第41話 初出社

 三月――

 悠真が通う高校の卒業式が行われていた。

 多くの来賓が見守る中、校長の式辞で幕を開ける。

 三年の悠真や楓、ルイも当然出席し、高校生活最後の催事に万感の思いを抱く。

 そして式典はつつがなく終わりを迎えた。

 悠真はもう出入りすることのない正面玄関から屋外に出た。

 気持ちのいい風が頬を撫でる。遠くに見える桜並木は、まだ五分咲きくらいだ。

 悠真はA3サイズの卒業証書を入れた仰々しいケースを片手に、三年間学んだ校舎を感慨深げに仰ぎ見ていた。


 ――俺もとうとう卒業か……。


 思い出に浸っていると、後ろから声が飛んでくる。


「悠真!」


 振り返れば、こちらに歩いて来る楓とルイの姿があった。


「もう帰るの? 先生やみんなと写真取って回ろうかって思ってるんだけど、悠真も一緒に来ない?」

「いいよ、そんなの。めんどくさい」


 袖を引っ張ってくる楓に「行かないって」と軽くあしらう。本当は一緒に行きたい気持ちもあったが、気恥ずかしくて言い出せない。

 頬を膨らませる楓の後ろから、ルイが声をかけてきた。


「相変わらずだね」

「ルイ! お前がついて行ってやればいいだろ。お前、そういうの好きそうだし」


 ルイは「確かにね」と軽く微笑む。

 楓だけは「もう!」と憤慨していた。


「楓から聞いたよ。進学するのをやめて就職するんだって?」

「ん? ああ、まあな」


 ルイとまともに話すのは久しぶりだ。昔はよく話してたし、遊んでた。

 今でも友達であることに変わりはないが、どこかぎこちない会話になってしまう。


「ダンジョン関連企業に入社したって聞いたけど、本当なの?」

「う、まあ、そうなんだけど……」


 ここでルイに影響を受けたからだとは口が裂けても言えない。言いたくない。


「意外だったよ。悠真がダンジョンに興味を持ってたなんて」

「それは、あれだ。興味っていうか、やっぱり稼げるじゃん。それで色々考えた結果ダンジョン関連の企業に就職することになったんだ。そう、たまたまなんだ!」


 苦しい言い訳だったが、ルイは納得したように微笑む。


「そうなんだ。でも嬉しいよ。僕もダンジョン系の企業に就職するから、今後はお互いに情報交換とかできるといいよね!」

「う、そうだな。でも、その前にちゃんと仕事ができるようにならないと、一人前になるのが最優先だからな」


 ルイは業界最大手のエルシード、対して悠真は零細企業の中の零細企業であるD-マイナーへの就職だ。

 せめて一人前の探索者になるまで、ルイとは顔を合わせたくないと悠真は思った。

 小さい人間だと思いつつも、この劣等感は如何いかんともしがたい。


「うん、確かにそうだね。ちょっと浮かれてた。一人前の社会人になったら、また会おう悠真!」

「ああ」


 二人は握手を交わし、それぞれの門出を祝う。

 楓が、「私も就職するんだけど!」と口を尖らせていた。校舎に戻って行く二人を見送り、悠真は一つ息を吐いてから校門を出る。

 この一歩から新しい生活が始まる。本当に一人前にならないと、あの二人に笑顔で会えないな。


 悠真はそんなことを考えながら、通いなれた校舎に背を向け帰路に着いた。


 ◇◇◇


「よーーーし! 今日から悠真の仕事始めだ。張り切って行くぞ!」


 社長の大声が室内に響く。

 悠真は千葉にあるD-マイナー社に来ていた。社長の言う通り、今日から本格的に仕事が始まる。

 なにもかもが初めてだったため、悠真は少し緊張していた。


「まあ仕事つっても、やることは単純なんだがよ」


 社長はオフィスの奥にある自分のデスクの椅子にドカリと座り、足を組んで煙草に火を付ける。


「田中さん! 説明してやってくれ」

「はいはい」


 田中は机の上に置いてあった資料を持ち、悠真の元まで歩いてくる。相変わらず優しそうな表情のおじさんだが、貫禄のあるお腹が揺れていた。

 本当に探索者シーカーなんだろうかと、悠真は心配になる。


「やあ、悠真君。改めてよろしく、君の教育係を務める田中です」

「よろしくお願いします!」

「まず初めにやらなきゃいけないのは、君の‶マナ指数″を上げることだ」

「マナ指数……ですか?」

「うん、君のマナ指数を上げて、ある程度戦える状態になって欲しいんだ。最終的に僕たちは『赤のダンジョン』に挑まなきゃいけないからね」

「赤の……ダンジョン」


 悠真が田中の言葉を飲み込んでいると、煙草をふかしていた社長が口を挟む。


「まあ、要するにだ。俺たちは下請けの業者ってやつだから、大手の企業に商品を卸さなきゃいけねぇ。その商品ってのが赤のダンジョンの産出物。‶火の魔宝石″だ」


 社長の話によれば、赤のダンジョンで魔物を倒すには‶水魔法″が効率的だと言う。そのため、まずは武蔵野にある『青のダンジョン』で魔物を倒し、マナを上げつつ魔宝石もドロップさせ回収するのが最初の仕事になるそうだ。


「武蔵野の『青のダンジョン』なら家から近いです!」

「そうか、それなら何回か行ったことぐらいあるだろう?」


 社長に問われ、悠真はドヤ顔で答える。


「ええ、二回ほど。スライムも倒しましたよ」


 自慢するように言った悠真を見て、社長と舞香。そして田中は、クスクスと笑みを零した。 

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