第229話 世界最大級のダンジョン

 ダーシャの言葉に、集まった探索者シーカーたちはざわざわと声を上げ、やがて押し寄せる波のように歓声へと変わった。


「やってやる! ドヴァーラパーラの攻略を」

「虫どもを一匹残らず殺すんだ!!」

「必ず生きて帰ってくるぞ!!」


 周囲から聞こえてくる勇ましい声。ここにいる人たちが、どれほどの意気込みと覚悟があるのかよく分かる。

 悠真も顔を上げ、気持ちを新たにした。


「事前に決めていた通り、二つのグループに分かれてもらう。後方支援を行う者は私の元へ。ダンジョンに入る者は、カイラの元まで集まってくれ」


 ダーシャに促され、探索者シーカーたちの編成が始まる。

 攻略組のリーダーはカイラ。その前に強そうな探索者シーカーたちが集まってくる。当然、悠真たちもカイラの元へ行く。

 ふと見れば、高齢な探索者シーカーのアニクもいた。


「やっぱりダンジョンに潜るのか……」


 やや心配になったものの、この組に選ばれたのなら相当の実力者だろう。

 後方支援をするダーシャの元に集まったのは七人の救世主メサイアと、それをサポートする探索者シーカーたち。

 やはり救世主メサイアはダンジョンに入らないようだ。

 回復魔法が使えると知られていたら、自分も後方支援に回されていたかもしれない。そうならなかったことに、悠真はホッと息をつく。

 そんな悠真たちの元へ、ダーシャがやって来た。


「君たち、ちょっといいかな?」


 三人は急に声をかけられ、やや戸惑ったものの、ルイが「なんでしょう?」と返事をする。

 ダーシャは三人の前に立ち、コホンと咳払いをした。

 周囲に人がいないことを確認してから口を開く。


「これは伝えるべきか迷ったのだが、一応耳に入れておこうと思ってな」


 悠真たちの頭に「?」マークが灯る。


「実はインド北東部から来た者の情報なんだが、現地の住民が空を飛ぶ【赤い竜】を何匹も見たと言っているらしいんだ」

「赤い竜?」


 明人の眉間にしわが寄る。


「それって、まさか――」


 ルイの言葉に、明人は「ああ」と言って頷く。


「逃げていったエンシェント・ドラゴンや。一部は日本の【赤のダンジョン】に戻ったらしいが、それ以外は行方不明や。インドに来とったんか」

「でも、インドは【緑の王】の縄張りだよ。近づいてくるかな?」

「魔物の考えなんぞ、ワイらに分かる訳がない。せやけど、もし戦うことになったら厄介な相手やで」


 深刻な顔をするルイと明人を見て、ダーシャが口を挟む。


「まあ、これはあくまで噂レベルの話だ。ただ"竜"のことは、我々より君たちの方が詳しいだろう? そんな情報があることを覚えておいてくれ」


 ダーシャは明人の肩をポンッと叩き、後方支援を行う探索者集団クランに戻っていった。

 その後、編成が終わると、すぐに出発することになる。

 山間の道なので車などは使えず、全員徒歩での移動となった。


「これ、ダンジョンまで何キロぐらいあるんや?」


 明人が歩きながら不満気につぶやく。背負っている白いバッグはかなり重そうだ。


「ここからなら十キロぐらいじゃないかな。三時間ほどでつくと思うよ、もっとも魔物と遭遇しなければの話だけど」

「三時間か……」


 ルイの話に明人は顔を歪める。ゲイ・ボルグは強力な武器だが、大きいため持ち運びには向いていない。

 ましてここは山道。ダンジョンに着く前に明人がへばらなきゃいいけど、と悠真は不安に思った。

 それから一時間以上歩いたが、魔物はまったく出てこない。

 やはり"火魔法"で一匹残らず焼き尽くしたのが効いているのだろう。

 三時間後、ダーシャの号令で隊列が止まった。悠真は列のなかほどにいたため、前の様子が見えない。

 人垣が邪魔になってハッキリと確認できないが、どうやら山の裾野にポッカリと空いた縦穴があるようだ。


「あれが緑のダンジョン『ドヴァーラパーラ』……」


 隊列は崩れ、それぞれが前に歩いていく。穴を視界に捉えた悠真は、ゴクリと喉を鳴らす。

 かなりの大きさだ。


