第304話 魔法の相性

 悠真が地面を蹴って前に出る。

 右手に持っているハンマーを高く振り上げ、柄の部分から魔力を流し込む。するとハンマーに緑色の線が走り、あわく輝き出した。

 ヘッドの部分に"風の魔力"が集まり、さらに圧縮して


「喰らえ!!」


 悠真が振り下ろしたハンマーが、巨大な飛竜の体にめり込む。

 水の体表は真空によって削られ、竜は戦慄わなないて後ずさった。体にはわだちのような傷が残るが、血などは出てこない。

 悠真は嫌な予感がした。


「オオオオオン!」


 巨大な飛竜が鳴くと、体の傷が一瞬でなくなった。再生というよりも、まるで無くなった水を補充するかのような戻り方。


 ――これが、この魔物の再生方法なのか!?


 青のダンジョンに巣くう魔物は再生能力が高くないというのが常識だが、こいつは例外のようだ。

 『キマイラ』と同じく、体が"液体"で構成されている。

 この手の魔物は厄介に違いない。それは経験によって充分わかっていた。


「とにかく、徹底的に破壊するしかないな」


 悠真はハンマーを下段に構え、体勢を低くして突っ込む。巨大な飛竜も黙ってはいない。口に魔力を溜め、大量の水を吐き出した。

 水の吐息ブレスを軽やかにかわした悠真は地面を蹴って飛び上がる。

 竜の頭に向かってハンマーを振り下ろした。今度は真空ではなく、ぶつける。

 凄まじい爆風が巻き起こり、竜の頭は消し飛んだ。

 後ろに飛ばされた悠真も一回転して着地する。顔を上げれば、竜はフラつき踏鞴たたらを踏んでいた。


 ――どうだ!?


 この一撃で仕留められればいい。そう思った悠真だが、簡単にはいかなかった。

 竜は足元から水を吸収していく。首からポコポコと泡立ち始め、あっという間に無くなった頭が再生した。

 この辺りはどこも浸水している。その水を利用し再生しているのか。

 巨大な飛竜は何事もなかったように鎌首を持ち上げ、こちらに向かって鳴き声を上げる。 

 悠真は「チッ」と、心の中で舌打ちした。

 やっぱりこいつを倒すには再生を阻害する【雷魔法】が必要だ。

 悠真が使う【風】や【火】の魔法では相性が悪い。雷魔法が使える明人に任せるべきだったな。と少し後悔し、悠真は空を見上げる。

 上空では明人が"青の飛竜ブルードラゴン"と空中戦を繰り広げていた。

 竜の吐息ブレスや突進をかわしながら、ゲイ・ボルグの先端についた六つの刃物を空中に飛ばし、稲妻を纏わせて竜を攻撃している。

 それはまるで稲妻の竜。六体の雷龍が青の飛竜ブルードラゴンに襲いかかり、次々に撃墜していた。

 さらに明人自身もゲイ・ボルグを器用に操り、敵の真上を取って雷魔法を撃ち込んでいる。飛竜は体を痙攣させ、きりもみ状に落ちていく。


「すげえ……」


 思わず漏れる感嘆の声。かなり強いと言われる【水の竜】をあんなに簡単に倒すなんて……。悠真は改めて明人の成長に目を見張った。

 だが、青の飛竜ブルードラゴンはまだまだいる。

 いくら明人でも、全部を相手にするのは骨が折れるだろう。だとすれば、この巨大な飛竜は自分が倒すしかない。

 悠真はハンマーを握る手に力を込める。

 先に動いたのは巨大な飛竜。口を開け、吐息ブレスを放ってきた。

 右に飛び退いて回避したが、その攻撃にギョッとする。水の吐息ブレスではない。吐息ブレスだ。

 建物が破壊され、道路一面が凍りつく。

 悠真は右から回り込んでハンマーを構えた。巨大な飛竜も頭から突っ込んでくる。

 互いがぶつかり合った瞬間、激しい爆発が起きた。瓦礫が舞い散り、火の粉と煙が立ちこめる。

 煙でなにも見えなくなった一角から、全身を"氷"に変えた飛竜が姿を現す。

 体の一部が破損していた。しかし足元にある水を吸収し、瞬時に再生してしまう。

 飛竜が睨む対面の路上。煙が晴れて、ハンマーを構えた悠真が出てきた。手に持つハンマーはマグマのようにギラギラと輝いている。

 こいつを倒すには【風魔法】ではダメだ。相性が悪くても【火魔法】で決着をつけるしかない。

 悠真は覚悟を決め、全身に火の魔力を流して地面を蹴った。

 黒い鎧には赤い紋様が浮かび上がり、下段に構えたハンマーは煮えたぎったような色になる。

 ハンマーを振り切ろうとした瞬間、氷の飛竜は全身から氷柱つららを突出させた。

 普通の相手なら串刺しにできるだろう。


 ――だけど、今の俺はマグマに等しいぞ!!


 悠真の体に当たった氷柱はどろりと溶け、水に戻って蒸発する。充分飛竜に近づいてから、赤く染まったハンマーを振るう。

 轟音と供に巨大な火柱が上がり、周囲の建物が吹っ飛んだ。


 ◇◇◇


 途轍もない衝撃音。逃げようと走っていた人々は何事かと後ろを振り返る。目に入ってきたのは、天を貫く高い火柱。

 巻き起こる風と煙。人々の恐怖は頂点に達していた。


「止まるな! 走れ、走るんだ!!」


 ハンスの声に群衆は我に返った。今度は悲鳴を上げながら、我先にと逃げていく。

 ほとんどパニックに近かったが、ハンスはこれでいいと考えていた。


 ――ここから離れることが先決だ。何人生き残れるか分からないが、とにかく街を出て北に行かなければ……。


 ハンスも走り出そうとした時、レイラに腕を掴まれる。


「ハ、ハンス……た、助かるのよね? 私を確実に助けてくれるんでしょ!?」


 血走ったレイラの目に、ハンスはゴクリと息を飲む。


「もちろんです! 私が責任を持って護衛しますので、安心してついてきて下さい」


 ハンスの言葉にホッとしたのか、レイラは冷静さを取り戻し、再び走り始めた。


「あの日本の探索者シーカーたちは大丈夫なの?」


 走りながらレイラに問われ、ハンスは口を開く。


「彼らの強さはイギリスの探索者シーカーを凌駕します。例え"竜種"でも、任せておけば大丈夫でしょう」

「なにを言っているの! 違うわよ」

「違う? なにが違うのですか?」


 ハンスは意味が分からず聞き返した。


「あいつらは魔物と同じなんでしょう? 私たちの敵に回らないかって言ってるのよ!」


 ハンスは小さく溜息をついた。事ここに至って気にするのはそんなことか。

 レイラの目には、明らかな敵意が浮かんでいる。助けてもらったということが分かっていないのだろう。

 ハンスはなにも答えず、黙って走り続けた。

 すると辺りが、ふっと暗くなる。まるで突然日が沈んだような異常な暗さ。

 ハンスやレイラ、避難していた人々は足を緩め、空を見上げる。

 そこには常軌を逸した光景が広がっていた。

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