第193話 響き渡る咆哮
左腕を引く。赤の王が顔を上げるが、その動きは緩慢。
こちらの動きについてくる様子はない。動きのギアを上げる。
右足を出し、地面を踏みしめる。50トンを超える巨神の重さに耐えきれず、コンクリートが割れて足が沈む。
悠真は意に介さず、左のフックを竜の顔面に叩き込んだ。
竜王の顔が不自然に歪む。首は大きく傾き、体のバランスを崩す。
そのまま畳み掛ける。今度は左足を踏み込み、右ストレートを竜のどてっ腹に打ち込む。鋼鉄の鱗が割れ、拳が腹に突き刺さった。
竜は胃液を吐き出し、悶絶する。
だが、これで終わりではない。悠真は歯を食いしばり、両拳によるラッシュを繰り出した。
一撃、一撃が確実に竜の体を破壊していく。
赤の王は反撃できず、防戦一方。全身に傷を負い、大量の血を噴き出す。
再生はしているものの、そのスピードは明らかに遅かった。
――再生能力が鈍化してるんだ。これならいける!
右手の甲から長剣を出し、首めがけて薙ぎ払った。だが――
「うっ!?」
剣が途中で止まり、首が切断できない。
"水魔法"が使えないため、先ほどより切れ味が落ちてる。それでも手を緩める訳にはいかない。
悠真は剣を戻し、両拳にスパイクを突起させ殴りかかった。
竜の体が裂け、血が飛び散る。まともに炎が吐けなくなっても、竜の体は恐ろしく熱い。殴れば殴るほど拳が焼かれるようだ。
そのうえ飛んでくる竜の血も、マグマのような熱さ。
攻撃するたびダメージを受ける。それでも手は緩めない。ありったけの力を、残る体力の全てをこの攻撃に込める。
竜の頭を裏拳で殴りつけ、よろめいたところに回し蹴りを放った。竜は瓦礫の上に激しく倒れ、転がっていく。
地面は割れ、粉塵が舞う。
よろけながら起き上がろうとした竜に、渾身のリバーブロー。左腕が竜の腹に食い込む。
絶叫した竜が体を捻り、尻尾を叩きつけてくる。
ショルダーシールドの防御が間に合わず、悠真はまともに食らってしまった。
爆発こそ起きなかったが、あまりの衝撃に三十メートル以上吹っ飛ばされる。巨人が倒れれば、大地が揺れ、周囲の建物が崩れていく。
悠真はなんとか立ち上がろうとするが、体に力が入らなくなってきた。
――もう、限界が近いのか。
フラつきながらも立ち上がり、両足で地面を踏みしめる。
大きく息を吸う。目の前にいる【赤の王】は血だらけで深手を負っている。だが、放っておけば傷も魔力も回復し、また炎を吐けるようになるかもしれない。
水魔法が使えない以上、もう防ぐ手段などない。
今、この瞬間に倒し切るしかないんだ。悠真は切れかけた
全身に流れる血脈。
――リミッターを外せ! そうすれば、アイツを倒し切ることができる。
黒のダンジョンでキマイラを倒した時、悠真は意識を失っていた。それゆえ筋力のリミッターが全て外れ、最大限の力を発揮したんだとアイシャは言っていた。
つまりキマイラを倒した時の方が、今より強かったということ。
悠真は意識を集中する。体は毒に犯され、全身は傷だらけ、まさに極限の状態。
意識を失わずにリミッターを外すには、全身全霊をかけて挑むしかない。
「うおおおおおおおっ!!」
一直線に駆ける。右手の甲から剣を伸ばし、竜の腹に突き立てる。
長剣は竜の胴を貫いた。竜は絶叫し、踏鞴を踏む。剣を引き抜くと、血飛沫が飛んでくる。灼熱の血が体にかかるが、気にしているヒマはない。
左のフックを肩口に叩き込む。骨が砕ける感触。
――まだまだ、もっといけるはずだ!