「やっぱりデカイな。さすが世界最大級のダンジョンや」


 明人が白いバッグを地面に置き、ニヤリと笑って中に入っていたゲイ・ボルグを取り出す。

 巨大な槍を肩に乗せると、そのまま穴のふちまで歩いていく。

 悠真とルイもその後に続いた。穴の直径は四十メートルぐらいあるだろうか。その中に緩やかな坂があり、下に行けるようだ。


「完全に自然のままだな。政府が管理とかしてないのか?」


 疑問に思った悠真がルイに尋ねる。


「このダンジョンは危険すぎるからね。管理したくてもできないんだよ」


 確かにそうか、と悠真は納得する。穴は起伏のある地面にあり、青々とした雑草が生い茂っている。

 明人はしゃがんで穴を眺めた。


「中はこの穴より遥かにデカイやろうな。進むだけでも時間がかかりそうや」


 悠真たちが話している間に、ダーシャが探索者シーカーたちの前に立つ。


「すぐに中へ入り、進行を開始する。攻略組は隊列を組め!」


 全員が動き出す。カイラについて行くグループと、ダーシャとここに残るグループの二組に別れた。

 攻略組の隊列順はハッキリと決められており、低階層を担当する探索者シーカーが前方。

 中層を担当する探索者シーカーなかほどに。

 そして悠真たちやカイラ、【孔雀王マカマユリ】のアニクたちが最後尾につけた。


「いよいよか……」


 先頭から徐々に出発する隊列を見て、悠真は気持ちを引き締める。

 ふと気づくと、ダーシャが心配そうにこちらを見ていた。視線の先にいたのはカイラだ。やはり妹のことが気になるんだろう。

 ダーシャが率いる後方支援部隊は、ケガ人の治癒と低階層までのサポートを行う。

 そのため深い階層に行けば行くほど、サポートは受けられなくなる。救世主メサイアを何人か連れていくことも検討されたようだが……。


「やっぱり救世主メサイアは残るようやな」


 明人の言葉に、ルイは「うん」と頷く。


「本格的なダンジョン攻略に救世主メサイアを連れていくのは危険すぎる。昔は深層攻略に参加させたこともあるみたいだけど、ほとんどのケースで死んでるからね」

「まあ、しゃあない。こっちには悠真がおるから、なんとかなるやろ」


 明人は悠真の肩をバンバンと叩き、「頼んだで」と笑顔を向けてきた。


「ああ、分かってるよ」


 悠真は自分のできることを考える。一つは"回復魔法"による治癒、かなりの大ケガでも治すことができる。

 そしてもう一つは"風魔法"による防御と攻撃。

 風の障壁はまだまだ弱いが、目の前に張ることぐらいはできる。それに可変式ピッケルで風魔法を使えば、そこそこの強い風魔法が放てる。

 この二つの魔法を使って中層までは乗り越えないと。

 悠真たち後列が進む番が回ってきた。「よっしゃ! 行こか」と言った明人が歩き出し、悠真たちがそのあとについて行く。

 ついに『ドヴァーラパーラ』の攻略が始まった。


 ◇◇◇


 ダンジョン一層。なだらかな坂を下り、平らな地面に立つ。

 そこは植物が至る所に生えた場所だった。辺りは薄暗く、壁や天井は土くれでできていて、所々に木の根が張っていた。

 よく見れば、不気味な色のこけも生えている。

 隊列は左の壁際を歩きながら前に進む。悠真は土の壁に触れ、感触を確かめた。

 硬い粘土質の土だ。悠真はパンパンと手を叩き、土を払いのける。


「魔物は出てこないな」


 悠真がつぶやくと、ルイが「いや」と言う。


「もう囲まれてるみたいだ」

「え?」


 次の瞬間、前方から大声が聞こえてきた。悲鳴にも似た叫び声、怒号のような声も耳につく。

 もう戦いが始まったのか!?


「こっちも気が抜けないよ」


 ルイの言葉に悠真は辺りを見回す。薄暗いダンジョンの向こうから、多数の影が迫ってくる。眼に赤い光を帯び、ゆっくりとこちらにくる。


「虫の魔物どもか……やるしかないな!」


 悠真は可変式ピッケルを構え、"風の魔力"を流し込んだ。

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