第87話 無謀な挑戦

 魔鉱石を飲み込んだ後、腹の中で熱が駆け巡る。問題なく取り込めたようだ。


「アイシャさん、食べました」

「うん、ではもう一度筋力を測定しようか」


 悠真は再び握力計や背筋力計を使い、筋力の測定を行った。出た数値を大学ノートに書き込むアイシャを見ながら、悠真は不安な気持ちになる。

 ――いそがしくなるってなんだ? やっぱりダンジョンに入るのかな。

 測定の結果に満足したようにアイシャは頷き、悠真の元へとやって来る。


「結果が出たよ。今回の‶銀の魔鉱石″は筋力で55%、敏捷性で41%、持久力で37%基礎体力が増加しているようだ」

「測ってないのに敏捷性や持久力も分かるんですか?」


 悠真が尋ねると、アイシャは自信ありげに微笑む。


「推定値だけどね。筋力の上昇率が分かれば、敏捷性と持久力の上昇率もある程度分かる。相関関係があるからね」

「そうなんですか」


 ――それにしても55%の筋力アップか……それって結構凄いんじゃないのかな?

 悠真が自分の両手を見て感慨にふけっていると、アイシャは椅子に腰かけ、足を組む。


「今まで摂取した『黒のダンジョン』の魔鉱石を全て合わせると、筋力で2倍、敏捷性で1.8倍、持久力で1.7倍は上がっているだろう」

「そりゃすげーな!」


 黙って見守っていた社長も、思わず声を上げる。アイシャは当然とばかりに口角を吊り上げた。


「魔鉱石で筋力は二倍になり、鋼太郎の元でトレーニングも積んでいる。そして血塗られたブラッディー・鉱石オアを発動すれば最大十五倍の‶超パワー″が使えるうえ、筋力のリミッター解除まで悠真くんは覚えた。もはや中層の魔物では相手にならないだろう」


 アイシャのその言葉に、悠真と社長は不穏な空気を感じた。


「だから今度はね。黒のダンジョンの深部……いや、を目指そうと思ってる」

「なっ!?」


 社長の顔が引きつる。


「バカ言ってんじゃねえ!! 最下層!? そんな所まで俺たちだけで行ける訳ねーだろーが!」


 社長に怒声を浴びせられても、アイシャが怯む様子はない。


「まあ、聞け鋼太郎。なにも無謀なことをしろと言ってるんじゃない。他のダンジョンと違って、黒のダンジョンには深層に行きやすい特徴がある」

「特徴?」

「黒のダンジョンの魔物は、下層に行けば行くほど巨大になっていくんだ。それに比例して力も強くなっていくんだが……」

「ダメじゃねーか!!」


 社長は青筋を立て、アイシャを睨みつける。


「話は最後まで聞け。その分、動きは緩慢になり、小さな生き物に気を留めなくなっていく。つまり戦わずに通り抜けるだけなら、むしろ容易になっていくんだ」

「ホントかよ!?」


 社長は疑いの目で見るが、アイシャは真顔で頷いた。


「本当だよ。実際、海外ではこの方法で黒のダンジョンの最下層まで行った探索者もいるぐらいだ」

「だからって、必ず行ける訳じゃねーだろ! だいたい一日で行って帰ってこれる距離じゃねえ」

「この黒のダンジョンの半周はそれほど大きくない。茨城にある赤のダンジョンの半分もないんだから、行けないことはないだろう」

「簡単に言うな! 俺たちに不眠不休で進めってのか!?」


 社長は否定的だが、アイシャは引かない。


「今回は戦わなくていい。ただ息を潜め、行ける所まで行きたいんだ。もしこれ以上無理だと思えば、鋼太郎。お前の判断で引き返して構わないから」

「だ、だけどな~」


 乗り気になれない社長に、アイシャはドスの効いた低い声で呟く。


「分かっているよな、鋼太郎。D-マイナー社の契約は明日まで。つまり今日依頼を断れば契約不履行になる。金は払えないうえ、場合によっては賠償金も請求できるんだぞ。それでもいいのか!?」


 社長は、うぐっと苦虫を潰したような顔になる。明らかな脅迫だが、アイシャならやりかねない。

 社長もそのことが分かっているため、唇を噛む。

 なにも言い返せない社長を見て、アイシャは勝ち誇ったように頷き、悠真を見る。


「悠真くん、話はついたよ。今からダンジョンに潜る」

「は、はあ……」

「なあに、心配はいらないさ。極力戦いは避けるようにするし、もし魔物が襲ってきても、今の君ならそうそう負けないだろう」

「まあ……そうかもしれませんが」


 アイシャはまるでピクニックに行く子供のように、ウキウキした様子で話しかけてきた。こんなテンションの人について行って大丈夫だろうか?

 心配になった悠真が社長を見るが、相変わらず顔をしかめて唸っていた。

 溜息を吐き、最後のダンジョン探索に出かけることになった。


 ◇◇◇


『黒のダンジョン』四十二階層――


「悠真! 頼む!!」

「はい、任せて下さい!」


 社長の脇をすり抜け、悠真とアイシャの元へと転がって来る岩石の魔物。悠真はアイシャを守るように前に立ち、ピッケルを振り上げた。

 直径一メートルほどの大きな球体、かなりの速さで向かってくる。

 以前なら『血塗られた鉱石ブラッディー・オアー』を使わなければ、とても倒すことなんてできなかっただろう。

 でも今は――


「うおおおおおおおおおおお!!」


 全力で振り抜いたピッケルで弾き飛ばす。回転する岩は粉々に砕け、明後日の方向に飛んでいき砂となって消え去った。

 魔鉱石で筋力が二倍に上がり、リミッター解除の筋力アップも二倍までなら使いこなせるようになっていた。

 合わせれば四倍の筋力アップ。並の魔物なら充分倒せる。

 それに、この能力も――


 悠真がピッケルをかかげると、ヘッドの部分に『液体金属』が流れ込む。すぐに形を変え、巨大なハンマーになった。

 さらに転がってくる岩石の魔物に向かって振り下ろす。岩は叩き潰され、一瞬で砂になった。尚も転がってくる魔物にはハンマーを薙ぎ払って粉砕する。

 ――大丈夫だ、充分通用するぞ!

 悠真が自分の力を確信していると、社長の方から「うわ!」と声が聞こえてきた。


「くそったれ!!」


 社長の振るう六角棍を掻い潜り、悠真に向かってくる二匹の魔物。黒い豹のような姿をして、かなりの速さで駆けてくる。

 悠真はハンマーを振り下ろすが、その素早い動きでかわされてしまう。


「ちょこまかと……」


 回り込んで再び向かってくる魔物に、ハンマーを横に振って牽制するが、やはり軽々とかわされてしまう。だが、悠真が慌てることはなかった。

 ハンマーのヘッドから何百ものトゲが一気に伸びる。トゲは黒い豹に次々と突き刺さった。

 魔物に刺さったトゲは、さらに枝分かれして魔物の体を貫いていく。

 短い悲鳴を上げた後、黒い豹は砂となって消えてしまう。悠真は『液体金属』をより自由に扱えるようになっていた。

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