第227話 遺跡の情報

 風はわずかに揺らめきながらも、まっすぐに目標のレンガに向かう。

 空気が弾けるとレンガの一つは粉々に砕け散った。さらに連続で風の刃を放つと、今度は二つのレンガがまっぷたつに割れる。


「やった! 成功だ!!」


 よし! と悠真はガッツポーズを作った。


「どうだ明人、これなら魔法をちゃんと使えてることになるだろ!? ダーシャさんとカイラに言ってこようぜ!」


 意気揚々と話す悠真に対し、明人は苦笑する。


「いらん、いらん。お前がダンジョンに入れることは、もう決まっとる。それに使えるゆうても最低限の風魔法やないか」


 否定的な意見の明人に、悠真は「なんだよ」と口をとがらせた。


「でも、この短期間でここまで使えるようになるのはすごいよ」


 褒めてくれたルイに、悠真は「だろ!」と言って顔を明るくする。

 風魔法の練習を終え、三人は校舎に戻ることにした。その道すがら、ルイは考え深げに口を開く。


「悠真が飲んだ『緑の魔宝石』、種類と大きさから考えてマナ指数は四千から五千ぐらいあるんじゃないかな」

「そうなのか? けっこうあるな」


 そう言って、悠真は自分の両手を見る。

 これで『火』と『水』と『風』、そして『回復魔法』が使えるようになった。身体強化の魔法も使えるから、残りは『雷魔法』だけ。

 種類はたくさん増えたが、いまいち実感が湧かなかった。


「使える魔法は多くなったけど、使いこなせる魔法は少ないんだよな」


 悠真が不満気につぶやくと、ルイは「そんなことないよ」と笑顔を浮かべる。


「少なくとも"風魔法"が得意なのは分かったんだから、練習していけばもっとうまくなるよ」

「うん……そうだな。俺、もうちょっとだけ練習していくよ。二人は先に部屋に戻っててくれ」


 ルイは「分かった」と納得し、明人も「おう、あんまり無理すんなや」と返した。

 悠真は二人と別れ、練習していた空き地に戻る。まとになるレンガを探すが、適当な物は全部壊してしまった。

 もっといい練習場所はあるかな? と思い、悠真は大学の敷地を出て町に出る。

 悠真は練習場所を探す道すがら、インドの町並みを見て回った。ダンジョンの近くにあることで、魔物の被害をまともに受けた町。

 建物の半数は全壊しており、無傷で残っている建物はあるが、人影はない。

 すでに住人は避難して、この町にはいないのだ。

 風魔法を練習するため、どこか開けた場所がないかと辺りを見回していると、町の一角にある空き地に目が止まる。そこには誰かが立っていた。

 なにしてるんだろう? と思い近づいていくと、たたずんでいたのはダーシャだった。


「ダーシャさん」

「ん? ああ、三鷹か。どうした、こんな所で?」

「ちょっと散歩に来たんですよ。ダーシャさんこそなにしてるんですか?」


 そう言って悠真は気づく。敷地内の地面に不自然な盛り上がりがあることに。

 なにかを埋めたような跡があり、それが規則的に並んでいた。直感で分かる。ここは間違いなく墓地だ。

 ダーシャは伏し目がちになったあと、フッと口の端をつりあげる。


「この町で死んでいった者たちだ。最初に魔物が溢れ出した時、逃げることもできずに襲われた……遺体の損傷はすごかったらしい」


 悠真はなにも言えず、黙って話を聞いていた。


「訳も分からず怖かっただろうに……」


 ダーシャは悠真に視線を向ける。


「君たちの国も相当の被害を受けたと聞いている。ここと同じぐらいか?」

「え、ええ、確かに被害は酷いですけど、一部の地域に限られてるんで、インドほどじゃないかもしれません。こんなに広範囲に破壊されているなんて……」


 日本も首都圏が壊滅状態だったが、それ以外の地域はそれほどでもない。

 それに対し、インドはほぼ全ての地域が被害に遭い、回復が困難なほどの状態だと聞いていた。

 緑の王と虫の大群が、この国を蹂躙じゅうりんし尽くしている。

 ダーシャは「そうか」と言って視線をそらした。どこか物憂げに見える横顔。


「あ、あの……あとどれぐらいでダンジョン攻略に入るんですか?」


 できれば早く入りたかったが――


「ああ、あと三日はかかるな。まだ有力な探索者集団クラン探索者シーカーたちが到着していない。人員さえそろえば、いつでも行けるよう準備はしている」

「そうですか……分かりました」


 悠真は一礼してきびすを返す。そんな悠真の背中に、ダーシャが声をかけた。


「三鷹くん」

「はい」


 悠真は足を止め、振り返った。


「本当にダンジョンに入るのか? 今回の遠征は、ほとんどの者が死ぬだろう。君も例外ではない。今ならまだ辞められるんだよ」


 ダーシャの表情が、一瞬だけ柔らかくなる。明人はインドの探索者シーカーを"利用し合う関係"と言ったが、少なくともダーシャは心配してくれているようだ。

 しかし悠真の答えは決まっていた。


「俺は行きます。どうしても、やり遂げなきゃいけないことがあるんで」

「そうか……」


 ダーシャはそれ以上なにも言わなかった。その場から立ち去ろうと思ったが、悠真はハタと思い留まる。

 もう一度ダーシャの横顔を見た。


「ダーシャさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「なんだい?」

「ここに来る前、インドネシアで"石板"の話を聞いたんです。魔物に関する情報が流れてくることがあるって。ダーシャさんはなにか知りませんか?」

「石板か……」


 ダーシャは口元に指をあて、伏し目がちに考え込む。


「確かに、国際ダンジョン研究機構(IDR)の情報はたまに入ってくることがある。だが、ごく限られたものだ。君が知りたいものではないかもしれない」

「それでもかまいません! 知っていることを教えて下さい」


 自分の力のこと。【黒の王】に関することをもっと知りたかった。


「……私が知っている石板の情報は、特異な性質の魔物ユニーク・モンスターに関するものだ。最近は特に"六体の王"について書かれたものが発掘されているらしい」

「六体の王……」

「君も聞いていると思うが、いま世界の通信事情は絶望的だ。マナの濃度が上がれば上がるほど電波通信は妨害され、魔物によってインフラも破壊されている。そんな中で入ってくる情報は断片的で不正確なものだ。その前提で聞いてほしい」

「はい」


 悠真はゴクリと喉を鳴らした。


「大昔の人間が残した石板、そこには六体の王を研究していた様子がうかがえるそうだ。まあ、それだけ人類に取って脅威だったのだろう」


 それは今の世界の状況を見れば充分理解できる。ダーシャは話しを続けた。


「古代の人間は"王"たちに名前をつけ、他の魔物と明確に区別していたそうだ。IDRもその区分にならい、六体の王を"名前のある魔物ネームド・モンスター"と呼ぶようになった」

「"名前のある魔物ネームド・モンスター"……」

「元々【白の王】と【黒の王】の名前は以前発掘された石板によって知られていた。だが新たに発掘された石板には【赤の王】と【緑の王】の名が書かれていたようだ。その名前は――」


 ダーシャの口から、二体の王の名が告げられる。

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