第14話 国際ダンジョン研究機構
そこは青白い光が灯る洞窟。
ゴツゴツとした岩肌が広がり、テニスコート六面分くらいの広さがある。
ダンジョンには元々光源があって昼間のように明るい場所もあると聞くが、ここはそこまで明るいとは言い難い。
それでも気持ちが高揚するのは、人の賑わいがあるからだろう。
家族連れや楽しそうに微笑むカップル、友人同士のグループや学生など。その光景はさしずめ観光スポットのようだ。
悠真のように一人で来ている者は少ない。
「みんな魔物を探してるんだな」
悠真も魔物を見つけようとするが、こんなに人がいて魔物が残っているだろうかと心配になる。しかし――
「お!」
岩場の陰に何かいる。そっと回り込むと、そこにいたのは半透明の体をプルプルと震わせる青いスライムだ。
「こいつが普通のスライムか」
動きもノロノロと遅く、金属スライムとは比較にならない。
悠真はしゃがんで、スライムの頭にハンマーを振り下ろす。衝撃を受けたスライムは、硬直したように動きを止めた。
悠真がもう一度ハンマーを振るうと、パンッと弾けて消えてしまう。
「よっわ! スライムってこんなに弱いのか!?」
毎日金属スライムを相手にしてるが、こいつの百倍は強いぞ。それなのに同じようにマナがまったく入らないなんて……。
心の中で嘆く悠真だったが、そんなことを考えても仕方ないと気を取り直し、魔宝石が落ちてないか確認する。
「やっぱり無いか……」
弱い魔物ほどドロップ率は低いと言う。かといって強い魔物を狩るのはリスクが高いので、どちらがいいとも言えないが。
その後も悠真はダンジョンの一階を隅から隅まで歩き回り、六匹のスライムを討伐した。
「魔宝石は一つも出なかったが……まあ、仕方ないか」
悠真がそろそろ帰ろうと思った時、少し離れた場所から子供の声が聞こえてくる。
「やったーーーー! 青い魔宝石だ!!」
振り向くと、家族で来ていた子供が手を上げて大喜びしていた。
「良かったな、マサシ! アクアマリンの0.2カラットぐらいか。売れば二千円にはなると思うぞ」
「やだよ! 僕は魔法が使いたいんだ。絶対、自分で使うもん!」
「でも魔法はダンジョンの中でしか使えないんだぞ。それでもいいのか?」
「いいもん! 毎日ダンジョンに通うから」
「そうか、そうか、分かったよ」
そう言って父親は子供の頭を撫でている。
スライムなんかいくら倒しても魔法なんか使えないのに……。そう思いながら悠真はダンジョンを後にした。
◇◇◇
イスラエル最大の都市エルサレム――
ここに国連の機関『国際ダンジョン研究機構』、通称(IDR)がある。
エルサレムには世界最大最深度のダンジョンがあり、各国の研究者たちが集まっていた。
その中にダンジョン研究の権威、オーストラリアの物理学者イーサン・ノーブルの姿もあった。まだ三十代と若く、銀色の長髪に大きな丸眼鏡を掛け、周りからは変わり者の研究者と呼ばれているが『マナ』を最初に発見した優秀な学者だ。
「この報告書を見る限り、間違いないようだね」
施設の一室にいたイーサンが視線を落として呟く。テーブルの上には各国の研究所から上がってきた報告書が乱雑に置いてあった。
イーサンの言葉を聞き、隣にいた助手のクラークは眉をひそめる。
「では、やはり……」
「ああ、ダンジョンから地上に‶マナ″が漏れ出している。時間が経つごとにその量も増えているようだ」
「だとしたら大変なことになるんじゃ!?」
慌てるクラークを
「まあ、そうだろうね。魔物たちがダンジョンの外に出られないのは、地上にマナが無いからだ。このままマナが漏れ出せば、いずれ魔物は出てくるだろう」
「そんな呑気な!」
コーヒーをすすりながら淡々と話すイーサンに、クラークは眉間に皺を寄せ不満気な表情を向ける。
「まあまあ、魔物が出てくると言っても低層階の弱いものだけだよ。すぐに被害が出るってことはないと思うよ」
「じゃ、じゃあ大丈夫なんですね?」
助手のクラークは年齢こそイーサンより上だが、若くしてダンジョン研究の権威と言われるイーサンのことを尊敬していた。
その彼が言うのなら大丈夫か、と安堵するが……。
「ただし、低層階のマナ濃度も少しずつ上昇しているという報告もある。それが本当なら、いずれ深層の魔物も上がってくるだろうね」
「そんな!」
「まあ、落ち着いてクラーク。確定した話じゃないし、濃度の増え方も微々たるもの。当面、問題はないと思うよ」
「そ、そうですか。それならいいですが……」
ホッと胸を撫で下ろすクラークを見て、イーサンはフフッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「とは言え、差し当たっては別の問題があるけどね」
「え? 別の問題?」
「ダンジョンの外に‶マナ″が溢れてくるってことは――」
飲み終えたティーカップを受け皿を戻すと、イーサンは真剣な眼差しを見せる。
「地上で魔法が使えるってことだよ」
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