第六章 王の胎動編 爆炎の支配者

第168話 四つの鉱石

 イスラエルにある国際ダンジョン研究所。

 強化ガラスの奥に設置されたオルフェウスの石板を、イーサンは腕を組み、深刻な表情で見上げていた。


「とうとう……この日が来てしまったね」


 目を細めるイーサンのかたわらで、助手のクラークは危機感を募らせる。


「これは、一体どうしたらいいんでしょうか?」

「さあ……私にも分からないよ」


 二人が見つめる先、オルフェウスの石板に並ぶほぼ全ての鉱石が輝き始めていた。鉱石の輝きは、魔物がダンジョンの外に出ることを意味する。

 公爵デュークを表す十八の鉱石。そして君主ロードを表す七つの鉱石。

 

「この数の特異な性質の魔物ユニーク・モンスターが地上に出てきたら、尋常じゃない被害になるだろう。なにより問題なのは……」


 イーサンは視線を上げる。そこにあったのは、石板の最上部に並ぶ六つの鉱石。

 世界を滅ぼすと言われる六体の‶キング″。そのうち『赤』『青』『緑』『黄色』の四つが輝いていた。


「赤と青と緑と黄色の‶王様″か……。一体でも対処が困難なのに、四体同時に出てくるなんて。悪夢でも見てるのかな?」


 オルフェウスから出土した別の石板には、太古の昔に【六体の王】が地上に現れ、天変地異を巻き起こして文明を消滅させたとの記述があった。

 クラークは悲痛な表情でイーサンを見る。


「もう、打つ手はないと?」


 イーサンは乾いた笑みを浮かべ、ふるふると首を振った。


「どれほどの脅威か想像もできない。学者としては言いたくないけど、神に祈りたい気分だよ」

 


 ◇◇◇


 黒鎧が倒されてから二日が経った。

 目的の魔物を探索者シーカーたちが討伐したというニュースは、不安を募らせていた日本国民を安堵させる。

 だが生きたまま捕らえられたとの情報は、多くの人を困惑させた。


 都内某所――

 地下にある隔離施設に、自衛隊と警備の探索者シーカー。そして数名の研究員がおり、備え付けられた大型モニターを見ていた。


「様子はどうだ?」


 研究員に尋ねたのは、防衛大臣の高倉だ。

 防衛審議官の芹沢と共に、捕らえた‶黒鎧″の状況を視察するため、施設に足を運んでいた。


「ご覧のように、まだ目を覚ましません。体の治療は終わっていますが、意識不明の状態が続いています」


 モニターにはベッドに寝かされた一人の男が映っていた。

 体の至る所に包帯を巻き、酸素マスクをつけたまま眠っている。繋がれた心電図に異常は無く、すやすやと眠っているように見える。


「この部屋が破壊されることはないのか?」


 高倉が聞くと、眼鏡をかけた主任研究員は緊張した面持ちで口を開く。


「は、はい。対象を拘束している部屋は、魔宝石を利用した技術で空間内の‶マナ″をゼロ近くにまで抑えており、加えて壁や天井は核シェルター並みの堅牢さになっております。いかに‶黒鎧″の剛腕を持ってしても、簡単には破れないかと……」

「そうか」


 高倉は首肯し、芹沢を見る。


「人物の特定はできているのだろ?」

「はい。警視庁からの報告では、捕らえたのは『三鷹悠真』十八歳。今年から探索者シーカーとしてダンジョン関連企業に勤務していた一般人です」


 高倉は改めてモニターに視線を移す。十八歳……確かにベッドで眠る若者は、まだ幼く見える。


「彼が勤務していた『D-マイナー』という会社の人間には話を聞いています。社長の神崎は‶黒鎧″が三鷹悠真だったことを知っていたそうです」

「なぜ、あんな力を持っていたんだ?」

「神崎が言うには、消滅した『黒のダンジョン』に潜っていた時、変わった魔鉱石を摂取したためだと話しています」

「黒のダンジョン?」

「横浜にあった黒のダンジョンを攻略したのが『D-マイナー』です。最下層まで行ったことが分かっておりますので、一概に嘘とも言えません」


 高倉は眉を寄せた。『黒のダンジョン』消滅は問題にはなったものの、商業的にはなんの影響もないため軽視していた。

 だが、あんな怪物を生み出していたのなら、徹底的に調査する必要がある。


「その神崎と言う男は、今どうしている?」

「はい、現在はダンジョン協会の聴取を受けており、それが終われば、警視庁は逮捕する方針だと聞いています」

「罪状は大丈夫なのか?」


 高倉はモニターを見たまま、芹沢に尋ねる。


「抵触するダンジョン関連法はいくつかあります。なにより事態が事態ですから、逮捕状の請求は問題ないかと」

「……そうか」


 高倉は短く答える。魔物が人間だった―― 

 その事実は一般に公表されていない。世界でも例のない前代未聞の事態だけに、慎重に事を運ばなければならない。

 この三鷹悠真という青年が、

 あるいは姿

 場合によっては殺さねばならないだろう。この男は、社会に無用な混乱を招きかねない。

 高倉はきびすを返す。

 この後行われる閣僚会議。総理に詳細を説明するのは高倉の役目だった。

 嫌な役回りだと思いながら、研究施設の自動ドアをくぐる。

 モニターに映る‶黒鎧″をチラリと一瞥いちべつし、そのまま施設を後にした。


 ◇◇◇


 東京、あきる野市にある悠真の実家に、警視庁とダンジョン協会の職員が詰めかけていた。

 朝から始まった捜査は昼過ぎまで続き、家宅捜索を行う。

 裏庭にいたマメゾウも異変に気づき、わん、わん! と家に向かって吠え続けていた。両親も細かい事情を聞かれる。

 悠真の部屋にあった物はそのほとんどが押収され、いくつものダンボールを抱えて撤収していく捜査員の背中を、両親は怯えた様子で眺めていた。

 そんな折――


「おじさん! おばさん!」

「ああ、楓ちゃん!」母親が安堵の声を漏らす。


 楓が息を切らしてやって来た。帰っていく捜査員の脇を抜け、玄関先にいる両親の元へと駆けつける。


「楓ちゃん、どうなってるんだ? もう、なにがなんだか……」


 父親が困惑した表情で言うと、母親も後に続く。


「警察の人はなにも教えてくれないのよ。悠真が務めてる会社に電話しても誰も出ないし……悠真は、悠真はどこにいるの!?」


 楓は息を整え、まっすぐに二人を見た。


「悠真は大丈夫です! さっきルイから電話があって、詳しくは言えないけど悠真は無事だって言ってましたから」

「ルイ君が!? なにか知ってるってこと?」


 母親が泣きだしそうな顔で聞いてくる。


「たぶんダンジョン関連のことだと思います。ルイはなにか知ってるようでしたけど口止めされてるみたいで……」

「ダンジョン関連って、一体なにがあるんだい?」


 悠真の仕事に詳しくない父親が、すがるように楓に聞く。


「まだ分かりません……でも調べてみます。なにか分かればすぐに連絡しますから、心配しないで下さい!」


 楓は努めて明るい笑顔で返し、両親を安心させようとした。二人に感謝され、悠真の家を後にした楓だが、その心は穏やかでない。

 悠真が大変だとルイに聞いた時は、怪我でもしたのかと思っていた。しかし警察が捜査に来たということは、なにか疑いをかけられているということ。

 悠真が罪を犯すような人間でないことは、楓が一番よく分かっている。

 ――悠真……今、どこにいるの?

 楓はスマホを取り出す。なにか情報がないかと検索していると、‶黒鎧″に関するニュースがトップに表示されていた。

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