第364話 過去との違い

 黒のダンジョン・百六十三層――

 巨大な鉄のゴーレムが膝から崩れ落ち、地面に突っ伏す。体はヒビ割れ、徐々に砂になっていく。

 それを見ていた悠真、ルイ、明人の三人はフゥーと息を吐いた。

 

「なかなか強力な魔物やったけど、ワイにかかったらこんなもんやで!」


 得意げに息巻く明人に、ルイは冷たい視線を向ける。


「なに言ってるんだ明人! 悠真が止めを刺さないと『魔鉱石』はドロップしないんだよ。明人が止めを刺してどうするんだ?」

「そ、それは、しゃーないやないか! 流れっちゅうもんがあるやろ!」


 言い訳をする明人に、ルイはより深い溜息をつく。


「まあ、ええやないか。ここに来るまでに大量の魔鉱石を採取してきたんやし、悠真もパワーアップしとるやろ。なあ、悠真」


 水を向けられた悠真は、肩をグルグル回しながら口を開く。


「確かにいっぱい取り込んではきたけど、どれぐらい身体強化されたかは分からないな。そもそも魔鉱石って実感しにくいし」

「少しでも上がっとったら充分やろ。さあ、次の階層に行こうや! 次、次!」


 明人はゲイ・ボルグを肩に担ぎ、揚々と歩いて行った。


 ◇◇◇


 深層を進むにつれ、出てくる魔物は強くなっていったが、いいこともあった。

 悠真の体が劇的に回復し始め、ついに金属鎧の姿で戦えるようになったのだ。

 まだ、全快とは言えないものの、それでも深層の魔物を次々に倒していく。悠真とルイ、明人の三人が連携して戦えば、それに対抗できる魔物などいなかった。

 三人は順調にダンジョンを下り、百七十一階層に到達する。

 薄いモヤがかかる洞窟内に入ると、悠真は足を止めた。


「どうしたんや、悠真?」


 前を歩いていた明人が、眉を寄せて聞いてくる。


「いや、この赤紫色のモヤ……前に見たことがあるんだ」

「ここに来るのは初めてやろ? どこで見たっちゅうんや?」

「横浜にあった黒のダンジョンだよ。その最下層と雰囲気がそっくりだ」

「最下層?」


 ルイが眉をひそめる。確かに、ここはまだダンジョンの最下層ではない。しかし、モヤの向こうから漂ってくるプレッシャーは半端ではない。

 三人は油断なく武器を構えた。

 悠真だけではなく、ルイや明人もここにいる魔物の異常性に気づいた。モヤの向こうを全員で睨み、武器を持つ手に力を入れる。


「来る!」


 悠真の一言を合図にしたかのように、モヤがゆらりと揺れた。

 巨大な魔物の姿がわずかに見える。だが、モヤはすぐに元に戻り、また魔物を覆い隠してしまう。

 悠真は『金属化』を発動し、怪物の姿へと変わった。

 ギリッと歯を食いしばり、ピッケルを胸の前で構える。


「気をつけろ、二人とも。こいつは強いぞ!!」


 瞬間――地面が真っ黒に染まる。影のように辺りに広がり、その中から無数のトゲが一気に伸びてきた。獲物を串刺しにするための攻撃だ。

 明人は雷速歩方でトゲをかわし、ゲイ・ボルグに飛び乗って空中に逃れる。

 ルイも向かってくるトゲを紙一重でかわし、安全地帯まで下がった。

 悠真に至っては慌てる様子もない。かわさずとも、鋼鉄のボディにトゲなど効かなかった。悠真は鬱陶しそうにピッケルを使ってトゲをへし折る。

 洞窟を覆っていたモヤが、ゆっくりと晴れてきた。

 そこにいたのは予想通りの魔物。コブラのような見た目に巨大な体躯。腹にはムカデの足がびっちりとついており、全身はメタリックな色。

 悠真はこの魔物に見覚えがあった。


「やっぱりお前か! キマイラ!!」


 横浜にある『黒のダンジョン』の最下層、そこを守る【迷宮の支配者】として出てきたのがコイツだ。

 恐ろしい強さで、通常の形態では歯が立たなかった。

 この時、初めて【巨人化】して倒すことができたが、無意識状態だったため、勝った感覚がまったくない。

 悠真に取っては苦い思い出だ。

 しかし、今の悠真にキマイラを恐れる理由はない。自分の右手を見て、グッと唇を噛む。ルイと明人が武器を構える中、悠真は静かに口を開いた。


「コイツは俺がやる。任せてくれ」

「え? でも……」


 ルイは心配そうに悠真を見つめる。回復魔法が効き始めたとはいえ、まだ全快という訳ではない。

 そんな悠真を心配したのだろう。だが、明人は違っていた。


「おう、やる気やな! ええやないか、ここは悠真に任せようや」


 明人は巨大な槍を下ろし、口角を上げた。悠真はコクリと頷き、ルイと明人の前に出てキマイラと向かい合う。

 フゥーと息を吐き、目の前の魔物を睨んだ。 


「前はすげー苦戦したけど、今の俺は違うぞ! 速攻でぶっ倒す!!」


 悠真は右手を胸に当て、意識を集中する。深い深い心の底から、ドス黒い気配が湧き上がってきた。

 悠真は溢れてくる"力"に身を任せる。

 鋼鉄の体はボコリと膨らみ、どんどん巨大になっていく。

 キマイラの前に突如現れたのは、黒く禍々まがまがしい姿をした鋼鉄の巨人。キバの生えた口から白い蒸気を吐き出し、厳つい肩を上下に揺らしながら、一歩、また一歩と前に出る。

 キマイラは戸惑ったのか、やや後ろに下がった。

 巨人の迫力に気圧けおされたのだろう。

 しかし、逃げ場などどこにもない。キマイラは後退をやめ、牙のある口を開けた。

 体勢を低くし、蛇行しながら素早い動きで向かってくる。悠真も腰を落とし、拳を構えて迎撃態勢に入った。

 キマイラは自分の背中から何本もの触手を伸ばす。触手の先端は蛇の頭となり、一斉に襲いかかってきた。

 巨人はガバリと口を開き、咆哮を上げる。

 全身に赤い血脈が流れ、大気が震える。血塗られたブラッディー・鉱石オアを発動した悠真が一歩踏み出すと、爆発したように地面が吹っ飛ぶ。

 恐ろしい速さで触手の蛇をかいくぐり、一気に間合いを詰めた。

 巨人は左足を踏み込み、右腕を引く。

 腕には赤い紋様が浮かび上がっている。"火の魔力"を宿した拳は、マグマのように輝き出した。 

 キマイラは構わず大きな口を開け、巨人に喰らいつこうとする。それを見た悠真は正確な動作から右の正拳突きを繰り出す。

 真っ赤な拳はコブラの喉元に炸裂した。次の瞬間――大爆発が起きる。

 洞窟内が鳴動し、爆風が吹き荒れる。後ろにいたルイや明人は飛ばされないよう、必死に耐えていた。

 拳を引いた巨人は、ゆっくりと姿勢を正す。 

 目の前は白い煙が充満していたが、徐々に晴れ、周囲が見渡せるようになる。

 そこにいたのは上半身が消滅したキマイラだった。

 残った下半身も、サラサラと砂に変わっていく。キマイラは一撃で絶命したのだ。

 悠真は崩れていく下半身を見下ろしながら、フンッと鼻を鳴らす。

 

『昔とは違うんだよ。昔の俺とはな』

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