第243話 灼熱の魔神

『まず一本目!』


 ここまで使った時間は約一分。悠真は他の樹を睨み、すぐに走り出す。

 タイムリミットがある以上、時間を無駄にする訳にはいかない。狙ったのは大樹の周りにそびえ立つ四本の"樹"。

 五十メートルはあろう樹の一本に向かって、悠真は全力でダッシュする。

 勢いそのままに飛び上がり、右足で蹴りつけた。衝撃で樹はグラリと傾き、爆炎は樹のてっぺんまで燃え広がる。

 悠真は態勢を立て直すと、間髪入れずに太いみきに左フックを叩き込んだ。

 爆発が再び巻き起こり、樹に大きなダメージが入る。


『らあっ!!』


 悠真は歯を食いしばり両拳からラッシュを繰り出す。拳が樹にぶつかるたび、苛烈な炎が飛び散り、樹の幹をえぐり取っていく。

 十秒もかからず、樹はメリメリと音を立てて倒れていった。

 樹木としては致命的なダメージのはずだが、折れた樹の根元から気持ちの悪いつたや枝が伸び、再生しようとしている。

 ――まだ火力が足りないのか!?

 悠真はさらに"火の魔力"を込め、思い切り地面を殴った。

 噴き上がった炎の柱。倒れた樹を、灼熱の炎が飲み込んでいく。


『次!』


 悠真はすぐに走り出した。もう二分以上は経っている。この"樹"はへし折るだけでは倒せない。

 火魔法で完全に焼き尽くす必要がある。そう思った悠真は、自分の体にさらなる炎を灯した。


『あと三分!!』


 悠真はダンジョン内を駆け抜ける。歩幅が大きいこともあり、それほど距離は感じない。

 地面を蹴るだけで大地が揺れ、爆発が起きるため周囲の炎はさらに強まっていく。

 三本目の樹に対しては体当たりを試みた。肩からぶち当たると凄まじい轟音が響き渡り、一撃で樹はへし折れた。

 倒れた樹は爆炎の中に沈んでいく。

 休んでいる暇はない。少しでも止まると四方八方から太い根が絡みついてくるが、悠真はそのことごとくを爆破し、焼き尽くした。

 ダンジョン内を埋め尽くす"樹の根"が、苦し気に鳴動する。

 周りの地中から無数の根やつたが飛び出し、悠真を包み込むようにドーム状の"檻"を作り出した。

 樹々が外敵を止めようとしものだが――


『邪魔だああああああああああ!!』


 悠真の剛拳が檻を突き破る。大爆発が起こり、周囲の根は粉々に消し飛んだ。

 一気に駆け出した悠真は"樹"の一本に向かい、怒涛の連撃を打ち込む。樹はすべなくタコ殴りにされ、度重なる爆発で幹はズタズタとなった。

 ベキベキと悲鳴のような音を鳴らし、樹は炎が燃え盛る地に倒れる。

 悠真は振り返り、中央でこちらを見下ろす"大樹"を睨みつけた。


『あとはアイツだけだ!!』


 ◇◇◇


 ダンジョンの底で悠真が戦っている最中さなか、崖の上にいたカイラやアニクたちは絶句していた。


「あれが……本当に人間なのか!?」


 カイラの言葉に、アニクも頷く。


「まったくじゃ。あの巨体で、あの動き……しかも恐ろしい腕力に、想像を絶する火魔法まで使うとは……【王】に匹敵するか、それ以上ではないのか!?」


 アニクはそう言ったきり黙り込んでしまう。孔雀王マカマユリのメンバーも、インドの探索者シーカーたちも、目の前で起きている光景が信じられず、ただただ茫然とするばかりだ。


「天王寺、アイツは一体何者なんだ!? なぜ、あんな人間が存在する?」


 カイラに問われた明人は、鼻の頭を指で掻き、ハッと息を吐く。


「最初から話すと長くなるから言わへんけど、ハッキリ言えるのは一つだけや」


 明人はおびえたような表情になっているカイラを見る。


「【赤の王】を倒したのは、あの姿になった悠真や。つまり【緑の王】を倒せるのもアイツだけっちゅうことや!」

「赤の王を倒した? 撃退したのではなく、倒したのか!? それをあの男が?」


 カイラは困惑し、アニクは難しい顔で顎髭あごひげを撫でる。

 明人は視線をダンジョンの底に戻す。そこでは爆炎を纏った悠真が、巨大な樹に向かって拳を振り上げているところだった。


 ◇◇◇


『おおおおおおおおおおお!!』


 赤い紋様が浮き出た拳で、樹の幹を殴りつける。火が噴き出し、いくつもの爆発が起きる。

 悠真がさらに殴りかかろうとすると、足元がグラリと揺れた。


『う、なんだ!?』


 倒れそうになるのをなんとか踏ん張り視線を向けると、大樹の"根"がウネウネと動いていた。

 とてつもない太さの根で、行く手を阻もうとしている。


『くそ! グズグズしてる時間はないのに!!」


 悠真は右手の甲から剣を伸ばした。この剣に"火魔法"を流して斬りつけるか?

 しかし、何十本もの根っこを一本づつ斬っていたら時間がなくなる。

 どうすれば――

 悠真は一瞬悩んだが、すぐに考えを変え、剣には"火魔法"ではなく"風魔法"を流した。

 剣は緑色に発光し、剣身に紋様が描かれる。

 風が切っ先に集まり、ふっと消えると、透明な球体が現れた。風の第二階層、真空魔法だ。

 透明な球体は剣に触れると形を無くし、剣の表面に溶けていく。

 悠真は剣を見た。淡く緑に輝く剣身は、透明な膜で覆われている。真空魔法がコーティングされたんだと直感的に分かった。

 悠真は剣を構え、目の前で動き回る"根"に向かって横に薙ぐ。

 それほど力を込めたつもりはなかったが、一太刀で二十本以上の根っこが切断され、再生することなく地に落ちた。

 行く手を阻んでいたものが消え、大樹までの道が開ける。


『お……おお』


 あまりの切れ味に悠真はドン引きする。

 これが【真空魔法】の本当の使い方なのか? 色々試してみたい気持ちになったが、今はそれどころじゃない。

 すぐに駆け出し、大樹に向かう。

 足元で動く根を踏みつけ爆発させる。一気に決着をつけてやる!

 大樹に迫った悠真は、右手の剣を横に振った。大樹の幹が深々と斬り裂かれる。今度は剣を振り上げ、力一杯斬り下ろす。

 こちらも綺麗で深い傷が大樹に入った。

 目の前にできた大きな十字傷。悠真は左手を握り込み、十字傷の中心に正拳突きを放った。

 回転して突き刺さった拳はみきえぐり、間を置かずに爆発する。

 炎は十字の傷に沿って走り、大樹全体に燃え広がった。悠真は右手の剣を戻し、両の拳に"火の魔力"を込める。

 ――ここで決める!

 燃えている樹に向かい、剛拳を叩き込む。

 左フックに、右ストレート、左のリバーブロー、右のフック……繰り返される拳の嵐が、容赦なく樹を襲った。

 攻撃の度に爆発が起き、樹の幹がどんどん削れていく。

 大樹も反撃しようと根やつたで巨人を止めようとしてくるが、悠真の体は灼熱の炎に包まれ、根も蔦も、踏みしめた大地も轟々と燃やしていった。

 もっと早く、もっと強く。こいつの息の根を止めないと!

 鬼気迫る表情で攻撃を繰り返す悠真は、全てを焼き尽くす【灼熱の魔神】と化していた。

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