第59話 秘密保持契約書

「なんですか? これ」

「秘密保持契約書だよ」

「秘密保持……契約書?」

「そう、本来は企業間で締結されることが多い契約だけど、今回は個人間で締結しようと思ってね」


 アイシャは契約書の項目を指差しながら、詳しく説明してゆく。


「これは弁護士に作成させた正式なものだよ。もし私たちが君から聞いた内容を外部に漏らせば、賠償責任を負う契約になっている」

「賠償責任ですか」

「額は一億だ」

「い、一億!?」


 悠真が目を見開いて驚くと、アイシャは部屋の中を見渡した。


「ここは私の所有物でね。建物はボロいが、土地はそこそこの値段になる。貯金と合わせれば一億ぐらいにはなるだろう。それに――」


 アイシャは胸ポケットからボールペンを取り出し、隣にいる社長に見せる。


「ほれ、サインしろ」

「え!? 俺も契約すんのか?」

「当たり前だ。それともお前はベラベラと秘密をしゃべるのか?」

「バ、バカ言うな! もちろん守るに決まってるだろう。俺をなめんじゃねぇ!」

「じゃあ、問題ないな」


 差し出されたペンに、社長は「うっ」と反応するが、「当然だ!」と言って書類にサインした。


「印鑑も持ってきたろうな」

「そのために持って来いって言ってたのか!?」


 社長は渋々懐からハンコを出し、契約書に捺印する。


「さあ、これで君の秘密が漏れることはない。本来、こういった契約書では犯罪等に関することは除外事項にするのが普通なんだが、この契約書では除外していない。つまり君に有利な条件で書かれているんだ。もし疑うのなら書面を持ち帰って弁護士に確認してもらっても構わないよ」

「い、いや、それは……」


 悠真はどうしたものかと思い悩む。確かに社長とアイシャが他の人に漏らす可能性は低いだろう。

 だが、絶対に情報が漏れないとは言い切れない。


「その……秘密なんて特にありませんが……なにかの勘違いじゃ?」


 しらを切り通そうとする悠真に、社長の神崎は「ハァ~」と息を吐く。


「あのなぁ、悠真。この前、魔法が使えるって箱を会社で見せただろ?」

「え、ええ、あの地上でも魔法が使えるってやつですね。見ましたけど……」

「あれ、真赤な嘘だ」

「ええ!?」

「あれはただのガラクタで、そんな効果は一切ない! しょーもない嘘ついて悪かったが、アイシャがお前の‶マナ″が異様だって言うから確かめたんだよ。まさか本当に地上で魔法が使えるとは思ってなかった」

「そ、そんな~……」

「だから諦めろ! 正直に洗いざらい吐いちまえ。嘘は言ったが、俺は約束を絶対に守る。お前の秘密はここにいる三人だけに留める。舞香にも田中さんにも言わん!」


 社長は真剣な眼差しでハッキリと言い切った。

 確かに社長がべらべらと人に話す姿は想像できない。アイシャさんも、こんな契約書を用意するぐらいだ。

 口外することは無いだろう。仕方ない――


「分かりました。でも、誰にも言わないで下さいよ」

「もちろん分かっているよ」

「当然だ」


 悠真はふうっと息を吐いてから、居住まいを正す。


「実は……一昨年おととしの夏頃なんですけど」

「ふんふん、夏頃」


 アイシャは身を乗り出す。目はランランと輝き、狂気を帯びているようにも見える。――大丈夫だろうか?


「……家の裏庭に、穴が開いてたんです。何だろうと思って中を覗くと魔物がいて」

「ダンジョンかい!?」

「は、はい……」


 アイシャは食い気味で声を出し、顎に手を当て何かをぶつぶつと呟き始めた。


「なるほど、庭にダンジョンか……ありえるな。民間の敷地にダンジョンができた例など、いくらでもあるしな。そうか、庭にダンジョンが……」

「あの~、話を続けてもいいですか?」

「あ? ああ、すまない。続けてくれ」

「そのダンジョンがとても小さくて」

「小さい? 小さいってどれくらいだい?」


 あまりに口を挟むため、隣にいる社長が呆れ顔になっている。


「一メートルくらいの深さで、畳一畳分の広さですね」

「あーちょっと待って! メモを取る」


 アイシャは慌てて机の引き出しの中を漁り、メモ用紙を持ってくる。ページを開き、ボールペンを片手に「さあ、どうぞ」と促してきた。

 悠真は一つ息を吐き、話を続ける。


「穴の中を懐中電灯で照らすと、その中に――」

「穴はどんな形をしてたの?」

「え、形ですか? そうですね……丸い縦穴があって、その奥に続く横穴があるって感じの……そうそう、ちょうど靴みたいな形ですよ」

「靴?」

「それで、その穴の中にいたのが」

「穴の中は土だったのかい? 岩壁じゃなくて? 他には――」

「だーーーうるせえ!!」


 あまりに話の腰を折るアイシャに、とうとう社長がぶち切れる。


「ちったあ、黙ってろ!」


 アイシャの口を押さえつけ、モゴモゴ言っているのを無視して悠真に向かい叫ぶ。


「いいぞ悠真! 先を話せ」

「あ……はい」


 手を振りほどこうと暴れているアイシャに戸惑いながらも、悠真は話を続けることにした。


「それで穴を確認したら……そこに‶金属のスライム″がいたんです」

「「金属のスライム?」」


 二人の声が重なった。

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