第167話 決着

 炎の斬撃が弾かれ、雷槍の一閃も黒鎧に当てることができない。ルイと明人は一旦後ろに飛び退いた。


「こいつ、どんな身体能力しとんねん!」


 ハァハァと肩を揺らし、明人は頬を伝う汗をぬぐう。黒鎧を睨めつけるが、突破口が見い出せない。

 そんな明人を他所よそに、ルイは違和感に気づく。


「おかしい……なんで僕たちを殺そうとしないんだ?」

「あん?」明人は片眉をよせる。

「あれほどの動きができるなら、とっくに僕らを殺せるはずだ。なのに、さっきから僕らの武器を狙ってるように見える」


 確かに明人も不思議に思っていた。何度もヤバいと思う瞬間があったが、黒鎧は斬り込んでこなかった。


「ひょっとして普通の魔物と違うんじゃ……人間と戦いたくないとか」

「なに言うとんねん!」


 ルイの言葉を、明人はバッサリと切り捨てた。


「人間と戦いたくない魔物? そんなんが、今までおったことあんのか?」

「それは……」

「甘いこと言うなや。南米に出現した公爵デュークは2000人以上の人間を殺したそうや、こいつはもっと強い君主ロード。想定される被害人数は都市部で数万から数十万。被害が出てからじゃ遅いんやで!」

「もちろん分かってる!」


 ルイはギリッと奥歯を噛む。


「ワイら探索者シーカーは魔物と戦うんが仕事や。出会った以上、どっちが倒れるまで戦うしかない。まして黒鎧の強さはホンモンや、本気でやるしかないで」

「ああ……そうだな」


 ルイは改めて刀を握り直す。明人も槍に、最大限の魔力を込めた。

 ――全力で黒鎧を倒す! 

 二人の共通した思いを乗せて、炎と雷は激しく噴き出し、交錯するように黒い怪物へと向かっていった。


 ◇◇◇


 呼吸が浅くなる。視界が霞み、足元がフラつく。

 目の前に立つのはルイと明人。どちらも恐ろしく強い。『金属化』ができるようになってからダメージを受けることはなかった。

 キマイラと戦った時ですら、この体はあらゆる攻撃を弾いた。

 でも今は違う。爆発する炎、そして黒い雷は確実に‶耐性″を突破してくる。

 それでもなんとか耐えられるのは、耐性の上限値を超えた部分しかダメージとして通らないからだろう。

 耐性自体は機能してるんだ。

 悠真は胸を押さえる。込み上げてくる恐怖。自分を倒しうる存在。それが幼馴染のルイと知り合いの明人なのだから始末が悪い。

 炎は水魔法で軽減できるが、もう魔力が尽きてきた。雷の魔法に至っては防ぐ手段がない。

 悠真は炎の牢獄を見る。心なしか炎が弱まっているようにも見える。

 ――こんな巨大な魔法、長く持つはずがない。絶対にもうすぐ解除される。その時まで耐えることができれば……。

 両手の剣を構え直し、眼前の二人を見る。

 ルイと明人は、決意に満ちた目をして地面を蹴った。

 流れるような軌道を描く炎の剣、黒い稲妻を放ちながら向かってくる槍の矛先。

 悠真も‶ブラッディ・オア″を発動し、迎え撃つ。

 ――これが、最後の攻防だ!


 ◇◇◇


 額に汗が滲み、アルベルトは苦悶の表情を浮かべる。


「大丈夫ですか? アルベルト」


 ミアが不安そうに尋ねた。

 

