第117話 水の魔力
悠真と田中は二人して銀のケースを覗き込み、十個以上はある魔宝石に「おお!」と感嘆の声を漏らす。
「急いで搔き集めたんだが、マナ指数にして370ぐらいにしかならん。これが限界だった。すまんな神崎」
「ん~まあ、しょうがねーや! これだけでも手に入ったんならありがたいぜ」
神崎は素直に礼を言って石川の肩を叩いた。
「悪かったな。無理言って」
「それは構わん。それよりお前の会社、地上での待機任務だろ?」
「ああ、楽なもんだぜ」
そう言って笑う神崎に、石川は厳しい視線を向ける。
「油断はするな神崎。地上とはいえ、魔物が這い出してくる可能性は充分ある。実際ついこの間、かなり強い魔物が逃げ出したばかりだからな」
神崎はフンッと鼻を鳴らす。
「結局、死んだんだろ? 魔物なんて地上に出てきちまえば、大した力なんて出せる訳ない。心配なんかしてねーよ」
神崎は自分の内ポケットから煙草を取り出し、口に咥えて火を付ける。その様子を見て、苦言を言おうとする石川だったが――
「それより、お前は百階層まで行くんだろ。そっちこそ大丈夫なのか?」
「ん? ああ、準備は万端だ。
その話を聞いて悠真は驚いた。
「え!? シェルターの建設も
神崎と石川は顔を見合わせ、呆れた様子で笑い出す。
「おい、悠真! 民間の業者をダンジョンの百層まで連れて行けると思ってんのか? 危なくてしょうがねえだろーが!」
神崎に指摘され「確かに……そりゃ、そうですよね」と納得する。
「うちは建設工事を専門にする
石川が微笑みながら説明してくれる。
「もっとも、工事を請け負うのが民間人だったとしても、守り抜く自信はあるがね」
そう言うと石川は、視線を別の方向へと向ける。
「噂をすればなんとやらだ。おいでなすった」
悠真も視線を移す。ドームに続くアスファルトの道を、二台の車両が進んで来る。
黒い大型のワゴンと、高級そうな黒塗りの4WD。悠真たちの前を横切り、ドームの入口付近で停車した。
ドアが開き、降りてきた人物に、悠真の目は釘付けになる。
「あれって……エルシード社の天王寺隼人さんですか?」
「ああ、その通りだ。あれがうちの会社の最強
天王寺隼人。国内最強のマナ指数を誇る
もともと探索者に詳しくなかった悠真も最近は勉強するようになり、何度も雑誌で天王寺の姿は目にしていた。
車からは次々と人が降りてくる。百九十以上はあろう大男や、褐色の肌の綺麗な女性。‶雷獣の咆哮″は、確か八人のメンバー構成だったよな。と思い返していると、最後に降りてきた人物に、悠真は目を見開く。
「ルイ!」
「あ、悠真」
いつもの爽やかな笑顔がそこにあった。
「お前……なにやってんだ。こんな所で?」
「あ、いや、実は……」
恥ずかしそうに頬を掻くルイに代わって、石川が口を開く。
「ルイは今日から‶雷獣の咆哮″に加わることになったんだ。正式なメンバーとしてね」
「え? お前が、‶雷獣の咆哮″に……」
困惑する悠真の後ろで、神崎が楽し気に笑い出す。
「ハッハッハ、すげえじゃねーか! ホープ君、まだ入社して数ヶ月だろ? それで国内最強のクランに入るとはな」
――その通りだ。ルイがあの‶雷獣の咆哮″の一員になるなんて……。
「い、いえ……僕なんて、まだまだ足手まといで」
謙遜するルイの肩を、石川がポンッと叩く。
「確かに経験は浅いが、実力的には他の奴らに劣らんよ。まさに期待以上のルーキーだ!」
ルイは恥ずかしそうに肩をすくめる。それを見た神崎は、皮肉交じりに呟いた。
「今回も‶プロのスカウト石川様″の予感が、みごと的中したってことだな」
「スカウト?」
不思議そうに悠真が聞くと、神崎は「ああ、そうだ」と答える。
「こいつはエルシードで働く
悠真が「へ~凄いですね」と感心すると、石川は照れくさそう首筋を掻く。
「別にそういう仕事がある訳じゃないんだ。ただ、直感が働くというか、そういうのがあるんだよ」
「直感ですか?」
悠真が聞くと、石川は困ったような表情を見せる。
「説明するのは難しいんだが、なんとなく
「へ~」
「まあ、もう一人強く才能を感じた子がいたんだが、その子は
石川はそう言って目を細めた。誰かを思い出しているのだろうか?
「おい! なにしてるルイ、早く来い!」
ドームへ向かっていた‶雷獣の咆哮″のメンバーがルイを呼びつける。ルイも慌てて「すぐ行きます!」と返し、
「ごめん、悠真。もう行かないと」
「ああ、そうだな。がんばれよ!」
「うん、悠真も気をつけて」
ルイは小走りで
「じゃあ、俺も行く。もう他の会社の
石川もルイたちの後を追っていく。それを見送った神崎は、「さて」と言って悠真と向き合う。
「大仕事はあいつらに任せて、俺たちは俺たちの仕事をしないとな。悠真、こいつを飲み込め」
神崎が差し出したのは銀のケースに入った『水の魔宝石』だ。
「結構な数ありますよね……いち、にい、さん……」
「一気に飲めばいいだろ! 田中さん、水!」
「あ、はいはい。悠真くん、これどうぞ」
田中はナップサックから取り出したペットボトルを悠真に手渡す。悠真はお礼を言って受け取り、魔宝石をいくつか掴む。
さすがに全部一度に飲むのは大変そうなので、約半分ほどを口に入れた。
二回に分けて十四粒の魔宝石を取り込み、しばらく待つ。すると、いつも通り腹部が熱くなり次第に収まった。
「うまく取り込めたようです」
悠真は両手をグーパーと何度も握る。特に変わった感じはしない。
「これで結構な威力の‶水魔法″が使えるはずだ。試してみるか?」
神崎は自分の担いでいたドラムバッグを下ろし、中から三つに分かれた短い筒を取り出す。つなぎ目に嵌め込み、クルクルと回して一本の棍棒にする。
「‶水脈の棍棒″だ。今ならうまく扱えるだろう」
神崎に手渡された棍棒を、悠真は両手で握りしめる。今までは水の魔力がほとんど無かったため使えなかった【魔法付与武装】。
悠真はゆっくりと魔力を込める。魔法の出し方は何度も練習した。
「頼むぞ……うまくいってくれ!」
祈るように棍棒を見つめていると、握っている部分が徐々に熱くなってきた。
細く青い線が伸び、全体へと広がってゆく。
「おお!」
水脈の棍棒は魔力を帯び、青く光り輝いた。
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