第40話 国内最強のクラン

 東京都大手町。都心の一等地であり、大企業のビルが立ち並ぶ一角。

 そこに日本最大のダンジョン企業であるDeNAエルシードの本社ビルがある。その八階フロアの廊下を、二人の男が歩いていた。

 一人はエルシードの統括本部長の本田。ロマンスグレーの髪をオールバックに纏め仕立ての良い高級スーツに身を包む。

 スラリとした立ち姿は、いかにも仕事のできそうな社会人だ。

 前を歩く本田についていくのは高校生の天沢ルイ。

 卒業後に入社するための手続きと、スケジュールの確認をするために会社を訪れていた。

 本田は歩きながらルイに声をかける。


「今現在の‶マナ指数″はどれくらいかね?」

「321まで上がりました」

「ほう、高校三年でそこまで上げたなら大したものだ。全てなのかな?」

「いえ、50ほどは。ただ、それ以上は使わないようにしていますが」

「うむ、ルビーの魔宝石を使うためだね。だが効率的にマナ指数を上げるためには、もう少し必要がある」

「その辺りはお任せします。エルシードの育成ノウハウは信頼していますので」

「はっはっは、賢明な判断だ」


 本田は立ち止まり、目の前にある扉の横に設置されたカードリーダーに自分の社員証をかざす。

 解錠された扉が自動で左右に開いた。

 部屋の中へ入ると、明るく開けた空間に三人の男女がいる。全員、探索者の制服を着こみ、ベンチソファーに座って和やかに談笑していた。

 本田とルイの姿を見つけると、一人の男性が立ちあがり二人の元へと歩いてくる。


 ミラーレンズのスポーツサングラスを掛けた短髪の男性。

 サングラスを外せば、特徴的な切れ長の眼が覗く。

 細身だが華奢な感じはしない。不必要な筋肉を全て削ぎ落し、必要な筋肉だけを鍛え上げた。そんな印象を受ける体格だ。


「悪いね。遠征前に時間をもらって」


 本田が申し訳なさそうに微笑む。


「いいんですよ。俺も期待のルーキーに会いたかったですから」


 がっしりと握手を交わした後、本田は振り返ってルイに視線を向ける。


「紹介しよう。彼は――」

「もちろん、知っています!」


 ルイは興奮気味に一歩前に出た。


「マナ指数3957。国内最強の探索者シーカー、‶雷獣″天王寺隼人てんのうじはやとさん! 雑誌などで、いつも拝見しています」

「ハハハ、知ってもらえて光栄だよ。君は噂になってるルーキーだからね」

「僕こそ光栄です!」


 ルイは両手を差し出し、天王寺と握手をしてもらう。


「俺を知ってるんなら、あいつらのことも分かるかな?」


 天王寺は親指で後ろにいるメンバーを指差す。


「もちろんです! 探索者シーカーを目指す人間で、天王寺さんの探索者集団クラン『雷獣の咆哮』を知らない人はいません」


 後ろに控えていた二人の男女が歩いてくる。

 目の前に来たのは背の高い褐色の女性、ルイを見下ろす格好で口を開く。


「へえ、じゃあ、私のことも知ってるんだ」

「はい、マナ指数2549。灼熱の魔剣を使う探索者シーカーの、美咲・ブルーウェルさん。火魔法使いとして、とても憧れています」

「フフ、嬉しいわ。ありがと」


 ルイは美咲とも握手を交わし、笑顔を浮かべる。


「おいおい、俺も忘れないでくれよ」


 一際大きな体躯の男性を見て、ルイは顔を綻ばせる。


「もちろんです! マナ指数3077。国内で二番目に強いと言われる探索者シーカー、‶電磁砲″の異名を持つ泰前彰たいぜんあきらさんを忘れる訳がありません!」

「なるほど、俺たちのデータは全部頭の中に入ってるって訳か、おもしろい!」


 ルイは泰前たいぜんとも固い握手を交わした。その様子を微笑ましく見ていた天王寺が口を開く。


「俺たちはこれから北海道にある『白のダンジョン』に行くところなんだ。他のメンバーはすでに現地入りしてる。数週間は泊まり込みの……まあ、遠征ってやつだ」

「それは……大変ですね。無事に任務が達成できるよう、祈っています」

「ハハ、ありがとよ。君も早く戦力になって俺たちを助けてくれ。もちろん『火魔法』を極めるつもりなんだろ?」

「はい! そのつもりです」

「目指すは‶炎帝アルベルト″かい?」


 天王寺の言葉に、ルイは思わず顔を赤くする。


「は、はい……僕なんておこがましいですが、目標は世界最強。マナ指数8211のアルベルト・ミューラーさんです」

「いいね! 目標は高い方がいい、それでこそ期待のルーキーだ。楽しみにしているよ」

「はい!」


 天王寺たち三人は本田に挨拶をし、そろって部屋を退出していった。


「さて、うちの探索者シーカーとの初顔合わせは、どうだったかな?」

「すごく緊張しました」

「そうかい? えらく堂に入ってるように見えたが」

「いえいえ、とんでもない」


 首を横に振って謙遜するルイを見て、本田は笑みを零す。


「君の卒業後の話なんだが、すぐに福岡に行ってもらおうと思ってる」

「福岡? では――」

「ああ、あそこには『緑のダンジョン』がある。そこでマナ指数を上げて欲しい。福岡支部にいる探索者集団クランが君を全面的にサポートする」

「福岡支部の方が……ありがたいですが、ご迷惑じゃないでしょうか?」

「はっはっは、君をスカウトした石川が言っていたよ。君からは天王寺以上の素質を感じると」

「そんな、天王寺さん以上なんて……」

「もし周りに迷惑をかけていると思うなら、を越えて早く戦力になってくれよ。天沢ルイ君」

「は、はい! 全力を尽くします」


 ルイは自分に向けられる期待の大きさを実感する。

 その期待に答えるため、出来る限りの努力をしようと決意を新たにした。

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