精神と肉体の限界を超え、悠真の筋力は解放されていく。
竜の顔に頭突きを喰らわす。骨が割れ、皮膚が裂ける。竜は顔からダラダラと血を流した。
竜は後ろに下がろうとするが、悠真はそれを許さない。
翼と首を掴み、力を込める。
「ああああああああ!!」
赤の王の翼を引き千切り、前蹴りを叩き込んだ。
竜は後方に百メートル以上吹っ飛び、地面に突っ伏す。砂塵が上がる中、竜は体を痙攣させ、起き上がることができない。
悠真は間を置かず走り出した。その速さは目で追うのも困難なほど。
巨人の動きとは思えない速度で踏み込み、竜の体を蹴り上げる。【赤の王】は宙を舞い、後ろにあったビルに突っ込む。
悠真はすぐに追撃し、竜の首を右手で掴む。
焼けるような熱さが伝わってくるが、かまわず握力を込めて動けなくした。足元でバタバタと暴れる尻尾を
悲鳴に近い鳴き声をあげ、竜は苦しみ、藻掻き始める。
巨人は左の拳を引く。拳面の部分に鋭いスパイクをいくつも付け、
顔、肩、腕、胸、そして腹に。容赦のない攻撃を何発、何十発と重ねていく。
その様子を多くの人々が目撃していた。
首相官邸では政治家や専門家が。
ネットの繋がる環境では、命からがら避難した人々が。
そして現場では、生き残った
誰もが巨人と竜の戦いを、固唾を飲んで見守っていた。
自分たちを恐怖と絶望のどん底に突き落とし、街を破壊し尽くした竜の王。
その魔物が、最強の竜が、いま殺されようとしている。
誰もが声を上げた。竜を倒してくれと、喉から千切れんばかりの声援を送り、ありったけの想いを込めて叫んだ。
かつて排除しようとした"黒鎧"に対して――
東京都庁の屋上で見ていたルイは、複雑な思いだった。
――悠真は戦えるような状態じゃないはず、それなのに……。
巨人は竜の首から手を離し、竜の胴体にラッシュを叩き込む。腕の動きが見えないほどの速さ。
竜は悶え、口から大量の血を吐き出す。周囲のビルは衝撃で崩れていく。
「悠真……無事で帰ってきてくれ」
◇◇◇
無呼吸でラッシュを撃ち込むが息が続かず、一瞬手が止まる。
そのわずかな隙に竜は首を振り、搾りだすように炎を吐いた。
今までの火炎に比べれば弱々しいもの。それでも体に降りかかった炎は悠真に激痛を与えた。
「ぐっ!」
悠真の顔が歪む。後ろに下がりたくなる。戦いをやめて膝をつきたくなる。
だが悠真は前に出た。左のショルダーシールドを竜に向け、そのまま突っ込む。
竜はまともに突進を喰らい、体の骨が粉砕された。悠真は足を止めず、竜をシールドのスパイクに突き刺したまま走り抜ける。
いくつものビルを破壊し、三百メートル先にある帝都ホテルに竜を叩きつけた。
外観が無事だった建物は崩れ落ち、ホテルの半分以上が倒壊する。
竜はぐったりとして動かない。悠真もフラつくが、歯を食いしばって竜に近づく。首と尻尾のつけ根を掴んで胴体を持ち上げ、高々とかかげた。
もう、巨人の体は維持できない。悠真は感覚で理解する。
これが最後の攻撃。悠真は竜を上に放り投げる。ダラリと力の入ってない巨躯の体が浮き上がり、落ちてくる。
悠真の体を流れる赤い血脈が、より太く、より強く輝く。
――すべてを、この一撃に!
ありったけの力を込め、目の前にきた竜の体を蹴り上げた。
まるで爆発が起きたような衝撃、周囲の建物は吹き飛び、発生した爆風がビルの屋上にいた
竜の体は、遥か上空まで飛ばされていった。
血飛沫が舞い、白目を剥いた竜がゆっくりと落ちてくる。
東京は竜たちの襲撃によって、多くの建物が破壊されていた。無残な姿をさらす大都会だが、そんな中、残っている建物もある。
四つの脚でそびえ立つ赤と白の鉄塔。
なによりも、この場所を象徴するモニュメント。
【赤の王】は東京タワーに向かって、まっすぐに落ちてきた。電波塔の先端が竜の傷口に突き刺さり、赤い体躯を深々と貫く。
魔物はうめき声を上げた。
竜の重量に耐えきれず、東京タワーはバキバキと音を立て、折れ曲がってゆく。
赤の王と共に大地に倒れ、衝撃で辺りが揺れる。
大地に伏した竜の王は、ゴロンと横たわり、弾けるように大量の砂となった。
サラサラと風に運ばれる砂の欠片が、晴れ渡った東京の空に舞う。
その光景を直に見ていた
悠真は倒れそうになる体にムチ打って、なんとか姿勢を保つ。
赤の王は倒せた。だが、まだやらなければいけないことがある。
悠真は足を肩幅に開き、両腕を上げて空を見た。
腹に力を込め、気力を振り絞って叫ぶ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
関東の空に響き渡る咆哮。
それを聞いた数百匹のエンシェント・ドラゴンは一斉に逃げ出した。
巨人が上げた咆哮は、ここが【黒の王】の縄張りだと示すもの。【
一部は茨城の『赤のダンジョン』へと戻り、それ以外の竜は我先にと日本を離れていった。
竜が去ったのを確認した悠真は、安心して力を抜く。
黒い巨人は膝をつき、形を徐々に無くし金属の球体へと変化する。少しづつ小さくなり、最後に残ったのは、倒れたまま動かないボロボロの人間。
悠真は満足そうな表情で気を失っていた。
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