第226話 適性魔法

「ふぅ~」


 腹部がジワジワと熱くなったが、しばらくするとその熱も収まってくる。

 全ての魔宝石が取り込めたようだ。


「風魔法ってどうやって練習するんだ? あんまりイメージできないな」


 火や水と違って、形や色がない"風"の扱い方が分からなかった。


「僕も詳しくないけど、確か手の平の上に"つむじ風"を作るんじゃなかったかな。うまく作れると風のコントロールが上達するって聞いたことあるけど」

「そうなのか……」


 ルイに言われた通り、手の平を上にして意識を集中してみる。火や水はなかなかうまく使うことができなかったが――


「あ!」


 悠真は自分の手を見て口を開けた。手の上で風がクルクルとうずまいている。


「おお!?」

「すごい! 悠真できてるじゃないか」


 明人とルイは思わず互いの顔を見交わした。悠真の不器用さを知っていただけに、魔法を使いこなすのは難しいだろうと二人は考えていた。

 だが悠真が作り出したのは、まごうことなき"つむじ風"。しかもつむじ風は手の平の上で、大きくなったり小さくなったりを繰り返していた。

 悠真が魔力を微調整していたのだ。


「風魔法の基本とはいえ、こんなに早く再現するのは難しいはずだよ」


 ルイの言葉に明人も頷く。


「ああ、ワイが"雷魔法"の基本を習得するのでも一時間はかかった。それでも早い方やって言われたのを覚えとるで」

「そうなのか? 俺も魔法に慣れてきたってことかな? なんにしても魔法が自由に作り出せるって気持ちいいよな」


 悠真は魔法が使えたことに大喜びしていた。だが、ルイは真剣な表情で悠真の作り出す魔法を見る。


「ひょっとして……」


 ルイは悠真の手の平を指差した。悠真は「ん? なんだ」といぶかしむ。


「悠真の適性魔法って……"風"なんじゃない?」


 ◇◇◇


 大規模な魔物の襲撃を受けてから三日。インド各地から探索者シーカーが集まってきた。

 屈強な男、強い眼差しをした女。歳を取った中年男性もいたが、鋭い眼光は年齢を感じさせない。

 ここに集まったのは、いずれも地獄のような戦場を生き抜いた強者つわものたち。

 アサガッドの町に集結する探索者シーカーを、ダーシャは校舎の三階の窓から見下ろしていた。決戦はもう間近に迫っている。その緊張をひしひしと感じていた。

 窓から離れ、椅子に腰かけ息をつくとドアがノックされる。


「入れ」


 ガチャリとノブを回し、入ってきたのはカイラだった。「入ります」と言って、机の前まで歩み寄る。


「ドヴァーラパーラの周辺に調査に行った探索者シーカーが戻ってきたわ」

「どうだった?」ダーシャが指を組んでカイラを見る。

「調査をした者によれば、ダンジョン付近に魔物はいなかったらしいの。影も形もなかったと、不思議がっていたから」

「そうか……」


 ダーシャは背もたれに腰を預け、腕を組む。


「千匹以上の魔物が忽然こつぜんと消えるのは不自然だ。まさか山火事程度で死んだりはしないだろう」

「ええ、私もそう思うけど……ダンジョンの周囲五キロ以内には間違いなく姿が見えなかったらしいの、もしかしてダンジョンの中に戻ったんじゃ?」

「さあ、どうだろう。私には分からないな」


 いくら考えても答えなど出てくるはずない。魔物やダンジョンに関しては解明されてないことが多すぎる。

 単に散り散りに逃げていった可能性もあるだけに、軽々けいけいなことは言えない。


「それよりもカイラ――」

「……なに? 姉さん」


 改まって声をかけられ、カイラは片眉を上げてダーシャを見る。


「少し肩肘を張りすぎなんじゃないか? きつい顔がより一層怖くなっているよ」


 ダーシャの顔が探索者集団クランのリーダーから、柔らかい表情を浮かべた姉へと変わっていた。

 カイラは「な、なに急に!?」と言って顔を背ける。


「私は探索者集団クランの副官なの。決戦が迫った状況なんだから、誰よりも緊張感を持つのは当たり前でしょ!」

「相変わらず固いな……まあいい」


 ダーシャは顔をほころばす。ダーシャにとってカイラは唯一心を許せる肉親。誰よりも信頼を置いていることに変わりはない。

 しかし、そんなカイラに危険な任務を命じるのは辛かった。


「分かっているな、カイラ。ダンジョン攻略の先頭に立つのはお前だ。これが失敗すればインドは打つ手がなくなる。お前の双肩に全てがかかっている」

「もちろん分かってる」


 緑のダンジョン周辺の地域にはもう誰もいない。民間人も政府の人間も。魔物が大量に湧き出し、危険なためだ。

 いるのはダンジョン攻略にきた探索者シーカーだけ。人数にして約三百。

 作戦では二百五十人がダンジョンに入り、カイラが指揮を取る。残り五十人は地上に待機し、攻略組の後方支援を行う。

 日本から来た三人は、当然攻略組に入ることになる。


「ここに来る三百人が、インドにいる探索者シーカーの最上位。なるべく生きて帰ってきてほしいものだが……」


 ダーシャが伏し目がちに言う。その意味をカイラも理解していた。


「私も多くの者に生還してほしいけど、本気で『ドヴァーラパーラ』を攻略しようと思えば、相応の犠牲は必ず出る」


 最悪、全滅もありえる。それが二人の共通認識だった。


「仮にダンジョンが攻略できても、戦力をほとんど失えば【緑の王】は倒せない。本当に望みの薄い戦いだな」


 ダーシャは自嘲気味に笑った。


「それでも、ただ死を待つよりは遥かにマシだ。カイラ……緑の王に……我々の国を破壊し尽くした化物に、必ず一矢報いてやろう」

「ええ、必ず――」


 ◇◇◇


 大学の敷地の一角。距離を空けて対面する明人と悠真の姿があった。

 パチパチと細い稲妻が走り、悠真に襲いかかる。"風の魔力"を宿した悠真が手をかざすと、稲妻は悠真の前で弾かれ雲散した。


「やったぞ、明人! お前の雷魔法を、"風の障壁"で防いだぞ!!」


 大喜びの悠真に、明人は「はしゃぎすぎや!」とたしなめる。


「めちゃめちゃ弱めに撃った稲妻や、そんなに喜ぶことちゃうで」

「いいんだよ、それでも。俺が"魔法障壁"を張ったのは、これが初めてなんだから。使えたってことが重要なんだ!」


 悠真はドヤ顔で胸を張る。すると、少し離れた場所にいたルイが声を上げる。


「悠真! 準備できたよ。これをまとにして"風の刃"を放ってみて」


 ルイはいくつかのレンガを立てて並べていた。悠真はルイが安全な場所まで避難するのを確認すると、高々とかかげた右手に魔力を込める。


「当たってくれよ~」


 全力で振り下ろされた手刀から、力強い"風の刃"が放たれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る