第277話 魔力の限界

 神話の物語に『世界蛇』なんてのがいた気がする。

 途轍もない大きさで、地球一周の距離と同じ長さがあるそうだ。ふと、そんな事を思い出した。

 確か名前は『ヨルムンガンド』。

 悠真は心の中で小さく笑う。地球一周とまではいかないが、それでも半端じゃない大きさだ。

 こんなヤツと戦う破目になるなんて……深い溜息が出てくる。

 大きな蛇はゆっくりと頭を下ろしてきた。どうやら突っ込んでくる気のようだ。

 さすがにあの質量をあの高さから落とされては、『金属スライム』の装甲でもダメージを受けるかもしれない。

 悠真はその場から一旦離れようとした。だが――


「な、なんだ!?」


 黒いヘドロが波打ちながら周囲に渦巻き、巨人の体にへばりついてくる。


「んだ、これ! コングロマリットの一部か!?」


 瓦礫を多く含んだヘドロは、がっちりと悠真の体を固定し、離そうとしない。

 藻掻いている間にも、頭上から大きな蛇は迫ってくる。


「くそっ! 離しやがれ!!」


 悠真が力づくで黒いヘドロを引き剥がした瞬間、"巨大な蛇ヨルムンガンド"は大地に落ちた。

 その衝撃は凄まじく、地面は破壊され、周りの建物は吹っ飛ぶ。離れていたルイも【火の障壁】で防御するが、耐えきることはできず、遥か後方に飛ばされてしまう。

 かなり距離のある場所で見ていたエミリアたちも例外ではない。

 途轍もない爆風に全員が飛ばされそうになる。必死にフェンスや壁に掴まって耐えようとする。しかし、エミリアの手は無情にも離れてしまった。


「あ」


 屋上から放り出される。

 "死"という言葉が脳裏を過った刹那、ガシッと腕を掴まれた。一瞬なにが起きたか分からなかったが、エミリアはその手がフィリックスのものだと気づいた。

 驚いてフィリックスの顔を見る。


「おい……まだ死ぬんじゃねーぞ! このあとドイツがどうなるのか、ちゃんとその目で見届けろ!」


 エミリアはフィリックスの力を借り、再び柵をしっかりと掴む。

 敵対していた人間に助けられるなんて……。複雑な表情になったものの、フィリックスの言う通り、この戦いの結末を見るまで死ぬことはできない。

 そう思ったエミリアは、大量の粉塵が舞う戦場へと視線を移した。


 ◇◇◇


 カタッと小石が落ちる。

 コングロマリットは黒い巨人を押し潰し、勝ち誇ったように蜷局とぐろを巻いていた。その光景は、まさに瓦礫がれきでできた山。

 魔物は理解していた。この体で潰せば、いかなる者であっても殺せると。

 だが、コングロマリットは小さな異変に気づく。自分の体がカタカタと揺れ出したのだ。潰したはずの巨人が動いている。

 魔物は信じられず、己の体に意識を向ける。徐々に全身が熱くなり、至る所から光が漏れていた。

 次の瞬間――想像を絶する大爆発が起こる。

 瓦礫の山が吹き飛び、激しい業火が噴き上がった。轟々と燃える炎、その中から現れたのは蒸気を纏う"黒い巨人"。

 全身を赤く発光させながら、ドシン、ドシンと歩いてくる。

 コングロマリットは吹き飛んだ肉体を集合させ、再び"蛇"の形となった。それを見た巨人は一気に駆け出し、突っ込んでくる。

 うねる大蛇も攻撃に打って出た。鎌首を持ち上げ、頭から突っ込む。

 黒い巨人はマグマのように発熱した拳を引いて迎え撃つ。両者がぶつかり合うと、さらに苛烈な爆発が起こった。

 大蛇の頭の半分が吹っ飛び、衝撃で黒い巨人も後ずさる。

 辺りには炎が舞い散り、あらゆるものを燃やしていった。巨人はダンッと足を踏み込むと、空に向かって咆哮する。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 空気が震え、大地が震え、魔物であるコングロマリットの細胞さえも震えた。

 黒い巨人は右腕を伸ばす。腕はドロリと溶けてゆき、柄の長い大きなハンマーへと変化した。


 ◇◇◇


 さあ、決着をつけようか。

 コングロマリットに押し潰された時はビビったが、体には傷一つない。やはり物理攻撃はまったく効かないんだ。

 悠真はハンマーに変えた右腕を見る。

 火の魔力を流し込むと、赤い紋様が浮かび上がってきた。この超高温になった鉄槌を、ヤツに喰らわせてやる!

