第116話 カミングアウト

 夜、悠真たちが泊まっている宿泊施設ビル。

 リビングで食卓を囲む三人の姿があった。テーブルの上にはデリバリーで届いたチキンバゲットが並び、悠真は特大のドラムにかぶりつく。

 その横で田中は小さなピースをちまちまと食べ、対面の席では神崎がビールをジョッキで煽り、すでに顔が赤らんでいた。


「大丈夫ですか、社長? 明日から仕事なんですよ」


 心配する田中だが、神崎は意に介さない。


「大丈夫だよ! どうせ俺たちゃ地上でお留守番だ。激しい戦闘になることなんて、まず無いだろうからな」


 そう言ってグビグビとビールを飲み干す。プハァ~と息を吐いた神崎に、悠真は気になっていたことを聞いてみる。


「社長、俺たちはそうだとしてもエルシードの探索者シーカーは全員下層に潜るんですか? ルイみたいな新人でも?」

「ルイ? ああ、幼馴染のホープ君か」


 神崎はジョッキをテーブルの上に置き、口を拭う。


「全員が下に潜る訳じゃねーと思うが、あの新人君は百階層まで行くと思うぜ。噂が本当ならマナ指数が2000を超えてるらしい。だとしたら充分戦力になる」

「そうなんですか?」


 ルイの近況は知らなかった悠真は驚いた。マナ指数2000と言えば、国内でも数えるほどしかいないと聞く。

 ――そんなに強くなってたのか。

 無言になった悠真を見て、田中が声をかける。


「心配いらないよ悠真くん。下層には天王寺さんを初め、国内の上位探索者シーカーもいっぱい行くからね。強い魔物が出たって対処はできるよ」

「そう、ですよね」

「それより、僕たちの方が油断はできないよ。地上に魔物が出てくる可能性だってあるんだから! つい先日も強い魔物が一匹逃げたらしいからね」

「ええ!? そんなことあったんですか?」

「そうなんだよ。詳しいことは非公表になってるけど、かなり大騒ぎになったしね。魔物が力尽きて死んだからいいようなものの、人が住む街なんかに行ってたら大変なことになってたよ!」


 悠真はその話を聞いて、数日前に襲ってきた火を吐く犬を思い出した。


「そうだ! 実はこの前、魔物みたいな犬が襲ってきたんですよ。ひょっとしたらその逃げた魔物なんじゃ……」

「えっ? 本当に!?」


 田中は驚いて目を丸くする。それを聞いていた神崎は怪訝な顔をして口を開く。


「魔物に遭ったてのか? どこでだ?」

「東京の……俺の家の近くですけど」

「「ないない!」」


 神崎と田中の声がそろう。


「茨城からそんな所まで行く訳ねーだろ! 見間違いだよ」


 神崎に全否定された悠真は「ええ? でも……」と反論しようとするが――


「そりゃ唾吐き出してる大型犬だよ」

「いや、絶対違うと思いますけど……」

「そんなことより田中さんに、を言っとかないと!」

「アレって?」


 悠真がなんのことか分からず困惑していると、神崎は「バカ! 金属化の話だよ」と言われて「ああ!」と思い出す。

 

