第86話 契約最終日

「見てくれ、悠真くん、鋼太郎! この魔鉱石を」


 アイシャははしゃぐように手に持った魔鉱石を悠真たちに見せてきた。


「あ~確かにデカイな」

「前に食べた物より数倍はありますね」


 社長と悠真は『銀』を眺めながら、その大きさに感嘆する。


「正確に測ってみないと分からないが、以前のものと比べて五倍以上はあるだろう。効果も期待できそうだ」


 楽しそうに微笑むアイシャを見て、社長はやれやれと首を振る。


「取りあえず、今日はこれくらいでいいだろう。帰ることにしようぜ」

「まあ、そうだな。成果としては充分だ」


 アイシャも納得し、全員でダンジョンを出ることにした。


 ◇◇◇


 夜、泊っているホテルの一室に悠真と社長の姿があった。


「あ~疲れたな……悠真、本当に体は大丈夫か?」


 ベッドに仰向けで大の字に寝転がる社長が、隣のベッドで枕に顔を押し付け、うつ伏せに寝ている悠真に声をかける。


「はい、でも、もうヘトヘトです」

「そうだよな~」


 普段ならトレーニングをして風呂に入る時間だが、二人ともそんな気力は残っていなかった。


「明日はどうなるんですかね、社長……またダンジョンに潜るんですか?」

「う~ん、契約は明後日で終わりだしな。さすがにもう入らないと思うぜ。あの銀の魔鉱石を詳しく調べるんじゃないか? それで終わりだろう」

「そう……ですよね」

「もう貰った金以上は働いたぞ。さすがに勘弁してほしいぜ」


 悠真と社長は、そのまま微睡へと落ちてゆく。疲れ切った二人は電気が付いたままの部屋で泥のように眠った。

 この時、二人はまだ分かっていなかった。

 マッドサイエンティスト、アイシャ・如月の異常性を。


 ◇◇◇


「じゃあ悠真くん、昨日手に入れた‶銀の魔鉱石″を食べてみようか」

「え? あ、はい。でもいいんですか、こんな簡単な検査で」


 朝一番でアイシャの部屋に来ると、簡易な筋力測定をしただけで魔鉱石を食べろと言われた。そのため悠真と社長は視線を交わし、怪訝な顔をする。


「研究所に行って細かく調べるのかと思ってたんですけど……」


 悠真が尋ねると、アイシャは小さく頭を振って微笑んだ。


「いやいや、そんな時間はないよ。明日はD-マイナーに出した依頼の最終日だからね。いそがしくなる」

「え!? いそがしく?」


 意外な言葉に、悠真も社長も目を丸くする。


「まあまあ、そんなことより‶銀の魔鉱石″を飲んでみてくれ。はい」


 アイシャは魔鉱石と、水の入ったコップを悠真に渡す。


「は、はあ……」と受け取った悠真は、チラリとアイシャを見た。目をランランと輝かせ、満面の笑みでこちらを見つめている。


「あの……でも、マナ指数大丈夫ですかね。200ぐらいしかなかったのに、魔鉱石ばっかり食べてたから、もう無くなってるんじゃ……」

「大丈夫だよ、悠真くん。君はこのダンジョンでさらに300ほどマナ指数を増やしているはずだ。ちゃんと伸びているよ」

「え!? 本当ですか? でもマナ指数は測ってませんよ」


 黒のダンジョンに入ってから、マナ測定器を使っての測定など一度もしていない。そのため悠真は自分のマナ指数がどうなっているのかまったく把握していなかった。


「心配ないよ。私はマナ測定器など使わなくても、魔物や魔鉱石のマナ指数は全て頭に入っている。つまり君のマナがどれくらい上がって、どれくらい染まっているか、完全に理解しているってことだよ」


 アイシャは人差し指で自分の頭をツンツンと指し示す。


「この大きな銀の魔鉱石でもマナ指数は200ほど、今まで使った魔鉱石を全部足し合わせても200そこそこ。君のマナ指数の総量が500だから、『銀』を摂取しても、あと100ほど余裕がある」

「そうなんですか、でもやっぱり魔法が使いたいんで、マナはこれ以上染めたくないんですけど……」


 渋る悠真に、アイシャは首を振って残念そうな顔をする。


「悠真くん。マナ指数を上げたければ、まず強くならないとダメだ。今、上位にいる探索者でマナをケチって強くなった者はいないよ。君の場合は魔鉱石による身体強化が強くなる一番の近道だ。まずこれで強くなって、その後魔法を覚えればいい」


 アイシャは魔鉱石を飲むことを笑顔で促してくる。確かに言っていることはその通りだと思う。

 本当は魔宝石を摂取したいが、今は我慢するしかない。

 悠真はそう思い、仕方なく魔鉱石を飲み込んだ。


 ◇◇◇


「おい、アイシャ……今言ったこと、本当なのかよ。銀の魔鉱石のマナ指数が200だとか、今まで食った魔鉱石の合計も200ほどとか……」


 悠真が魔鉱石を飲んでいる合間、神崎はアイシャに小声で話しかける。


「ハッ? なに言ってる。全部嘘に決まっているだろう」

「全部!?」

血塗られた鉱石ブラッディー・オアー、一つだけでもマナ指数は700ほど。それを二十三個も食ったんだぞ。全部で16100のマナだ」

「そんなに!?」


 神崎は悠真に聞こえないように声を殺す。想像より遥かに大きいマナ指数に驚愕していた。


「あの‶銀の魔鉱石″も銀のグラムで推定するなら、恐らくマナ指数1200は下らない」

「1200って……。一体今まで食った魔鉱石の合計って、いくつになるんだ?」

「まあ、大体の推定値だが、全部で20000くらいにはなってるだろう」

「に……二万って……それを400程度って言い切ってたのか? えげつないにも程があるぞ!」

「フンッ、嘘なんてバレなければ問題ないさ」

「お、お前、極悪人の考え方じゃねーか!」


 一切悪びれることのないアイシャの態度に、さすがに神崎は呆れてしまった。

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