 悠真が意気込んで足を踏み出した時、いくつもの黒い塊が向かってきた。

 コングロマリットの体から枝分かれしたものだ。蛇のようにうねりながら、かなりの速さで襲ってくる。

 ――上等だ!!

 悠真は足を止め、ハンマーを振り上げる。

 向かってくる黒い蛇は四匹。赤く発光する鉄槌を蛇の頭に叩き込めば、激しい爆発を起こす。

 一撃で蛇は動かなくなったものの、他の蛇は止まる様子がない。

 三匹の蛇が左右に回り込み、躊躇なく突っ込んできた。どうやら体に巻き付いて、こちらの動きを止めたいらしい。


「そうはいくかよ!」


 悠真はハンマーを横に薙いだ。二匹の蛇の頭が吹っ飛び、爆発した。最後の一匹は足に巻きついてきたが、悠真は慌てずハンマーを落とす。

 蛇の胴体は潰れ、大地ごと吹っ飛んだ。

 煙が広がる中、悠真はハンマーを軽く振って仁王立ちする。

 邪魔者はいなくなった。悠真はすぐに駆け出し、コングロマリットの本体に向かう。

 灼熱の巨人はそのまま"大蛇"の下部に突っ込んでいった。頭の角が突き刺さると、カッと瞬いて爆炎が噴き上がる。

 炎は大蛇の全身に広がってゆく。――行ける!


「おおおおおおおおおおおお!!」


 悠真は何度もハンマーを振るう。相手は超ド級の質量、ほとんど山と戦っているようなものだ。

 ならば破壊し尽くすまで。

 相手に叩きつけたハンマーは間欠泉のように爆発し、敵の体をえぐり飛ばす。

 コングロマリットは体の形を変え、なんとか巨人を抑え込もうとするが、うまくいかない。

 その間に悠真は魔物の背に登り、ハンマーを叩きつける。

 炎が渦巻き、連鎖的な爆発が起きた。溶け出した瓦礫はマグマとなって流れ、魔物の体表を伝ってゆく。

 これにはコングロマリットもたまらず、藻掻き苦しむ。

 巨人は大蛇の背にしがみついたまま、ハンマーに"火の魔力"を集めた。赤く発熱した鉄槌を、容赦なく大蛇に打ちつける。

 大蛇の太い胴はへこみ、大爆発した。

 コングロマリットは体勢を維持できず、ゆっくりと地面に倒れる。巨大な蛇が崩れ落ちた衝撃は凄まじく、轟音と共に大量の土砂が舞った。

 大蛇は全身が燃えており、確実に弱っている。

 あともう少し! 悠真が畳み掛けようとした時、体に浮かんでいた『赤い紋様』が消えていく。


「えっ!? なんで……」


 悠真は「あっ」と言って気がついた。"火の魔力"が切れたんだ。

 魔力値で三万はあったはず。しかし、この巨人の姿で魔力を使えば、すぐに切れるということか。


「あとちょっとだったのに!」


 悠真が悔しがっている間に大蛇は体を再構築し、また動き出していた。


「くそっ! 【赤の王】の火球なら一発で倒せるのに……」


 そんな愚痴を言っても仕方ない。こいつを倒すには、地道にダメージを与えるしかないんだ。

 【火の魔力】がないのなら、より魔力量の多い【風の魔力】を使うまで。

 悠真は全身に、最大限の"風の魔力"を流し込む。

 黒い鎧に激しい光が走ると、植物に似た『緑の紋様』が浮かび上がった。

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