第166話 二人の使い手

「やれやれ、やっとワイの番か。まあ、きっちり終わらせたるで!」


 鳥籠に入った明人はゲイ・ボルグを肩に乗せ、黒鎧を見据える。敵はなんとか立っているが、明らかにフラついている。

 できればガチンコで戦いたかった明人は、小さく舌打ちした。


「おい、天王寺! 黒鎧がダメージを受けてる今がチャンスだ! 油断せず、確実にヤツを倒せ!!」


 探索者集団クランのリーダー逢坂が、鳥籠の外から声をかけてくる。

 明人は「はい、はーい」と手を振って答えた。ここから先は‶第二階層の魔法″が使えなければ足手まといになる。

 逢坂が自分一人に任せてくれたことに、明人は感謝していた。


「期待には応えんとな」


 明人が黒鎧に歩み寄ろうとした時、別の場所から炎の檻に入ってくる一人の探索者シーカーが見えた。


「なんや、邪魔やな」


 うっとおしそうに顔を歪めた明人だが、入ってきた探索シーカー者に見覚えがあった。

 ――あれは、確か‶雷獣の咆哮″のメンバー。

 明人は視線を走らせる。そこには鳥籠の外から様子をうかがう兄、天王寺隼人の姿があった。

 入ってくるなら日本最強の探索者シーカーと呼ばれる兄だろうと思っていただけに、明人は戸惑った。鳥籠の中にいるのは明らかに若手。

 自分とそれほど変わらない歳だろう。どうしてそんな人間を?


「おいおい自分、邪魔やで。黒鎧はワイが倒すさかい、下がっとき」


 明人に声をかけられた青年はピタリと足を止め、振り向いた。


「申し訳ありませんが、それはできません。あの魔物を倒すのは、僕たちの責任ですから」

「は?」


 丁寧な口調に、真面目そうな顔。どう見ても戦いに不向きなお坊ちゃん。

 そんな印象を持った明人だが、青年がスッと刀を抜くと、ゾワリとした感覚が背中に走った。


「行きます!」


 駆け出していく青年の刀が、灼熱の炎に包まれる。


「ア、アホ! 黒鎧に普通の魔法は効かへん!!」


 明人が叫ぶも、青年は足を緩めない。黒鎧も両手の甲から剣を突き出し、迎え撃つ構えだ。


「くっ!」


 探索者シーカーとはいえ、目の前で人を死なせる訳にはいかん。

 そう思い明人も駆け出す。青年は流れるように刀を振るい、黒鎧と剣を交える。

 その刹那――

 激しい爆発が起き、黒鎧が後ずさる。青年は間髪入れずに追撃し、横に薙いだ刀で斬りつけた。

 再び巻き起こる爆発。強い光と爆風に、明人は腕で顔を覆う。


「あれは……‶第二階層の火魔法″!?」


 アルベルトしか使えないと言われていた爆発魔法。それを使えるなら相当の手練れということ。


「なるほど……兄貴が満を持して送り出してきたっちゅうことは、そんだけの実力者ってことやな――面白い!」


 凄まじい剣裁きで爆発を繰り返し、黒鎧を追い込んでいく青年だが、黒鎧も体から青い光を放って押し返していた。

 第二階層の魔法を使っても苦戦しているようだ。


「どけどけ! ワイがやる!!」


 黒い稲妻を纏う槍‶ゲイ・ボルグ″を全力で突き出す。黒鎧は剣で打ち払おうとするが、ほとばしる【黒雷】に跳ね飛ばされ、炎の格子に激突した。

 烈火の如く爆発が起き、煙が上がる。

 だが全身が青く染まった黒鎧は、それほどダメージを受けていないようだ。

 明人は槍を構えたまま、ゆっくりと後ろに下がる。

 やはり一筋縄ではいかない相手。時間内に一人で倒すのは難しそうだ。


「おい、にーちゃん! あんた名前は?」

「え?」


 一瞬、青年はキョトンとした顔をするが、すぐに剣を構え直して口を開く。


「エルシードの天沢ルイです!」

「そうか、ワイはファメールの天王寺明人や!」

「天王寺さんの弟さんですね」

「せや! あんまりやりたないが、こっからは二人で攻めるで! あの魔物は簡単に倒せそうにないからな」

「分かりました!」


 二人は武器を構え、同時に駆け出す。黒鎧も両手の甲から出した剣を構える。

 爆炎と、黒い稲妻が黒鎧に襲いかかった。


 ◇◇◇


 鳥籠の近くにあるビルの陰に神崎は身を隠していた。スマホを耳に当て、大声で怒鳴る。


「おい! ヤバいぞ、悠真が追い詰められてる! このままじゃ、やられちまうかもしれんぞ」

『落ち着け、‶鳥籠″の造りは見えるか?』


 電話口でアイシャが話す。


「ああ、地面に何本も剣が刺さってる。そこから炎が噴き出しているようだ。たぶん【魔法付与武装】の類じゃねーのか」

『恐らくそうだろう。その剣を媒介にして‶第三階層の魔法″を構築してるんだ』

「だったら、俺が外から剣を破壊すれば……」

『無駄だよ。周囲には‶プロメテウス″のメンバーがいて、外から剣を守っているはずだ。お前のような二流の探索者シーカーでは歯が立たん』

「こいつ……好き勝手言いやがって」


 神崎が鳥籠の周りを見渡すと、確かに鋭い眼光で警戒する海外の探索者シーカーたちがいる。

 アイシャの言う通り、プロメテウスのメンバーなんだろう。


『とにかく、そんな物まで使ってムリヤリ構築した魔法だ。絶対に長くはもたん。檻が消えてからが勝負だ。悠真くんと接触して私の研究所まで連れてこい!』

「分かってるよ。……なあ、アイシャ。もし悠真がここで倒されたら、『黒のダンジョン』の時みたいに暴走したりするんじゃ……」


 こんな街中で巨大化し、暴れ回ったら甚大な被害が出てしまう。それだけは避けたいと思った神崎だが、


『バカを言うな。『黒のダンジョン』の時は、最下層で莫大な‶マナ″があったから巨大化したんだ。今、地上にマナが溢れたとはいえ、ダンジョンの低層階ほど。この環境で暴走するなど有り得ない』

「そうか……それならいいが」


 アイシャが言い切るならそうなのだろう。神崎はホッと息をつく。ビルの陰から顔を覗かせ、戦っている悠真を見た。


 ◇◇◇


 鳥籠の周りにいた探索者シーカーたちは、一様に息を飲んだ。

 ドイツのマッテオも、イギリスのシャーロットやマイケルも、全ての探索者シーカーがその戦いに目を見張る。

 刀を振るうたび炎が舞い上がり、次々に爆発が起きる。黒い稲妻が‶鳥籠″の中を駆け巡り、槍の矛先に集まって敵に襲いかかる。

 見たこともない‶第二階層魔法″の連携攻撃。その光景は、ビルの上にいるアルベルトも見ていた。


「いやいや、すごいね。これほど強い探索者シーカーが日本にいたなんて……でも」


 第二階層魔法を使いこなす二人の探索者シーカー。歴史に残るほどの戦いを繰り広げる強者つわものたちだが、それ以上に周りを驚かせたのは黒鎧の動きだ。

 凄まじい二人の攻撃を、両手の甲から出した剣で、完璧に防いでいく。

 どれだけ炎が爆発しようと、青い筋の入った黒鎧は怯む様子がない。黒い雷を放つ槍撃も、ギリギリの所でかわしていた。

 

「おいおい、嘘やろ!? 二人掛かりやで!」


 明人は驚愕し、ルイは刀を振るいながら顔を歪めた。

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