第303話 参戦

「くっ!」


 ハンスは氷柱つららの切っ先を紙一重でかわした。

 向こう側ではシャーロットも氷柱を回避したようだ。二人とも【雷魔法】の使い手だったのが功を奏した。

 雷使いは体の電気信号を高速化できるため、反射神経が大幅に向上する。

 この程度の奇襲攻撃は想定内だ。

 ハンスは一旦飛び退き、体勢を立て直してもう一度斬りかかる。"雷"を帯びた剣が何本もの氷柱を両断する。

 シャーロットも"炎"と"雷"を宿す剣で斬り込んでいた。


 ――このまま押し切れれば!


 ハンスがさらに攻撃の速度を上げようとした時、空から


「ちっ!」


 後ろに大きく飛び退いたハンスが舌打ちする。

 正面のコンクリートが破壊され、深い穴が空いていた。水の吐息ブレス

 ハンスが空を見ると、上空にいた青の飛竜ブルードラゴンがバサリバサリと羽をはばたかせ、こちらを見下ろしている。

 やはり黙って見ているほど甘くはないか。

 別の青の飛竜ブルードラゴンたちも水の吐息ブレスを吐き出してきた。ハンスとシャーロットはその攻撃を全て回避し、上空を睨む。

 二人が防御に徹している間に、巨大な飛竜は元の状態に戻ってしまった。

 体は『水』の特性を維持しながら、所々にクリスタルのような氷の角を生やしている。高々と首を持ち上げ、口から大量の水を吐き出した。

 通常の青の飛竜ブルードラゴンとは比べものにならない水量だ。

 ハンスはなんとかかわすものの、水の吐息ブレスは軍用車両を吹っ飛ばし、そのまま『ジ・オーバル』の外壁を破壊してしまった。

 あまりの威力に誰もが言葉を失う。

 だが、魔物たちには関係ない。上空を飛び回っていた青の飛竜ブルードラゴンがけたたましい鳴き声を上げ、一斉に襲いかかってくる。

 ジッとしている訳にはいかない。

 ハンスは駆け出し、レイラの元へ行く。


「首相、ここはもうダメです! 逃げるしかありません!!」

「で、でも、どうやって!? こんなに囲まれては逃げられないでしょう?」


 レイラの言う通りだった。あの巨大な飛竜を倒すことができたなら、まだ活路はあっただろう。

 しかし、それもままならない。もはや生き残る可能性はゼロに近かった。

 それでも――


「ジ・オーバルの入口は破壊され、完全に入れなくなっています。北に避難するしかないでしょう。私が道を切り開きますから、SPと一緒に走って下さい!」

 

