第192話 一つの仮説

 東京都民が避難している都営地下鉄の地下駅舎。

 多くの人たちが肩を寄せ合い、地べたに座っている。誰もがこれからどうなるのか分からず、不安と恐怖にさいなまれていた。

 スマホからは外の情報が入らないため、駅員により大型のテレビが用意され、インターネットに繋いである。

 彼らが見ていたのは太陽図書の中継Web動画だ。

 ひたすらに竜の動向が映し出されている。最初は竜が街を焼き尽くす映像に、ただただ打ちひしがれていたが、様子が一変する。

 突然現れた巨人が、大きな竜と戦い始めたのだ。特撮のような光景に、人々は目を奪われる。

 なにがなんだか分からず戸惑うばかりだ。そんな中――


「見て、ママ! 私を助けてくれた黒い怪物さんだよ」

「え?」


 小さな女の子が言った言葉に、母親は困惑した。モニターを見れば、確かに巨人は娘を襲ってきた怪物によく似ている。

 あの時は混乱していたが、娘は何度も「あの人、悪い怪物さんじゃなかったよ」と言っていた。本当にこの巨人は……。

 周りにいた人々も巨人の姿に違和感を持ち始める。


「おい、この巨人……"黒鎧"なんじゃないか?」

「え? そう言われれば……姿形は似てるな」

「なんでもいい! 街を破壊する竜を倒してくれるなら! 巨人でもなんでも関係ねえ、竜をぶっ殺してくれ!!」

「そうよ! お願い、化物を倒して!!」


 意気消沈していた人々は立ち上がり、腕を突き上げ声を出す。

 地下にこだまする声援は、異様な熱気となって盛り上がった。

 母親はどうしていいか分からず戸惑ったが、女の子は映像の中の巨人に小さな指を向け、楽し気に微笑んでいた。


 ◇◇◇


 悠真の猛攻は続く。巨人のこぶしや剣は【赤の王】の肉をえぐり、容赦なく斬り裂いていった。

 竜は防戦一方で地に伏せる。

 翼は引き千切られ、尻尾は潰され、顔の半分は無くなっていた。

 このままダメージを与え続ければ、いずれ再生できなくなるだろう。赤のオーガがそうだったように。

 悠真はそう思い手を緩めなかったが――


「え?」


 体に走っていた青い筋が急速に消えていく。"水の魔力"が切れたのか?

 悠真は一歩、二歩と後ろに下がる。ボロボロになった竜の体は、煮えたぎるマグマのように赤く輝く。

 翼が再生し、体の傷も炎と共に治っていった。

 赤の王はゆっくりと立ち上がる。巨人を睨み、耳をつんざく咆哮を上げる。

 竜巻のような炎が吹き荒れた。悠真は肩のシールドで必死に防ぐが、水魔法を流していないため、熱を完全に抑え込めない。

 悠真は顔を歪める。

 ――このままじゃ、体が焼かれる!