「そろそろ限界のようだ」

「あと、どれくらい持ちますか?」

「三分がいいところだね」


 それを聞いたミアは、すぐに屋上の端に立ち、眼下を見下ろす。


「あと三分で‶炎の檻″は消える! それまでに決着をつけろ!!」


 下にいた探索者シーカーたちに衝撃が走る。あと三分。それを過ぎれば黒鎧は自由になり、逃げていくだろう。

 誰もが分かっていた。あれほどの戦闘能力を持つ魔物を止められないことを。

 それは戦いを見守っていた天王寺たちも同じだった。


「おい、もう時間がないってよ。ルイは苦戦してるぞ! どうする、天王寺?」


 泰前が焦りを募らせる。天王寺も臍を噛んだ。


「ここで逃がす訳にはいかない。なんとしても、ここで――」


 天王寺は部下に指示して、大きなジュラルミンケースを持ってこさせる。地面に置いてケースを開けると、中には両手に嵌める‶手甲″が収められていた。


「お、おい、これって!?」


 泰前が驚き、目を見張る。後ろから覗き込んだ美咲・ブルーウェルも、顔をしかめて天王寺を見た。


「これは改良型の魔法付与武装! まだ試作段階のものよね」

「そうだ。魔宝石に‶イエローダイヤモンド″を使った新しい【武神鉄拳具】、これを使って‶解放″すれば、第二階層の魔法に届くだろう」

「バカ野郎! まだ安全性も確認されてない、未完成品だろ!? 下手したら両腕が吹っ飛ぶかもしれねーぞ!!」


 泰前が声を荒げた。美咲もやめるように説得するが、天王寺は頭を振る。


「それでもやるしかない。黒鎧を逃がしたのは俺たちの責任だ。あの時、‶探索者の街″で倒しておけば、こんな大事おおごとにはならなかった」

「それは……」


 天王寺の悲痛な声に、泰前はなにも言えなくなる。


「責任は俺が取る!」


 ジュラルミンケースから取り出した新型‶武神鉄拳具″を両腕に嵌め、立ち上がって上を見る。


「アルベルト! 俺を中に入れろ!!」


 わずかに間を置き、炎がゆらりと揺れる。人が通れるほどの入口ができ、天王寺は足を進めた。

 中ではルイと明人が激しい戦闘を繰り広げている。

 天王寺は体を屈め、意識を集中する。辺りにはバチバチと稲妻が走り、髪の毛は逆立ち金色へと変わった。


「魔宝石、‶解放″!!」


 稲妻は黒く変色し、天王寺の体を覆っていく。全身が悲鳴を上げるが、それでもかわまないと拳を握る。

 一歩踏み込み、地面を蹴る。あっと言う間にルイと明人の前に割り込んだ。


「うおおおおおおおおお!!」


 天王寺のラッシュが黒鎧に炸裂した。目にも止まらぬ速さで相手を殴つける。

 一発当たるごとに黒い稲妻が弾け、辺りに飛び散る。【黒雷】の力で、体内の電気信号インパルスを最大にし、足に集めた雷を利用して動きを最速化した。

 その速度はルイやアキトを置き去りにし、黒鎧でさえ防戦一方となる。

 ――いける! このまま倒しきる!!


 ◇◇◇


 黒い稲妻を纏った打撃が腕に当たる。ガードを弾かれ、腹に突き刺さり、顔面を殴り飛ばされる。

 悠真は驚愕し、絶句した。

 ――痛い、痛い、痛い、痛い! 普通に殴られてるのと変わらない!!

 腹を殴られれば吐きそうになり、顎を打ち抜かれれば意識が飛びそうになる。

 拳を止めようとしても黒い雷に打たれ、思うように動けない。なにより恐ろしく速い動きに、的確に急所を狙う巧みさ。

 これが日本最強の探索者シーカー、天王寺隼人の本気。

 悠真はあまりの猛攻に反撃できず、全身に走る激痛に立っていられなくなった。

 ガクンッと膝が折れ、地面に手をつく。もうダメだと思い、前を見ると天王寺も膝を折ってうずくまっていた。

 限界なんだ。この人も。

 それでも天王寺の目は死んでいない。ゆっくりと顔を上げ、こちらを睨みつける。


「今だ! ルイ!!」


 ハッとする。天王寺の後ろからルイが飛びかかって来た。

 茨城でルイと戦った時と同じ構図、だが状況が違う。今攻撃されるのはマズい!

 悠真は体にムチ打ち、なんとか立ち上がる。フラつきながらも前を見据えた。ルイは刀をかかげ、ありったけの魔力を炎に変えている。

 爆炎に包まれた刀が振り下ろされた。

 この一撃を受ければただでは済まない。迎え撃つしかない。例え、ルイを倒すことになっても。

 悠真は左の拳を握りこんだ。ルイに打ちこもうとした瞬間――


「え!?」


 動かない。左腕がプルプルと震えていた。天王寺の雷撃を受けたせいで痙攣し、言うことを聞かなくなっている。

 悠真は前を見た。上段から斬り下ろされた炎の斬撃は胸に直撃し、烈火の如き爆発を起こす。

 火の粉が舞い、焦げた臭いが辺りに漂う。ルイは剣を振り切った状態で止まっていた。まるで全ての時間が止まったように、周囲の者も息を殺す。

 煙に包まれた黒い怪物は、ゆっくりと前に倒れていく。

 土煙が上がり、魔物が突っ伏す。

 静寂が周囲に流れる。

 そして――


「いやったああああああああああああ!!」


 爆発する歓声、鳥籠の周りにいた探索者シーカーたちが雄叫びを上げる。

 炎の格子が徐々に弱まり、やがて消えていく。屋上にいたアルベルトもハァと息を吐いてから歩こうとすると、思いがけずフラついてしまう。

 そばにいたミアが慌てて支えた。


「大丈夫ですか? 無理をしすぎですよ」

「ああ、ありがとうミア。確かに今回は疲れたね」


 アルベルトはミアに支えられながら屋上を後にした。

 防衛省の作戦本部でも歓喜の声が漏れる。モニターを見ていた芹沢が立ち上がり、隣を見る。


「やりましたよ! 高倉さん、これ以上ないぐらいの成功です!」

「……そうだな。いまのところ死者の報告もない……なによりの結果だ」


 高倉はホッと息をつく。もし作戦が失敗すれば、アメリカから戦術核を提供してもらうしかない、との話も出ていた。

 東京の街中で核を使うなど、最悪の選択肢を考えなくてよくなったのだ。


「彼ら探索者シーカーには感謝しかないな」

  

 現場にいたイギリスやドイツなど、外国勢も一緒に喜びを分かちあった。

 明人も疲れ果て、ドカリと腰を下ろす。


「兄貴……無茶しすぎやで、まあ、おかげで黒鎧を倒せたけどな」


 うずくまったまま動けない天王寺だが、弟の言葉を聞いてフッと口元を緩める。


「弟にばっかりいい格好はさせられんだろう。兄としての沽券こけんに関わる」


 明人もフンと鼻を鳴らし、兄弟で笑い合った。最後まで立っていたルイは空を見上げる。


「……終わった」


 もうなんの力も残っていない。振り返れば、焼け焦げた黒鎧が倒れている。

 初めて出会った最強の敵、倒すべき宿命の相手。討伐することができて満足感を覚えるも、ふと違和感に気づく。

 倒したはずの魔物が砂に変わらないのだ。

 こんなことは今までなかった。――まさか、まだ死んでないのか!? と警戒したが、黒鎧の表面がパリパリと剥がれ、空に舞っていく。

 砂になる訳ではない。初めて見る変化に戸惑うも、中から

 鎧の下から現れたのは、ボロボロになった一人の人間。頬はすすけ、着ている服も焦げている。

 ルイは何度も見たことのあるその顔に、思わず息を飲んだ。


「……悠……真?」

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