第五章 黒鎧編

第141話 君主の分析

 東京都江東区にあるエルシードの研究施設。

 そこに天王寺やルイを始め、‶雷獣の咆哮″のメンバー数人が集まっていた。


「これが当時、ドローンで取られた映像だよ」


 パソコンのフォルダーをクリックし、頭上にある60インチのモニターに映像を映し出す。

 操作しているのは研究施設の職員、田辺だ。

 眼鏡をかけたボサボサ頭の青年で、フリスクをかじりながら、やる気のなさそうな表情をしている。

 だが、天王寺たちは田辺のことをよく知っていた。

 飛び級でケンブリッジ大学に入学した英才であり、データ分析のスペシャリスト。エルシードで使われているシステム構築などに携わっている。


「これを見てくれ」


 田辺が指差した映像を、天王寺たちは凝視した。それは赤の公爵デュークと黒の君主ロードが戦っている動画だ。

 凄まじいぶつかり合い。公爵デュークが炎を纏う拳で、君主ロードに殴りかかる。

 だが簡単にかわされ、その何倍もの反撃を喰らっていた。黒い魔物の速さは、赤いオーガの動きを凌駕している。


「すごいな。パワー、スピード……どれを取っても赤い公爵デュークを超えている」


 天王寺が感嘆の声を漏らすと、田辺は「甘い、甘い」と首を横に振る。


「よく見てみな。この黒い化物は単純に殴ってるんじゃない。まるで人間のような体術をつかってんだ」


 そう言われ改めて見れば、確かにボクシングや空手の動きにも見える。


「どういうことだ?」


 天王寺が尋ねると、田辺はわざとらしく両手を上げ肩をすくめる。


「分からん。ひょっとすると人間と戦ったことがあって、そいつの動きを模倣したのかもしれないな」

「ちょっと待て! 知能があるってことか!?」


 後ろから泰前が口を挟む。


「可能性は充分あるな。もちろん憶測ではあるが……それにパンチの破壊力もハンパないぜ」


 田辺はパソコンのキーを押して、細かい数値を表示した。


「一発のパンチの衝撃力を、映像から推定した計算式だ。質量と移動速度から考えて、約55560Nは出てるな」

「ん? それって強いのか?」


 よく分からない単位が出てきたので、泰前は眉を寄せた。


「まあ、人間が受ければ一瞬でミンチだね」


 あまり想像したくない話をしれっと言う田辺に、天王寺たちは一様に顔をしかめる。さらに田辺はパソコンを操作し、その他のデータを表示した。


「戦闘能力は規格外だが、それ以上にやっかいなのは外殻の強度だろう」


 田辺は映像を入れたフォルダーから、黒の君主ロードを攻撃した時の映像データを取り出す。天王寺たちが攻撃を仕掛けた際のものだ。


「見てみろ。この場面を」


 魔法付与武装の‶解放″を使い、天王寺たちは魔力を最大限まで引き出す。

 まず石川の放つ水の斬撃が君主ロードに襲いかかり、間を置かずに泰前の超電磁加速砲が炸裂。

 天王寺の神速の連打が叩き込まれ、最後はルイが爆炎の刀で斬りつける。

 一分いちぶのスキもない完璧な連携。恐らく公爵デュークであれば、この連撃で倒せた可能性が高いだろう。

 それでも君主ロードには効かなかった。


「この後、対戦車ライフルの弾丸を弾いて、戦車の徹甲弾を片手で打ち落としてる。まあ、滅茶苦茶だよ。物理攻撃はまず効かないと思った方がいい」


 田辺が呆れたように言う。天王寺は顎に手を当て、低く唸った。


「だとすれば、やはり‶魔法″で倒すしかないってことか……」

「と・こ・ろ・が、そんな簡単な話でもないんだよ」


 田辺はパソコンを操作し、また別のデータをモニターに出す。


「これは?」

「あんたらが使った魔法付与武装の【解放】。その時の攻撃で放たれた魔力最大値を試算したものだ」


 そこには詳細な数値が表示されていた。


「まず石川が水の斬撃で4800、泰前の超電磁加速砲で5600。天王寺の連撃で6700、最後のルイの攻撃が5500は出てる」

「おいおい、そんなに高い数値が出てたのかよ!」


 初めて聞く解放状態の魔力数値に、泰前は目を丸くした。


「ま、あくまで推定値ではあるがな。問題はこれだけの攻撃を喰らって、黒の君主ロードが無傷だってことだ。この後、何事もなかったように公爵デュークと戦って倒してやがる」

 

 戦い続ける君主の映像を見る限り、確かにダメージを負っているように見えない。鎧のような体にも、傷一つ入っていなかった。

 研究室に、重々しい沈黙が広がる。


「つまり……倒す方法が無いってことか?」


 天王寺の言葉にルイや泰前は息を飲む。もしそうなら対処のできない魔物が、地上を堂々と徘徊してることになる。


「これほどの魔法耐性があるとなると、魔法で倒すのは難しいだろうな……もっともならって話だが」


 その言葉に、天王寺たちはどよめく。


「第一階層の魔法では効かない……?」

「ああ、以前アメリカの‶炎帝アルベルト″が行った実験がある。黒のダンジョンにいる‶七色玉虫″が、どれだけの炎に耐えられるかってやつだ」

「それなら聞いたことがある」

「まあ、結構注目された実験だったからな。で、結果は魔力6000ほどの炎で外殻が割れて砂になった。これが魔物が持つ耐性の最大値と言われていたんだが……」

「黒の君主ロードは、それを超えていると?」


 天王寺の質問に、田辺はフッと笑みを漏らす。


「間違いないだろう、こいつを倒すには『』が必要になる」

「おいおい! 本気で言ってんのか!?」


 声を上げたのは泰前だ。信じられないとばかりに眉間に皺を寄せる。


「‶第二階層の魔法″なんて、アルベルトしか使ったことがないんだぞ! 実質的に倒せねーって言ってるようなもんじゃねーか!!」


 それを聞いた田辺はフンッと笑い、おもむろに席から立ち上がる。


「確かにな。だが、まったく手がないって訳じゃない。ついて来い」


 田辺は研究室を出て歩いて行く。天王寺やルイは顔を見合わせ、スタスタと歩いて行く田辺を追いかけた。


 ◇◇◇


「どこに行くんだ?」


 無言で歩く田辺に苛立ったのか、天王寺が声をかける。


「すぐに分かるよ」


 一行が足を踏み入れたのは、研究施設の地下二階。複数の研究ラボが立ち並んでいる区画だ。

 田辺はそのうち一つのラボの前で足を止め、自分のカードキーで扉を開ける。

 中に入れば、数人の研究員がパソコンのモニターを見ながら、なにかを入力しているようだった。


「ここは?」


 天王寺が尋ねると、田辺は丸椅子に腰かけ一つ息を吐く。


「魔法付与武装の開発をする研究ラボだよ。普段は新型武器に関する研究を行ってるけど、今はあれだ」


 田辺は厚いガラス扉の向こうを指差す。そこにはロボットアームによって組み上げられている一振りの‶刀″があった。

 その刀の中心‶はばき″の部分に見覚えのある大きな【魔宝石】がある。


「あれは――」


 天王寺は目を見開く。見間違えるはずがない。‶探索者の街″での戦いで天王寺が見つけ、本田に渡した物。


「レッド・ダイヤモンド! 赤の公爵デュークの魔宝石か!?」

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