第282話 ハンブルク

 ふさがった道を迂回しつつ、トラックは高速道路アウトバーンに入る。乗り捨てられた車がそこかしこに見受けられるが、なんとか脇を走り抜けた。

 ルイと運転を交代したフィリックスは、アクセルをベタ踏みし、速度をどんどん上げていく。


「大丈夫ですか? そんなにスピードを上げて」


 後部座席のルイが心配するものの、フィリックスは鼻歌まじりで答える。


「みみっちいこと言うなって、俺はけっこう運転がうまいんだぜ」


 自信満々でハンドルを回すフィリックスに、ルイは困り顔で溜息をつく。

 その後も魔物と出会わないように気を使いながら、四人を乗せたトラックはハンブルクに到着した。日はすでに沈み、夜のとばりが下りている。


「暗くてなんにも見えないな。捜索は明日にしようぜ」


 車のウインドウを下げ、外を見たフィリックスが提案する。ルイと悠真も窓の外に視線を移すが、確かに真っ暗で明かりがない。

 ハンブルクはかなり大きい街なので、本来なら煌々と明かりが灯っているはずだ。

 それなのに人気ひとけがないのなら、全員が避難しているか、あるいはベルリンのように息を潜めているかのどちらかだろう。

 悠真はそんなことを考えつつ、フィリックスの言う通り、今日のところは眠って朝を待つことにした。


 そして翌日――

 トラックを徐行させながら、悠真たちはハンブルクの街並みを眺める。

 ヨーロッパを代表する港湾都市。ドイツの北部に位置し、運河沿いに建物が立ち並んだ光景は美しく、観光名所としても有名だった。

 しかし、その美しい街並みも、今は見る影もない。

 多くの建物が破壊され、道路はズタズタ。運河にかかった橋も、無残に崩れ落ちている。そして予想通り、人の気配はまったくなかった。


「ドイツの国内は、どこも同じようですね」


 ハンドルを握っていたルイが、悲壮な表情でつぶやく。ルイと運転を交代し、後部座席に座っていたフィリックスは、ルイ以上に険しい顔になった。


「とにかく、港に行ってみよう。船がなきゃ話にならないからな」

「そうですね」


 フィリックスの言葉にルイは頷き、アクセルを踏んでトラックを進める。

 一時間ほどで海を臨む船着き場に到着した。全員がトラックから降り、海沿いを眺める。


「ない……ですね」


 ルイのつぶやきに、悠真も「本当にひとつもないぞ!」と眉を寄せる。

 船着き場に停泊しているはずの船は、大小問わず一隻もなかった。ドイツの人たちは船で逃げたのか?

 それとも……。悠真は嫌な予感がした。


「ひょっとすると『海の魔物』に沈められたかもしれないな。北海には多く出るって噂を聞いたことがある」


 頭を掻きながら言ったのはフィリックスだ。どうしたもんかと悩んでいるように見える。

 久しぶりにコンテナから出て、肩をグルグルと回すヴェルナーも「船がないんじゃどうしようもないぞ」とお手上げの様子だった。

 ルイと悠真は途方に暮れた。

 しばらく海沿いを歩いてみるが、船はおろか、人っ子一人出くわさない。


「ここに人はいないのかな?」


 悠真の疑問に、フィリックスが答える。


「その可能性は高いな。この街はイギリスに近いぶん【青の王】の影響を受けやすい。だから一早く逃げていった連中は多いはずだ」

「もし海がダメなら、空からって手も……空港を目指すのはどうですかね?」


 簡単に言う悠真に、フィリックスは深い溜息をつく。


「あのなぁ、飛行機の操縦なんて誰がするんだ?」

「うぅ……それは」

「それに操縦できたとしても、イギリス上空には"水のドラゴン"が飛び回ってるって話だ。空も海も危ないが、生き残る可能性が高いのは海だと思うぞ」

「そう、ですよね」


 悠真はハハと笑って鼻を掻く。一行は人を探し、話を聞くことにした。現状を正確に知らなければ、今後どうするかを話し合うこともできない。

 ヴェルナーは持ってきた双眼鏡を覗きながら、「う~ん」と唸り声を上げる。


「こんなところに人なんかいるのか? みんな逃げたと思うが……」

「そう言うなよ」


 フィリックスがヴェルナーから双眼鏡を借り、自分でも周囲を見回す。


「俺たちだって街の地下で息を潜めてたんだ。このハンブルクにも人がいる可能性は充分あるだろ?」

「そうかもしれんが……俺は別の港に行った方がいいと思うぞ」


 ヴェルナーの言うことはもっともだった。しかし、このハンブルクより小さな港に行ったとしても、船があるかどうかは分からない。

 まして人がいる可能性は、もっと低くなるだろう。

 ルイと悠真は根気強くハンブルクで人を探すことにした。

 そんな四人が海岸沿いの倉庫街を歩いていると、どこからか音が聞こえてくる。気のせいではない。間違いなく音がする。


「もしかして……人がいるのか?」


 悠真はテンションが上がり、気づくと音の方向へと走り出していた。

 人がいるなら船がどうなったか知っているかもしれない。悠真は倉庫を回り込み、狭い路地に入る。

 そこに人影があった。


「あの、すいません」


 後ろ姿の人物に声をかけた時、悠真は違和感に気づく。目の前のは、人の形をしているが人ではなかった。

 全身は紫色の鱗に覆われ、手には水かきがついている。

 しゃがみ込んでなにかを漁っているようだったが、それがなにかは分からない。

 人外のは動きをピタリと止め、悠真の方に振り返った。顔にはギョロリとした大きな目。えらのようなものが顔にあり、見た目は完全に"魚"と言える。

 固まっていた悠真の後ろから、ルイが大声を張り上げた。


「悠真! そいつは"魚人"だ、気をつけて!!」


 その声に触発されるように、魚人は悠真に飛びかかってきた。虚を突かれた状況だが、悠真に焦りはない。

 軽く右手を上げ、そのまま振り下ろす。

 するとかすかに風が揺らめき、魚人の体にが入った。

 魔物は動かなくなり、ゆっくりと前に倒れてくる。地面にぶつかった瞬間、魚人の体は三つに別れた。

 まるで三枚おろしになったかのように、青い血がドクドクと溢れ出す。


「凄いね、悠真。"風魔法"がさらに強力になってる」

「まあ、ドイツで"風"の魔宝石を大量にもらったからな。これぐらいはできねーと」


 ドヤ顔で胸を張る悠真だったが、内心ではまだまだ魔法を使いせていないことを自覚していた。

 魔力の量を考えれば、風の第三、第四階層魔法が使えてもおかしくない。

 しかし使用できる気配はなく、悠真は改めて自分の才能の無さに辟易へきえきする思いだった。

 そんな悠真の隣を通り、ルイはしゃがんで地面を見る。

 そこには人間の死体らしきものが転がっていた。魔物に食われていたせいで、原形を留めていない。


「これは……死んで間もないみたいだよ」


 ルイの言葉に、悠真は目を見開く。


「それって、もしかして――」

「うん、いるんだよ。

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