第164話 想定外の危険度

 ドイツの探索者集団クランが全員入ったのを確認してから、アルベルトは炎を操り入口を閉じる。第三階層の火魔法は、形を自在に変えられる火の魔法。

 集中力を使うため、ふぅーと息を吐いた。


「ミア、この魔法を使うと私は無防備になってしまうからね。護衛を頼むよ。それと短剣をから守るように‶プロメテウス″のメンバーに伝えてくれ。中からの攻撃は私が守るが、外までは注意を向けられない」

「分かりました。それにしても中にいる黒鎧は攻撃できないんですか?」


 ミアが真面目な顔で聞く。‶第三階層の火魔法″については、ミアでもその詳細を知らなかったからだ。


「炎を広げ過ぎてるからね。爆発の威力がかなり弱まってるんだ。正直、相手を出さないようにするだけで精一杯だよ。あと、そんなに長くはもたないね」


 ハハと笑うアルベルトを見て、ミアは眉を寄せる。

 それは時間内に黒鎧を倒せなければ、逃げられる可能性があるということ。ミアは屋上の端から地上を見下ろす。

 そこにはさらに多くの探索者シーカーが集まっていた。


 ◇◇◇


「なんや、なんや! あのでっかい火魔法は!?」


 天王寺明人がいるファメールの探索者集団クランが鳥籠に到着する。その時、別の通りからも探索者シーカーが向かって来ていた。


「あれは……」


 明人は顔をしかめる。あまり会いたくない相手だったからだ。


「明人……明人か!?」


 ‶雷獣の咆哮″を率いてきた天王寺が声を上げる。明人の前まで来ると、戸惑ったように弟を見る。


「石川からファメールにいると聞いていた。どうして教えてくれなかったんだ?」

「ハッ、今そんなこと言うてる場合か! 黒鎧を倒す千載一遇のチャンスやないか、見てみい!」


 明人に言われ、鳥籠の中を見る。そこには立ち尽くす黒鎧と、外国の探索者シーカーたちがいた。「確かにな」と言って、天王寺は周囲を見回す。

 すると、ビルの上に立つアルベルトを見つけた。


「やっぱり、あいつの魔法か……」


 戦いに参加したい天王寺だが、‶火の鳥籠″に触るのは危険な感じがする。どうしたものかと思っていると、自衛隊の車両が何台かやって来た。

 車を止めると機材を下ろし、カメラの準備をする。

 ――本部に映像を送るための部隊か。

 さらに別方向からも探索者シーカーが駆けつけてきた。イギリスの探索者集団クランのようだ。


「全勢力が集まってきてる。ここで決着がつくぞ!」


 天王寺に言われ、ルイや泰前など‶雷獣の咆哮″のメンバーに緊張が走る。

 鳥籠の中では、黒鎧とドイツの探索者シーカーたちが睨み合っていた。


 ◇◇◇


 マッテオは慎重に足を運ぶ。

 イギリスの‶オファニム″、アメリカの‶プロメテウス″が、黒鎧を仕留められなかったことは事前の報告で知っていた。

 あれほど強い探索者集団クランでも取り逃がすなら、黒鎧の強さは本物なんだろう。

 一切のスキなく攻撃を叩き込まなければ……マッテオが静かに動く。それに呼応するようにドイツの探索者シーカーたちも後に続いた。

 彼らの強みは一糸乱れぬ連携攻撃。チームでの戦いなら、世界中の誰にも負けない自信があった。

 あっと言う間に黒鎧を囲み込む。


「いくぞ!」

「「「はい!」」」


 誰もが統率の取れた無駄のない動きで攻撃に移る。

 八人が駆け出し、四人が飛び上がって頭上から攻撃を仕掛ける。そしてほぼ同時に魔宝石を‶解放″した。

 探索者集団クラン全員が持つ短剣が黒鎧に迫った時、魔物の全身に赤い筋が走る。

 次の瞬間―― 探索者シーカーたちが持つ短剣が粉々に砕け散った。

 衝撃で"シュヘルツ"メンバー全員が後ろに吹っ飛ばされてしまう。尻もちをついたマッテオは、驚いて目を見開く。


「なんだ……なにが起こった!?」


 鳥籠の外で見ていた探索者シーカーたちにも戦慄が走る。黒鎧の体に赤い筋が入ったとたん、動きが見えないほど速くなった。

 

「僕たちと戦ってた時より……遥かに速い!」


 鳥籠の外で見ていたルイの言葉に、天王寺は「ああ」と答え顔をしかめる。

 ‶雷獣の咆哮″のメンバーは全員、黒鎧と赤のオーガの戦闘映像を見ていた。

 赤い筋が入っていたことは確認していたが、こんな爆発的に身体能力を上げていたとは知らなかった。

 ただ、一方的にオーガを蹂躙する姿が際立っていたからだ。


「あれも黒鎧の能力なのか?」


 天王寺が苦々しく呟く。それは他の探索者シーカーたちも同じで、各々おのおのが戸惑った表情を浮かべた。

 

 ◇◇◇


「まさか……あれは……」


 防衛省の司令本部にいたエルシードの本田が、ガタリと椅子から立ち上がる。呆然と映像を眺め、言葉を無くしていた。


「どうしたんだ? 本田さん」


 防衛大臣の高倉が、突然立ち上がった本田に声をかける。


「あれは……‶ブラッディ・オア″!」

「ブラッディ・オア?」


 高倉は眉を寄せる。初めて聞いた言葉だったからだ。しかし、隣に座る芹沢は心当たりがあるのか青ざめていた。


「それは、‶ヴァーリン″の能力か!?」


 芹沢の問いに、本田は頷く。なんのことかと困惑する高倉に対し、本田は額の汗を拭って説明する。


「ヴァーリンは『黒のダンジョン』にいる魔物で、短時間ではありますが、急激に身体能力を上げることができます。そのヴァーリンが落とす魔鉱石にも同じ効果があるのですが……」

「急激に身体能力を上げる魔鉱石……まさか!」


 高倉は思い当たることがあった。


「そうです。『黒のダンジョン』が封鎖されるキッカケになった魔鉱石。初めて有害性が認められ、専門家に衝撃を与えたものです」


 高倉は臍を噛む。一時期話題になっていたことを思い出した。

 情報は政府と一部の研究機関だけで秘匿され、国際的に『黒のダンジョン』を規制することで合意した。

 しかし、元々重要性の低い『黒のダンジョン』の話であったため、大勢に影響がなく、記憶も薄れていた。


「なぜ、その魔物の能力を‶黒鎧″が使えるんだ!? 同じ系統の魔物なのか?」

「い、いえ……同じタイプの魔物には見えません。ただ魔物の中には他の魔物の魔宝石を食べて能力を強化するものが、極稀ごくまれに存在します」

「黒鎧もそうだと言うのか?」

「恐らく……そのうえヘル・ガルムに変身したとの報告もありました。もしかすると黒鎧は、使のかもしれません」


 本田の話に会議室がどよめく。それは想定を超えた敵の力。単に格闘戦が恐ろしく強い魔物という認識だったが、その根底が覆される。

 モニターを睨んでいた高倉は、重々しく口を開いた。


「……危険度の認定を上げる。ダブルAからトリプルAへ。すぐ総理に報告を」


 会議室内は静まり返り、誰もが息を飲む。

 トリプルAの魔物が都市部に現れた場合、数十万人から百万人規模の被害が出ると想定されていた。

 探索者シーカーたちで止められなければ、の使用が検討される魔物である。

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