 ハンスは無理矢理レイラを立たせ、背中を押して走らせる。

 振り返ればシャーロットが巨大な飛竜を攻撃し、アンドリューが上空にいる竜たちに向け乱射している。

 注意を自分たちに向かせ、こちらを逃がそうとしているんだ。

 竜に追って来られては、生き残る希望はない。ハンスはシャーロットたちに感謝しつつ、レイラと共に走り出した。

 首相のSPや軍人、避難しようとしていた一般人もついて来る。

 この人たちを救えるのは自分だけだ。そう思ったハンスだったが、行く手には数十匹もの魔物が立ちはだかる。

 人々をかばいながら倒せる数ではない。


 ――くそっ! ここまでか……。


 ハンスが諦めかけた時、周囲が明かるくなり、耳をつんざく轟音が鳴った。


「なんだ!?」


 驚いて振り返ると、巨大な飛竜が煙を上げ、ゆっくりと傾いていく。

 なにが起きた!? ハンスは上空に目を移す。すると、そこには浮かんでいた。

 逆光でシルエットしか見えないが、長い棒の上に人が乗っているように見える。

 まるでほうきに乗った魔女のよう。ハンスはそんなことを考えながら、空に浮かぶ人影に警戒心を抱く。

 しかし、異変は上空だけではなかった。


「ハ、ハンス! あれを!!」


 レイラの声にハッとして振り返る。そこには信じられない光景が広がっていた。

 行く手を阻んでいた魚人の頭が、ポップコーンが弾けるように爆発していく。なにが起きているのか分からず、ハンスは戸惑った。

 だが次の瞬間、剣を振り切った状態で止まる男が目に入る。あれは――


「天沢……天沢ルイ!!」


 大声を上げたハンスに、レイラは目を白黒させる。


「だ、誰ですか!? あなたの部下じゃないの?」

「首相、彼です。日本から来た探索者シーカーというのは!」

「ええっ!? 日本の探索者シーカーがどうしてここに……」


 混乱するレイラを尻目に、ハンスは視線を素早く動かす。天沢がいるということはここに来ているということ。

 すると、その姿をすぐに見つけることができた。

 大きなカエルの魔物が宙を舞う。地面に叩きつけられ「グエッ」と鳴き声を上げて砂に変わった。

 その向こうには、ハンマーを持った黒い魔物がこちらに背を向け立っている。

 間違いなく【黒鎧】こと三鷹悠真だ。だとすれば、空にいるのも彼らの仲間かもしれない。助けに来てくれたんだ。自分たちを。

 ハンスは胸が熱くなる思いだった。

 遥々はるばる日本から救援に来てくれたのに、イギリス政府が取った対応は無礼極まりないものだった。見捨てられても文句は言えない。それなのに――


「すまない君たち! 助かったよ」


 ハンスが大声で礼を言うと、天沢ルイが視線を向けてくる。


「ハンスさん、ここは僕たちが引き受けます! その人たちを連れて、すぐに避難して下さい!」

「ああ、分かった!」


 ハンスはレイラに「さあ、行きましょう」とうながす。レイラも「ええ」と応え、数十人の一般人と共に走り始めた。

 後ろを振り返れば、天沢と三鷹が大量の魔物と戦っている。

 天沢は凄まじい速度で魔物を斬り殺し、三鷹はパワーで大型の魔物を吹っ飛ばしている。

 そんな彼らに感謝しながら、ハンスは前を見て足を速めた。


 ◇◇◇


「悠真! あの大きな飛竜を頼む!」

「ああ、分かった!!」


 巨大カニの頭をハンマーで叩き潰した悠真は、そのまま駆け抜け、やたらデカイ飛竜の元に向かう。

 近くまで来ると、その異質さがよく分かる。

 体表が透けて向こう側が見えるのだ。まるで"水"そのものが【竜】の形を成しているような、そんな魔物だった。

 悠真がハンマーにしたピッケルを構え、前に踏み出そうとした時、空から声が降ってくる。


「おい! 待て待て! そいつはワイの獲物やで!!」


 空を見上げれば、ゲイ・ボルグに乗った明人が下降してくるところだった。


「獲物って……誰が倒しても別にいいだろ?」

「いい訳あるか! このゲイ・ボルグマークⅡの威力を試すには丁度いい相手や、なにより強そうやからな。ここは"水の魔物"に強い、ワイが相手をすべきやろ!」


 強引な感じもしたが、確かに"水の魔物"には明人の【雷魔法】がもっとも効果を上げる。

 悠真が任せてもいいかな。と思った時、無数の金切声が聞こえてきた。

 四匹の"青の飛竜ブルードラゴン"が明人に襲いかかったのだ。


「あ!? なんや、こいつら?」


 明人がゲイ・ボルグを操り、巧みに竜の攻撃をかわす。どうやら空中でウロウロしていたため、青の飛竜ブルードラゴンに目をつけられたようだ。


「明人! そっちは頼んだよ。俺はこいつを倒しとくから」

「なんやと!? ワイの獲物を勝手に……」


 憤慨する明人だったが、青の飛竜ブルードラゴンに追い立てられ、やむを得ず上空へと昇っていった。

 向こうは任せておけば大丈夫だろう。悠真はハンマーを構え、目の前にいる巨大な飛竜を睨む。


「さて、早目に決着をつけるか」

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