 その様子を電気店のテレビ画面で見ていたアイシャと神崎は、すぐに状況の深刻さを理解した。


「やはり、水の魔力が切れたか……」

「おい、どうすんだよ!? 魔法なしでアイツに勝てんのか?」


 アイシャは眉間にしわを寄せ、画面を睨む。

 水魔法なしで【赤の王】に勝てるとは思えない。


「いや、待てよ! 赤の王も魔力が切れるんじゃないのか? アイツ、もの凄い炎の攻撃を撃ちまくってるし、いい加減なくなるだろう!?」


 アイシャは顔をしかめた。


「恐らくだが……赤の王は悠真くんと同じ、周囲のマナを魔力に変える能力を持っている」

「なに!?」

「【黒の王】は"マナを質量に変える能力"があった。だとすれば【赤の王】は"マナを火の魔力に変える能力"があってもおかしくない」

「じゃあ、火の魔法を無限に使えるってことか?」

「実質的にそうなるな」


 神崎は「マジか!」と悲壮な顔になる。アイシャも画面を見ながら考えた。

 赤の王は"火の魔力"によって再生しているのか? もし火の魔力によって再生しているのであれば、無限に再生することになる。

 そしてもっと問題なのが――

 画面の中の竜は体から炎を出していた。

 溢れ出す炎は徐々に黒く染まり、全身を覆っていく。黒い炎は【赤の王】の周囲に渦巻き、龍の姿を形どる。


「なんだ、ありゃ!?」


 神崎が絶叫した。アイシャは険しい顔になる。


「やはり使えたか……たぶんあれが【第四階層の火魔法】、人間には決して扱えない究極の魔法だろう」


 神崎は食い入るように画面を見る。龍の形になった黒い炎は、うねるように波打ち巨人に襲いかかった。


 ◇◇◇


「うっ!」


 悠真は後ろに下がった。赤の王から溢れ出した黒い炎がこちらに向かってくる。

 盾で防御しようとするが、蛇のように不規則な動きをする炎を止めることができない。

 回り込んできた黒い炎が体に巻きつく。


「うわああああああ!」


 恐ろしい熱さの火が体に引火。"熱耐性"を軽々と突破してくる。

 激痛と熱で悠真は膝をつく。地面に突っ伏し、消えることのない黒炎に耐えた。水の魔力が尽きた以上、もうどうすることもできない。

 悠真は死を覚悟した。

 だが、黒い炎は徐々に弱まり、体から消えていく。

 なにが起きたのか分からず、頭を上げる。そこには体の炎が消え、地面に伏せる【赤の王】の姿があった。

 

「なんだ!?」


 悠真は困惑したものの、なんとか立ち上がり、竜を見下ろす。

 竜もプスプスと体から煙を上げ、フラつきながらもこちらを睨む。悠真も黒炎によってダメージを負ったが、それ以上に自分の体がおかしい。

 ――どうしたんだ? 俺と、赤の王になにが起きた!?

 その異変は、画面を通してアイシャたちにも伝わっていた。


「おい、アイシャ! 黒い炎が消えて、竜も巨人も動かなくなったぞ!?」


 騒ぐ神崎を無視してアイシャは考え込む。

 顎に手を当て、テレビ画面を凝視した。竜は炎を出さなくなり、巨人も力尽きたように見える。

 ――どうして急に……?


「まさか!」

「どうした? なにか分かったのか」


 アイシャは一つの仮説に辿り着く。


「"マナ"を喰い合ったんだ!」

「なに?」


 神崎は訳が分からず、眉をよせる。


「二体の【キング】は両方とも周囲のマナを取り込んで力に変える。それを同時に行ったため、一時的に空間のマナが減ったんだ!」

「じゃ、じゃあ【赤の王】は炎を出せないってことか!?」

「ああ、周囲の空間にマナが戻るまで無理だろう」

「やったじゃねーか! これで悠真は存分に戦える!!」


 アイシャは呆れたように息をつく。


「バカかお前は? 周囲のマナが減ったということは、悠真くんの"巨人化"も維持できないってことだ」

「ええっ!?」

「それは彼も気づいているだろう」


 映像の中にいる黒い巨人は、肩を上下に揺らし、苦しそうに立っていた。


 ◇◇◇


 体から力が抜けていく。

 どうしてかは分からない。しかし、この巨人の力は長く持たないだろう。

 目の前にいる【赤の王】も苦しそうにしている。倒せるとしたら、今しかない。

 悠真は膝をつきそうになる足を踏ん張り、体にムチ打ってもう一度血塗られたブラッディー・鉱石オアを発動させた。

 全身に赤い筋が巡り、力が湧き上がってくる。

 戦えるとしても、あと数分。

 毒の影響は深刻。炎で焼かれた傷もある。そのうえ力まで抜けていく。この攻撃で倒しきれなければ、敗北は必至だろう。

 悠真は歯を食いしばる。

 足を踏み込んで一気に駆け出す。地面が爆発したようにえぐれ、土砂が空に舞う。

 ――全力を出して、決着をつける!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る