第228話 高齢の探索者

 ドヴァーラパーラの攻略を翌日に控え、インド各地にいた上位の探索者集団クランが続々と集結していた。

 大学構内には多くの探索者シーカーが行き交い、情報を交換している。

 誰もがピリついた空気を放つ中、悠真たち三人は校舎の様子を見て回っていた。


「こいつらが明日一緒に戦う探索者シーカーたちか……いや~どいつもこいつも、いい面構つらがまえしとるで」


 明人が軽い調子で言うが、悠真は複雑な気持ちになっていた。


「この人たちの多くが明日死ぬかもしれない……そう考えるとたまれないな」

「全員、覚悟の上や。言っとくけど、軽はずみに助けようとしたらあかんで。お前が力の使い方間違えたら、ワイらは全滅してまうからな」

「分かってるよ」


 校内の廊下を進み、二階にある大きな講堂を覗いた時、ルイが「あ」と声を上げる。


「どうした?」


 悠真が声をかけると、ルイは「あれ」と言って講堂の中央にいる人間を指差した。

 そこには白い口髭を蓄えた老人がいた。頭に白いターバンを巻き、背はそれほど高くないものの、背筋を伸ばした姿は矍鑠かくしゃくとして若々しい。

 若者に囲まれ、愉快そうに笑っていた。


「あの爺さんも探索者シーカーなんか? 七十は超えてるやろ」


 明人の言葉に、ルイも同意する。


「珍しいよね。ダンジョンが現れたのは八年前……その時探索者シーカーになったとしたら、かなりの年齢から始めたってことになる」


 悠真もすごいな、と感心していると、白髭の老人はこちらに気づいたようで視線を向けてくる。


「おお、そこの若いの! ひょっとして日本から来たという探索者シーカーか!? こっちへ来い、こっちへ」


 老人に手招きされ、扉の近くにいた悠真たちは講堂の中へ入る。

 大勢の若者に囲まれた老人は、髭を撫でながらにこやかに悠真たちを迎えた。見た目だけなら好々爺こうこうやといったところか。


「うんうん、いい顔をしておる。お前たちの噂は聞いとるぞ、たいそう実力があるそうじゃな。頼もしい限りじゃわい」


 老人は「ひゃっひゃっひゃ」と変わった笑い声を上げる。


「おいおい爺さん。まさかあんたもダンジョンに入るんちゃうやろうな? ワイらはジジイの面倒までは見られへんで」


 明人がそう言うと、インドの探索者シーカーの一人がいきり立つ。


「おい! 失礼なことを言うな。この人は――」


 若者が前に出ようとした時、老人がそれを手で制した。


「いや、かまわんよ。探索者シーカーに高齢者がいるのは珍しいからのう、彼らが戸惑うのは当然じゃ」


 老人は改めて悠真たちに向き直り、背筋を伸ばす。


「ワシは探索者集団クラン孔雀王マカマユリ】リーダー、アニクと言う。遥々日本から助太刀に来てくれたこと、心から感謝するわい」


 アニクと名乗った老人の後ろには、屈強な男女四人が老人を守るように立っていた。恐らく彼らが孔雀王マカマユリのメンバーなのだろう。


「ところで、おぬし」


 指をさされた悠真は、「え? 俺ですか」と戸惑った顔をする。


「おぬし、なかなか変わった"マナ"を持っておるのう。話に聞く"雷使い"か"炎使い"か、どっちじゃ?」

「ああ、いや、俺は……」


 悠真がルイと明人に目配せすると、明人が前に出てくる。


「爺さん、雷魔法を使うのはワイや。そんで火魔法を使うのはこっちのイケメンさんやで、そっちの男とちゃう」


 明人の説明に、アニクは「ほう」と言って目を見開いた。


「そうかそうか、それは失礼したのう。わしは君が一番強いような気がしたものじゃから……まあ、気にせんでくれ」


 アニクは屈託なく笑う。そのあと少し話をして、悠真たちは講堂を出た。

 結局、アニクが何者なのか詳しくは分からなかった。