「確かに、伝えておかないとマズいですよね」

「なになに、なんの話?」


 田中は興味深そうに話しに入ってくる。神崎はこほんと咳払いし、田中と向き合って話を始める。


「実は『黒のダンジョン』に潜ってた時、悠真はヘンテコな魔鉱石をアイシャに飲まされたんだよ」

「ヘンテコな魔鉱石ですか?」

「そうそう、そうだよな? 悠真!」


 急に話を振られた悠真は「え? ええ、そうなんですよ!」と慌てて返した。


「それってどんな魔鉱石なの? 身体強化するんだよね?」


 楽しそうに聞いてくる田中に、悠真は頷きながら席を立つ。


「まあ、見せた方が早いと思うんで、見せますね」

「え!? 見せてくれるの?」


 悠真がチラリと見ると、神崎は同意するようにコクリと頷く。悠真はゆっくりと息を吸い込んでから、フンッと全身に力を入れた。

 手や首が黒く染まり、顔や髪の毛まで鋼鉄へと変わる。

 その変貌ぶりを見た田中は唖然とした。


「なななな、なにそれ! どうなってるの!?」

「体を鉄に変えられるんですよ。触ってみます?」


 悠真が手を差し出すと、田中は「い、いいの?」と言って恐る恐る手を伸ばす。


「あ! ほんとだ……皮膚がカチカチになってる」


 驚く田中を見ながら神崎は「なっ! すげーだろ?」となぜが自慢げに微笑む。


「す、凄い! こんな変化をする魔鉱石なんて聞いたことないですよ。大発見じゃないですか! これを世の中に発表すれば大騒ぎになりますね」


 その言葉にドキリとして、神崎と悠真は慌て出す。


「い、いや、あれだ。アイシャが後から自分で発表するって言ってたからな……俺たちが勝手に公表するのはマズイんじゃねーか?」


 神崎の発言に「そうなんですか?」と、田中は顔を曇らせる。悠真もしどろもどろになって口を出す。


「そ、そうそう、そうなんですよ! 契約の関係があるんですよね。社長!」

「お、おう。それだ! 守秘義務違反になっちまうからな。田中さんも口外しないようにしてくれよ」


 田中は困惑したような表情をしたが、


「まあ、そういうことなら……でも残念ですね。そんな凄い発見をしたのに言えないなんて」


 悔しがる田中を見て、神崎と悠真はホッと息をつく。『金属化』のことが口外されれば、探索者界隈で騒ぎになる可能性もある。『黒のダンジョン』を攻略したことでダンジョン協会に目をつけられているため、騒ぎだけは避けたかった。


「それにしても体が鉄なら物理防御は高そうだけど、魔法の耐性はどうなの? 火の攻撃とかは耐えられるのかな?」

「ええ、大丈夫です。この姿になると火なんかの耐性も上がりますから……」

「それは凄いよ! 悠真くんにそんな能力があるなら【水魔法】が使えなくてもなんとかなりそうですね、社長!」

「ま、まあな。水の魔宝石もある程度は石川に用意してもらう予定だし、悠真に関しては心配いらないだろう」

「そうですね。ちょっと不安でしたけど、これなら大丈夫そうです!」


 嬉しそうに語る田中を見て、悠真は安堵する。

 ――これでもし魔物に襲われても、田中さんの前で『金属化』が使える。さすがに『金属鎧』になると驚かれるかもしれないけど。


 神崎は無事カミングアウトできたことに気を良くし、さらに酒を煽りだす。それを悠真と田中がたしなめながら、夜は静かにけていった。


 ◇◇◇


 翌日、ダンジョンの入口があるドームに、シェルター建設用の資材が次々と搬入されていた。

 それを施設の外で見守っていたのは、神崎たちD-マイナーの面々。

 神崎は二日酔いのせいで頭が痛いとぼやいていたため、悠真が心配する。


「大丈夫ですか社長? だから飲み過ぎだって言ったのに……」

「いててて、若い頃はどうってことなかったのにな。やっぱり年のせいか?」


 そんな会話をしていると、何台も到着した自衛隊の車両から一人の男が降りてきた。悠真はその男に見覚えがあった。


「おう、石川! 待ってたぜ」


 神崎は頭を押さえながら歩き出し、石川の前で立ち止まる。石川は神崎の顔を見るなり「おいおい」と眉間に皺を寄せる。


「酒臭いぞ、神崎! 仕事だって分かってるのか?」

「ああ、分かってるよ。ちょっと昨日、飲み過ぎただけだ」


 神崎はボリボリと頭を掻きながら、鬱陶しそうにぼやく。


「ほら、これ。約束した物だ」


 石川は懐から銀のケースを取り出し、神崎に渡した。


「おお、すまんな! 助かるぜ」


 神崎は満面の笑みでケースを受け取り、蓋を開ける。

 そこには‶水の魔宝石″である【アクアマリン】と【アイオライト】が、いくつも入っていた。

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