第44話 討伐任務

「こいつは【炎熱刀・参式】、魔法付与武装の最新モデルだ。まだ試作品だが、火魔法の伝導効率が大幅に向上している」


 ルイは吉岡から炎熱刀を受け取ると、研ぎ澄まされた刃をじっくりと眺める。

 刃渡りは70センチほど、鍔の無い日本刀といった感じだ。刀身は赤く、美しい波紋が見て取れる。


「緑のダンジョンに出てくる魔物は‶昆虫型″の魔物ばかりだ。奴らは‟火”に弱いからな。この刀で致命的なダメージを与えることができる」

「ですが、僕の火の魔力は50しかありません。使いこなせるでしょうか?」


 ルイが不安気に尋ねると、吉岡は「心配するな!」と言ってポケットから黒いケースを取り出す。

 フタを開けると、中には赤い宝石が入っていた。


「こいつは‶レッドスピネル″の0.7カラットだ。食えば火の魔力が70上がる。君が元々持っている50の魔力と合わせて計120。この『炎熱刀』を使うには充分な魔力だ」

 

 ルイはケースを受け取り、魔宝石である‶レッドスピネル″を摘まみ上げた。

 吉岡にペットボトルを渡されたので、コクリと頷き、魔宝石を口に含むとペットボトルの水で一気に流し込んだ。


「どうだ? 大丈夫か?」


 顔を覗き込んでくる吉岡に、ルイは「大丈夫です。お腹が熱くなったので、取り込んだようです」と答えた。


「よし! 測定器でマナ指数を測ってからダンジョンに入るぞ」

「はい」

「上からの指示でな。我々が全面的にサポートして三ヶ月以内にマナ指数700以上にする。かなりハードなスケジュールになるが、覚悟はできてるか?」


 問われたルイは目を輝かせ、口の端を吊り上げる。


「もちろんできています!」


 ◇◇◇


 東京都武蔵野市。

 『青のダンジョン』の十二階層に、悠真と田中の姿があった。


「さすがに疲れますね。十二階まで下りてくると……」


 クタクタになった悠真がぼやく。


「まあね。下に行くのも一本道じゃないから、場所によってはフロアの端から端まで移動しないと下りられない所もあるし」


 田中は相変わらずニコやかに微笑む。こんなに歩いても疲れた様子を見せない田中に悠真は少し驚いていた。

 ――やっぱりプロの探索者シーカーは違うんだな。

 

「D-マイナー社のライセンスだと、二十階層まで下りられるけど、今は取りあえず十四階層を目指そう」

「そこに何かあるんですか?」

「マナを効率的に上げるのに、丁度いい魔物がいるんだよ。まあ見てのお楽しみだね。ふふふふ」


 不敵な笑みを浮かべる田中に困惑しつつ、悠真はダンジョンを下って行った。

 途中で爬虫類のような魔物に出くわすが、全力で逃げて事なきを得る。この辺りにはまだ強い魔物はいないようだ。


「なにか乗り物とかないんですか? 下に行くための」

「まあ、足場が悪いし狭い通路もあるから車は無理だよね。バイクなんかに乗っても、急に魔物が飛び出してくるから危ないよ。歩くのが一番安全かな」

「そうですか~」


 悠真は溜息をつきながら先を急ぐ。四十分ほど歩くと、目的の階層に到着した。


「ここですか?」

「そうそう、ここね」


 見渡せばゴツゴツした岩場と、所々にある大きな水溜まりが目につく。

 その周りをピョンピョンと飛び跳ねる生き物がいる。


「もしかして……ですか?」


 悠真が目にしたのは全身が真っ青な巨大ガエルだ。でっぷりとした体形で、ゲコゲコ鳴いている。体長は五十センチ以上あるだろうか。

 カエルが苦手ではない悠真でも、さすがにたじろいでしまう。


「こいつはブルーフロッグって言う魔物なんだ。まあ、見た目はアレだけど危険は無いし、そこそこマナも手に入るから初心者が倒すには丁度いい魔物だよ」

「丁度いい魔物ですか……」


 ゲコゲコと鳴きながら近寄ってくる魔物に、悠真は顔をしかめる。

 初めて見る巨大なカエルに戸惑っていると、田中が「今だ! ピッケルを振り下ろして!!」と叫んできた。

 悠真は覚悟を決める。持っていたピッケルを振り上げ、カエルに向かって思い切り振り下ろす。


 ――メキャ!

 

 嫌な音と手応えがあった瞬間。カエルは口や体から大量の液体を噴き出した。


「うわあああああああ! な、なんだコレ!? なんか汚いのが服やズボンに!!」


 普通の水分ではない。ネチョネチョしたカエルの体液だ。


「ああ、ブルーフロッグはね。身に危険が迫ると体中から体液を撒き散らすんだ。敵が怯んだらその隙に逃げるためにね」


 田中の言う通り、確かにカエルはピョンピョンと逃げていく。


「悠真君、スイッチを押さないと電気が流れないよ」

「あ! そうだ。すっかり忘れてた」


 悠真は逃げていくカエルを追いかけてピッケルを叩きつけるが、カエルは軽快に飛び回り、大きな水溜まりに飛び込んでしまった。


「ああ、くそっ!」

「う~ん、逃げられちゃったね。まあ最初だから仕方ないよ」


 優しく励ます田中は「僕がやってみるから見てて」と言い、懐から短剣を取り出し、水溜まりのへりにいるブルーフロッグに近づく。

 一気に飛びかかって背中に短剣を突き刺し、体重をかけてそのまま押し込む。

 カエルは「ゲエエエエ!」と悲鳴を上げ、大量の体液を撒き散らした。田中は怯むことなく短剣のスイッチを押して電流を流し込む。

 断末魔の鳴き声を上げながら、カエルは細かい砂になって消えていく。


「ふ~、こんな感じかな」


 立ち上がった田中は、カエルの体液で全身ヌルヌルになっていた。

 穏和な笑顔を浮かべている田中を見て、俺もこれをやるのかと悠真は絶句した。

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