第338話 雷神の猛攻

 疾風怒濤の如く動き回る【黄の王】に、悠真は翻弄されていた。

 顔面を殴り飛ばされ、思わず後ろに下がる。頭を振って拳を構え直し、前に出ようとした時、回し蹴りが首に炸裂する。


『ぐっ!』


 衝撃に耐えられず、悠真は膝を折り、地面に手をついた。

 なんとか立ち上がろうとするが、正面から顔を蹴り飛ばされる。悠真はなにもできないまま尻もちをついた。

 激しい戦いで大地は揺れ、辺りには粉塵が舞う。

 悠真は立ち上がり、力任せに殴りかかった。【黄の王】はそんな悠真の腕を取り、無駄のない動作で一本背負いの体勢に入る。

 悠真はなにもできないまま投げ飛ばされ、背中から地面に叩きつけられた。


『がはっ』


 ダメージはない。だが、あまりの衝撃で一瞬、動きが止まってしまう。仰向けになっている悠真を、【黄の王】は容赦なく殴りつけてきた。

 腕をバタつかせて藻掻くが、黄金の巨人が手を緩めることはない。

 稲妻を帯びた両拳が、何十発も降り注ぐ。【黄の王】は『空間のマナを雷の魔力に換える能力』があるはずだ。

 それに対して、悠真が使える『風の魔力』は元々持っている魔力に依存する。

 無限の"雷魔法"と有限の"風魔法"。どちらが有利かなど考えるまでもない。

 長期戦になれば必ず負ける。その前にこいつを倒し切らないと。悠真は思考をフル回転させるが、打開策が見つからない。

 黄金の巨人の猛攻に、ただ耐えるしかなかった。


 ◇◇◇


「おい、どうすんねん! 悠真、めちゃめちゃ押されとるで!! おっさん、なんか策はないんか!?」


 明人が振り返り、アルベルトを睨む。


「そうだね……」


 アルベルトは腕を組んで戦場を見やる。


「正直……三鷹悠真があれほど強いとは思っていなかった。純粋な力なら、【黄の王】を上回っているだろう。それでも苦戦しているんだ。我々が助力したところで役に立つかどうか」

「なに弱気なこと言うとんねん! お前ら【黄の王】を討伐する目算があったんやろ!? あいつに弱点とかないんか?」


 アルベルトとその後ろにいるミアが黙り込む。小さく唇を噛んだミアは、悔しそうな顔で口を開く。


「最初にヤツが発見された時、充分勝機があると考えられていた。当時ヤツの"マナ指数"は四万から五万程度と推定されていたからだ」


 ミアの話に、ルイが口を挟む。


「五万……それはそれで途轍もない"マナ"ですよ。それでも勝てる算段があったんですか!?」


 ミアはコクリと頷き、話を続けた。


「そう。だけど【黄の王】には『空間のマナを雷の魔力に換える』特殊な力がある。その力を使われたら、マナは五万どころか数百万から数千万に膨れ上がってしまう」

「だったら――」


 ルイが異論を唱えようとした時、ミアはフルフルと首を振る。


「私たちは。今回も当然用意していたけど」

「「ええ!?」」


 ルイと明人の声がそろう。魔法兵器の開発がそこまで進んでいたのか、とルイは改めてアメリカの先進性に驚嘆する。


「待て待て! そんなもんがあるんやったら、今使えばええやないか。なんで使わへんねん!?」


 話を聞いていたアルベルトが振り返って後方を指差した。そこにはなにかの装置を持つプロメテウスのメンバーがいる。


「なにしとんねん、あいつら?」


 灰色のバトルスーツを着た探索者シーカーたちが、ライフルのような物を【黄の王】に向けている。


「彼らが持っているのは『マナ測定器』だ。遠距離にいる対象でも計測することができる」

「黄の王の"マナ"を測っとったんか? でも、なんのために……」


 アルベルトは真剣な眼差しで【黄の王】を見つめる。


「ヤツは"雷の魔物"を喰うことでどんどん強くなっている。もし、マナ指数が遥かに上がっているなら、空間のマナを抑制したところで意味がない」

「まあ、そうかもしれへんけど……そんで、あいつの"マナ指数"はいくつやったんや?」


 明人の問いに、アルベルトはポケットからスマホを取り出す。


「これは軍用のスマホでね。情報を共有できる。鹿の状態の時に計測したデータは、二十万を優に超えていたようだ」

「二十万!?」


 明人が目を見開き、ルイも唖然とする。


「そこまでマナが高いなら、もはや『マナ抑制装置』は無意味。それに三鷹も空間のマナを使っているんだろ? だとしたら抑制装置は三鷹に取って不利になる」

「どうしてそのことを知っているんですか?」


 ルイは怪訝な表情でアルベルトを見た。


「あれほどの強さだ。彼は【君主ロード】ではなく、【キング】の力を手に入れた。そう考えるのが自然じゃないかな。それが装置を使わない理由だよ」


 ルイはなにも言えなくなる。確かに、苦戦している悠真の足を引っ張ることなど、できるはずがない。


「くそっ! なんにもできへんのか。ただ見てるだけなんて……」


 明人は悔しさで臍を噛む。視線の遥か先では、漆黒の巨人と黄金の巨人が激しい戦いを繰り広げていた。


 ◇◇◇


 黄金の巨人が一気呵成いっきかせいに畳み掛けてきた。

 悠真は必死に防御し、攻撃をしのごうとする。だが、雷を纏う巨人の猛撃に、どんどん押されていった。


『くそ、こいつ』


 純粋な速さ、反応速度、そして人間のような格闘技術。なにもかも、自分を上回っている。

 悠真はガードを固めながら逡巡した。


 ――風の障壁がある限り、どんな攻撃がきても防ぐことはできる。でも、今のままじゃ長くは持たない。どこかで一気に仕掛けないと。


 火と水と風の魔力はかなりある。例え格闘技術で及ばなくても、魔法をうまく使えば勝てるはずだ!

 悠真は防御を捨て、一気に前に出た。

 黄金の巨人も怯まずに突っ込んでくる。悠真を殴ろうとした刹那――【黄の王】の体がガクッと揺れた。

 なにが起きたか分からず、【黄の王】は困惑する。

 いつの間にか、黄金の巨人の足は凍りついていた。周囲には冷気が漂い、地面全体を凍りつかせていたのだ。

 【黄の王】は鋭い目つきで睨んでくる。

 悠真は背から六本の触手を伸ばしていた。その先端から冷気を噴き出し、地面を凍らせている。そして左腕には再び赤い竜頭が形作られていた。

 先ほどまでとは違う姿に、【黄の王】は強い警戒心を抱いている。

 悠真は両腕を前に伸ばした。

 メタルグリーンの右手は風の魔力を集め、赤い竜頭の左手は火の魔力を集める。

 悠真の正面に炎を帯びた"風の球体"が生まれた。大気がビリビリと震え出し、緊張感が辺りに伝わっていく。

 恐ろしい魔力を放つ"風と炎の球体"。その球体を悠真は【黄の王】に向けた。


『喰らえっ!!』


 悠真が放った"球体"は、まっすぐ【黄の王】に襲いかかった。足を氷漬けにされた黄金の巨人は動くことができない。

 球体が直撃した瞬間、辺りは眩い光に包まれ、信じられないほどの爆発が起きた。

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