第202話 旅程
航空機に乗り込んだ悠真たちは席につき、乗務員の指示に従ってシートベルトを締める。すぐに出発するようだ。
「なあなあ、これファーストクラスちゃうか? 席が個室みたいで、ゆったりしとるやろ」
悠真は飛行機に初めて乗ったが、確かに座席の間隔が広く、乗り心地もいい。
これがファーストクラスかと、ちょっと感動してしまう。
「いや、たぶんビジネスクラスじゃないかな。もっとも政府専用機だから、ビジネスとかエコノミーとかがあるのか分からないけど」
苦笑しながら言ったルイに、明人は「そうなんか?」とガッカリした様子だ。
今いるのは機首に近い場所で、座席が横に四つづつ並んでおり、その最前列に悠真たちは座っていた。
右から二番目の席に腰を下ろした悠真は、右隣のルイに話しかける。
「このままインドに直行するのかな」
「いや、一旦インドネシアに寄って、そこから船でインドに入るみたいだ」
「インドネシア? なんでそんな所に行くんだ?」
悠真が疑問を口にすると、左隣の明人が答える。
「なんや? 渡航の計画資料に書いてあったやろ、見てないんか?」
「あ、ああ……そう言えばあったなそんなの、全然読んでなかったけど」
明人は呆れた顔をする。
「お前、一人やったらどうする気やったんや? インドに着く前に、迷子になっとんのちゃうか?」
反論はできない。充分、ありえる話だ。
機内にアナウンスが流れ、離陸態勢に入る。
「もう出発か……ちょっと怖いな」
自衛隊のヘリに乗ったことがあるが、航空機に乗るのは初めてだ。悠真は少し緊張していた。乗務員も前の席に座り、シートベルトを締める。
機体が動き出し、徐々に加速していく。
体が傾き、航空機が上昇するのが分かる。「うっ」と唇を噛んだが、どうやら無事に飛び立ったようだ。
もっと怖いかと思ってたが、そうでもなかった。乗務員にシートベルトを外していいと言われ、三人とも指示に従う。
すると、後ろの席から一人の男性が近づいてきた。
「失礼します。外務省の海江田といいます。今回、皆さんの渡航のサポートを仰せ付かりました。どうぞよろしくお願いします」
挨拶してきた海江田に対し、悠真たちも頭を下げる。
この政府専用機には何人もの役人が乗っていた。主に外務省と防衛省の人間のようだ。彼らの仕事は、あくまで目的地までの案内であって、護衛ではない。
それはそうだろう。自分たちより強い人間が、そうそういるはずがない。
「今から行くインドネシアのことについて話したいので、会議室までお越し頂けますか」
「会議室?」
海江田の言葉に、悠真は眉を寄せる。
航空機内に会議室などあるのだろうか? 少し不思議な感じもしたが、悠真たちは海江田の後について行くことにした。
「こちらです」
海江田が部屋の扉を開けると、三人は「おお」と感嘆の息を漏らす。
そこは確かに会議室だった。それほど広くはないが、テーブルが二つ、座席が六つあるシックな雰囲気の部屋だ。
悠真たちはそれぞれ席に着き、対面に海江田が座る。
「さっそくですが、今後の予定についてご相談があります」
「相談? なんや、相談って」
明人が怪訝な顔で海江田に聞く。悠真も不可解に思った。旅の予定は細かく決められていたからだ。
「はい、もちろん当初の計画通り、インドネシアを経由して、すぐにインドに行くこともできます。ただ、インドネシア政府が魔物の討伐と引き換えに、"白の魔宝石"を譲ってもいいと言っているそうでして」
「マジかいな?」
「それって、どれくらいの魔宝石なんですか!?」
興奮した悠真は、思わず前のめりになる。
「マナ指数にして3800ほど、依頼は【白のダンジョン】の攻略です」
三人の顔が上気する。願ってもない話だ。
「悠真、白のダンジョンなら魔宝石を入手できるかもしれない。これは一石二鳥……絶対受けるべきだよ!」
興奮するルイだったが、明人は冷静に諭す。
「待て待て、その【白のダンジョン】は何階層なんや? あんまり深いとやってられへんで」
海江田も当然とばかりに頷く。
「四十八階層です。中層程度のダンジョンなので、皆さんの力を考えれば、現実的に攻略は可能だと考えております」
会議室に沈黙が下りる。誰もがリスクと利益を天秤にかけていた。
しばらく悩んだのち、ルイが口を開く。
「"白のダンジョン"の魔物は、六つあるダンジョンの中で最も強い。インドネシアの
「だから俺たちに攻略依頼をしたのか?」
ルイは黙って頷き、話を続けた。
「きっと、他の魔物は対処できるんだ。白の魔物は回復力も戦闘能力も高い。上位の
だとすれば現地の人たちは相当、困ってるのだろう。人助けをしている時間はないが、"白の魔宝石"が手に入るなら話は別だ。
――インドとインドネシアで入手できる魔宝石。そして俺がすでに持っている"白の魔力"を合計すれば、回復に使える魔力は20000を超える。
つまり第三階層までの回復魔法が使えるということ。そこまでいけば、楓を助けられるかもしれない。
ふと見れば、ルイも明人も悠真の顔をジッと見ていた。
これはあくまで悠真が望んだ遠征。どこに行くのか、なにをするのかも、最終的に決めるのは悠真だ。
口を結び、海江田を見る。
「分かりました。インドネシアの、"白のダンジョン"を攻略します!」
◇◇◇
政府専用機は、インドネシアのスカルノハッタ空港に到着した。タラップを降りた悠真たちは、照り付ける日差しに目を細める。
まだ日は高く、今日中にダンジョンの近くに行きたいと言った悠真のために、海江田を始め、日本の職員が
「すぐに迎えの車が来るそうです。それと、コレを」
空港のラウンジに待機していた悠真たちに、海江田が差し出したのは白いイヤホンのような物。
「これは?」
「自動翻訳機です。現地の人たちと会話をするために用意しました」
悠真は手に持ったイヤホンを興味深そうに眺める。小型のワイヤレスイヤホンで、音楽を聴く通常の物と見分けがつかない。
「百種類ほどの言語に対応しています」
「すごいですね」
悠真たちはさっそく片耳に付け、調子を確かめる。電源は入ったが、外国語で話してもらわないと性能が分からない。
「三鷹さん。我々日本の職員は、危険があるため現地には行けません。総領事館に待機しておりますので、なにかあれば連絡を下さい」
「分かりました。ありがとうございます」
悠真やルイは海江田にお礼を言い、空港を出て、迎えにきたリムジンに乗り込む。
見送ってくれる日本の職員に頭を下げ、走り出した車窓から外を見た。今から向かうのは【白のダンジョン】がある都市、モジョケルト。
「いよいよやな。テンションが上がってくるで!」
明人が息巻き、ルイも頷く。悠真も胸に熱く込み上げてくるものを感じていた。
楓を助けるための戦いが、これから始まるんだ。
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