「でも"マナ"を見抜く目は持ってるみたいだね」


 ルイの意見に明人は「せやな」と頷く。


「上位探索者シーカーの中には、正確に相手の"マナ"を見抜くやつがおる。もしあの爺さんがそうなら、かなりの使い手かもしれへんな」


 三人は大学にたむろしていたインドの探索者シーカーに【孔雀王マカマユリ】のことを聞いてみる。


「え? 孔雀王マカマユリのアニク? そりゃ知ってるよ。有名人だからね」


 尋ねた男は、自慢げに話し始めた。


「アニクは元々、インドの大手鉄鋼会社の社長だったんだ。だけど八年前、世界にダンジョンが現れてからは【魔法付与武装】の制作に手を伸ばしてね。今じゃインド最大の武器メーカーの社長だよ」

「そうなんだ……あの人、大金持ちなのか」


 悠真は納得できず、眉を寄せた。そんな大金持ちなら、こんな危険な場所に来ることはないだろうと。


「まあ、そのあと会社が作った武器を試すために、自分自身が探索者シーカーになってダンジョンに潜るようになったんだ。本当に変り者だよ」


 男は頬を緩めて笑った。


「だけど会社で育てた探索シーカー者たちの実力は本物だよ。【孔雀王マカマユリ】は今やインドトップの探索者集クラン団の一つだからね。アニク自身も"雷魔法"の使い手で、かなりの手練れだ」

「おお、雷魔法かいな」


 明人の目がギラリと光る。


「今度、見せてもらいたいもんやで。あの爺さんの"雷魔法"」


 話を聞き終えた悠真たちは男に礼を言い、いったん自分たちが宿泊する部屋に戻ることにした。

 午後には明日のダンジョン攻略に向け、ここから移動しなくてはならない。

 悠真たちは準備を整え、ダーシャの指示を待つ。悠真が宿泊していたのは大学校舎の三階。悠真は窓辺に立ち、傾いていく太陽を眺める。

 いよいよ始まるんだ。世界最大の緑のダンジョン『ドヴァーラパーラ』の攻略が。

 夕方の五時を回り、何台もの車両が大学の校舎に横づけされた。

 悠真たちは部屋から出て、一階を目指す。ダーシャが用意してくれた白いバンに荷物を乗せ、車に乗り込む。長い列になった車両は順次出発していった。

 一度は魔物によって追い払われた町、『サッダーサンプール』へ向かって。


 ◇◇◇


 悠真たちが町に到着すると、そこは人で溢れていた。

 三人は車を降り、トランクから武器を取り出して町の中心部に歩いていく。周りには武器を持った探索者シーカーたちが、緊張した面持ちでなにかを話していた。

 悠真はダーシャがいるというヒンズー教の寺院に向かう。

 寺院の前には屈強な男女が立っており、その中心に老人が立っていた。探索者シーカーのアニクだ。


「おお、来たか若いの」


 屈託のない笑顔で手を振っている。こんな状況でも緊張しないのだろうか?


「こんにちは、アニクさん」


 悠真が挨拶すると、アニクは「もうすぐダーシャが出てくるぞい、ここにおれ」と手招きする。

 悠真はアニクの隣に立ち、目の前の建物を見上げた。

 寺院は思いのほか大きく、所々壊れているものの、豪奢な装飾がほどこされた立派な建物だ。

 以前来たときは、町外れのテントに出入りしていただけなので、こんな建物があるとは知らなかった。

 周辺にいた探索者シーカーたちもやってくる。

 三百人以上の探索者シーカーたちが建物の周りに集まると、寺院の入口からダーシャが出てきた。後ろにはカイラも控えている。


「皆、よく集まってくれた。心より感謝する」


 辺りは静まり返り、誰もがダーシャの言葉に耳を傾ける。そんな探索者シーカーたちの前で、ダーシャは高らかに宣言した。


「これより緑のダンジョン、『ドヴァーラパーラ』の攻略を開始する!!」

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