君主ロードが十二体、公爵デュークが二十四体の計四十二体」

「そんなにいるんですか!?」

「あくまで石板に書かれている数だけだ。他にも色々な固有種がいるかもしれない」

「色付きのスライムやデカスライムは、その石板に書かれてる特異な性質の魔物ユニーク・モンスターってことですか?」

「ハッキリ書かれている訳じゃない。だが、私は君が言う‶デカスライム″が石板に書かれているキングの一体だと思ってる」

キング……どうしてそう思うんですか?」

「理由は二つある。一つは君が『色付き』やデカスライムを討伐した時期に、オルフェウスの石板に変化があったらしいこと。もう一つはデカスライムの異様な能力……最上位の特異な性質の魔物ユニーク・モンスターと考えるのが自然だろう」

「そうなんですか……俺、黒のダンジョンの最下層で気を失った時。デカスライムに意識を乗っ取られるような感覚があったんです。少し怖くなって……キングのこと、もっと詳しく教えて欲しいんですけど」

「う~ん。キングに関する記述がある別の石板もあるんだが……」

「別の石板?」

「ただ、破損がひどいらしく、分かったのは古代の人たちが呼んでいた一部のキングの名前だけだ」

「名前……ですか」

「黒き冥府の王【グレスアムル】そして、白き天上の王【アウストステリュウス】、分かるのはその二体だけだ」

「グレスアムルとアウストステリュウス……なんだか強そうな名前ですけど、他の魔物の事は分からないんですね」

「ああ、あとは特異な性質の魔物ユニーク・モンスターといっても、必ずしも最強という訳ではない。通常の魔物の中にも恐ろしく強いものはいる。あのキマイラのようにね」

「キマイラ……」


 悠真はキマイラとの戦いを思い出す。確かにあの魔物より強い魔物など、そうそういないだろう。


「ただし‶キング″は別格だ。この六体の特異な性質の魔物ユニーク・モンスターは全ての魔物の中でもっとも強い。君の戦いを見て確信したよ」

「俺の戦いですか?」

「そうだ。君がキマイラと戦った時、空間にあるマナを取り込んで自分の力に変えた。あんなことができれば、実質的に魔力は無限に使えてしまう。そして【黒の王】がそんな力を持っているなら、当然残り五体の王もそれに近い力を持っているだろう」

「でもアイシャさん。俺、キマイラを倒したことなんて、まったく覚えてないんですよ。だから、そんな力を使ったかどうかも……」


 戸惑う悠真を見て、アイシャは目を細める。


「まあ、そうだろうね。そんな異常な力が簡単に使いこなせるはずがない」

「今後も使うのは難しいですか?」

「いや、君はすでに体内のマナを質量に変えることができる。それは『無色のマナ』を『黒の魔力』に変える行為だ。いずれ体外のマナを自由に取り込めるようになるかもしれない」


 悠真は自分の両手を見る。


「俺にも、そんなことが……」

「まあ、私が知っているのはこれぐらいだよ。あまり役には立てなかったかもしれないけどね」

「いえ、教えてくれてありがとうございます。助かりました。アイシャさんはこれからどうするんですか?」

「そうだね。今はなにもやる気が起きないから、しばらくは休養するよ」


 アイシャはそう言って眼鏡を外し、布団に寝そべって体にブランケットをかけた。


「分かりました。じゃ、俺はおいとまします」

「ああ、気をつけて帰りな」


 悠真が立ち上がって部屋を出ようとすると、アイシャはなにかを思い出したように声を上げた。


「あ! そうだ、悠真くん」

「はい」


 振り向くとアイシャは体を起こし、部屋の隅にある机を指差す。


「そこに銀色の鉱石があるだろ、持っていくといい」

「なんですか、これ?」

魔鉱石だよ」

「ええっ!?」


 悠真は驚く。キマイラの魔鉱石は回収できなかったと神崎から聞いていたからだ。


「どうしてアイシャさんが持ってるんですか?」

「ん? ああ、ダンジョンの最下層で拾ってたんだ。あの時は時間が無かったからね。鋼太郎には言ってなかったが」


 悠真は机の上に目を移す。そこにあったのは、確かに銀色の魔鉱石。

 通常の【銀の魔鉱石】かとも思ったが、銀より綺麗でキラキラと輝いている。そして楕円形のつるつるとした表面に、うっすらと紋様が浮かんでいるように見えた。


「これ……‶銀″なんですか?」

「いや、X線分析器で調べたが、それは『パラジウム』だ」

「パラジウム?」

「プラチナに似たレアメタルのことだよ。希少性でいえばプラチナを超えるからね、最高クラスの魔鉱石ってことかな」

「プラチナ……」


 悠真はゴクリと喉を鳴らす。プラチナが高価な金属であることぐらい、貴金属に興味のない悠真でも知っている。そのプラチナより価値のある金属。

 一体どんな効果があるんだろう? 純粋に興味が湧いてきた。


「それは君が倒したキマイラがドロップした物だ。君に所有権があると思う、使うなり売るなり好きにすればいい」

「いいんですか?」


 本来、黒のダンジョンで得た資源は、依頼者であるアイシャに所有権がある。

 この魔鉱石も、当然アイシャの物なので受け取ることには気が引けた。


「ああ、かまわん。君がいなければ私は死んでいたからね。遠慮なく受け取ってくれ。ただ……」


 アイシャの顔が一瞬曇る。


「なんでしょうか?」

「そのパラジウムをマナ測定器で測ってみたんだ。結果はマナ指数15000を超えていた」

「い、15000!? そんな高い数値あるんですか!」


 信じられないマナ指数だ。魔宝石よりマナが低いと言われる魔鉱石で、そんな物があるなんて。


「私も驚いたが、キマイラの強さを考えれば妥当だろう」

「つ、使って大丈夫なんですか?」


 アイシャは少し黙った後、小さくかぶりを振る。


「分からない。私も初めて見る金属だし、こんなマナ指数が高いものは見たことがないからな」

「アイシャさんは使った方がいいと思いますか?」


 アイシャは目を閉じ、腕を組んで考え込んだ。ややあって口を開く。


「研究者としては、どんな能力の魔鉱石か知りたいからね。使ってほしいとは思う。だが魔鉱石の中には、体に悪影響を与える物もある。このパラジウムがどんな影響を与えるか分からない以上、使うのは慎重に考えた方がいいだろう」

「そう、ですよね……」

「もっとも、どうするかは君が決めればいい。私は当面、研究をしたくないからね。もし使ったのなら、後々教えてくれ。じゃあ、おやすみ」


 そう言ってアイシャはブランケットの中に潜り込んだ。悠真は机の上に置いてある魔鉱石を手に取り、黙って頭を下げ、部屋を後にした。

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