第276話 炎の剣閃

 暗黒騎士ドンケルリッターが動き出す。

 今までは目に見えないほどの速度だったが、今はルイに近づけば近づくほど小さな爆発に巻き込まれ、動きが制約されていた。

 ――これならとらえられる!

 ルイは炎を纏った剣を相手の喉元に突き立てる。だがすんでの所でかわされ、背後に回り込まれた。

 周囲には炎の欠片である"蛍火"が無数に舞っていたが、暗黒騎士ドンケルリッターは盾で防御しつつ、おかまいなしに突っ込んでくる。

 それでも――

 ルイの刀と暗黒騎士ドンケルリッターの剣が激しく交錯する。甲高い金属音が鳴り響き、両者の武器が弾かれる。ルイは後ろに飛び退き、暗黒騎士ドンケルリッターも距離を取った。

 

「動きを制約してもこのスピードか……簡単にはいかないね」


 ルイはフフと微笑んだ。そして手の平を前に向け、「フンッ!」と力を込めて火魔法を放つ。

 炎が舞い散り、辺りは一瞬、光に包まれた。

 暗黒騎士ドンケルリッターはたじろいだように一歩下がる。それもそのはず、周囲には数千、数万の"蛍火"が揺蕩たゆたい、半径五十メートルほどを埋め尽くしていた。

 ルイは刀を構え、炎の中を突っ切っていく。ルイの通る場所だけ"蛍火"は道を開け、邪魔をすることはない。

 反対に暗黒騎士ドンケルリッターの周りでは無数の爆発が起き、わずかに動くだけでも困難。

 両者の剣が再び激突する。速さはほぼ互角、ルイの振るった刀が相手の盾に当たり爆発する。

 一歩引いた暗黒騎士ドンケルリッターだったが、盾の表面はドロリと溶けていた。


「やっぱりパワーと防御力はそんなに高くないね」


 速さこそ突出しているものの、それ以外は悠真の【黒鎧】と比ぶべくもない。

 ルイはもう一度構えを取り、暗黒騎士ドンケルリッターと睨み合う。わずかな間を置き、両者同時に踏み出した。

 小さな爆発を掻き分け、暗黒騎士ドンケルリッターは剣を振るう。

 その剣をルイが刀で受け流し、激しい斬撃の応酬となった。ほぼ互角の剣戟けんげき。だが徐々に暗黒騎士ドンケルリッターが押し始める。

 度重なる爆発によって、周囲の"蛍火"が減ってきたのだ。

 邪魔になる蛍火がなければ、暗黒騎士ドンケルリッターは自由に動けるようになる。対してルイは戦いに精一杯で新たな"蛍火"を作り出す余裕がない。

 嫌な汗がひたいに流れる。ルイが相手の剣を弾いて後ろに下がった瞬間、暗黒騎士ドンケルリッターの姿が消えた。

 制約なく動く相手に、ルイは追いつく事ができない。

 真後ろに回り込んだ暗黒騎士ドンケルリッターは、ルイの頭目掛めがけて剣を振り下ろした。

 絶体絶命の状況。それでもルイに焦りはなかった。

 後方からくる斬撃を視認することなくかわし、体を捻って後ろを向く。暗黒騎士ドンケルリッターは剣を振り切り、体勢を崩していた。

 ルイの持つ灼熱刀に炎が走る。


「君の動きは……もう見切った」


 流れるような炎の剣閃。刀は暗黒騎士ドンケルリッターの首を斬り飛ばした。

 黒いかぶとは宙を舞い、地面に落ちてコロコロと転がる。首と胴の傷口から小さな火花が散って爆発。

 数秒して暗黒騎士ドンケルリッターは砂へと還った。

 ルイは刀を軽く振り、ゆっくりとさやに収める。通りを振り返って、離れた場所で戦う巨人を見やった。


「悠真、あとは頼んだよ」



 ◇◇◇


「おいおいおいおい! あの日本人、暗黒騎士ドンケルリッターを倒しちまったぞ!!」


 大声で叫ぶウォルフガング。エミリアも屋上から下を覗き込み、目をらす。

 暗黒騎士ドンケルリッターは倒れたまま動かず、そのまま砂になってしまった。本当に一人で倒したんだ。

 エミリアは信じられず、言葉が出てこない。

 ドイツにいた探索者シーカーは、誰も暗黒騎士ドンケルリッターに敵わなかった。『シュヘルツ』のリーダー、マッテオでさえも。

 エミリアは政府の研究所にいた時、日々悪くなっていく戦況を聞いていた。

 コングロマリットにより街は完全に閉ざされ、軍人や探索者シーカーが次々に死んでいく。最後の希望とまで言われたドイツ最強の探索者シーカー、マッテオの死は、人々の心を折るのに充分だった。

 マッテオの遺体はコングロマリットに飲み込まれ、人々は英雄を埋葬することもできなかった。

 そんな悪夢をもたらした悪魔、暗黒騎士ドンケルリッターをあの日本人は倒したのだ。

 絶対に勝てないと言われた、【黒の君主ロード】を。

 エミリアは視線を上げ、さらに先を見る。商業ビルが立ち並ぶ一角。そこには大量の粉塵を上げながら、コングロマリットと戦う"黒い巨人"がいた。

 巨人は何十発も拳を叩き込み、その都度つど大きな爆発を起こす。

 コングロマリットの体は削り取られ、全身を構成する瓦礫がいくつも地面に散らばっていく。

 本当に……本当に勝てるかもしれない。

 わずかな希望を抱いたエミリアは、自分でも気づかないまま拳を強く握っていた。


 ◇◇◇


「ぬあああああああ!!」


 悠真の鉄拳がコングロマリットに炸裂する。拳には"風の魔力"が宿っており、殴った部分は砕け、遥か彼方に吹っ飛んでいった。

 魔物は破壊する度、徐々に小さくなっているようだ。

 だとすれば、このまま殴り続ければ倒すことができるはず。悠真がそう思った時、背後から嫌な気配を感じた。

 ハッとして振り返ると、そこにはウネウネと近づいてくる"黒い壁"がいた。

 あれは鎖に繋がっていたコングロマリットの一部。悠真が合流させないように鎖ごと断ち切っていたが、まだ未練がましく移動していたのか。

 悠真は"黒い壁"に向かって走り出す。

 例えどんなに本体を削っても、

 悠真は右拳を引き、体当たりするように"壁"を殴りつけた。火の魔力を宿した拳がめり込むと、轟音と共に爆発が起こり、"壁"は粉々になって吹っ飛ぶ。

 辺りに散らばった残骸と、それを燃やす残火だけが目についた。

 これ以上の合流を許す訳にはいかない。街中にあるコングロマリットの一部が集まれば、とんでもないことになってしまう。

 そう考えて注意していたのに……。


「え!?」


 コングロマリットの本体が体を修復し、さらに巨大になっていく。


「バカな……供給は止めたはずなのに」


 その時、地面を見た悠真はハッとした。

 コンクリートの塊や鉄骨、さらに大きな魔物の死骸まで。間違いない。

 ベルリン全土に分散していたコングロマリットの体が、

 寄せ合わせの魔物は、急速に膨張し始める。

 高さが百メートルから二百メートルへと伸びてゆき、さらに三百メートル、四百メートル、遂には五百メートルと、天を貫くのか!? と思うほど高くなった。

 ウネウネと動きながら鎌首を持ち上げる姿は、まさに"蛇"そのもの。

 悠真は空を見上げたまま、立ちすくむ事しかできなかった。

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