第16話 赤のダンジョン

 次の日の朝、悠真はベッドでムクリと体を起こし、改めて自分が‶魔鉱石″を使ったんだと思い返す。


 ――やっぱり夢じゃなかったんだ。


 もう一度【硬化能力】を使ってみようかと思ったが、今日は月曜日。

 学校に行かなきゃいけない。


 ――もし硬化して戻らなかったら大変だしな。


 能力を試すのは学校から帰ってからにするか。と考え、いつものように金属スライムを倒した後、学校に登校した。

 夕方、家に帰ってくると部屋の鍵を閉め、鏡の前に立つ。


「硬くなれ、硬くなれ、硬くなれ!」


 真剣に念じると、次第に顔や手に黒いアザが広がり、数秒で全身を鋼鉄に変えてゆく。


「……すごい」


 これがダンジョンの……魔鉱石の力なのかと悠真は感心した。

 しばらく待っていると、昨日と同じように五分ほどで元に戻る。


「はは、やっぱり面白いな。これ! もう一回できるかな?」


 悠真は硬くなれ! と念じたり体に力を込めたりしたが、今度は一向に変わる気配はない。


「一日に一回しか使えないってことか……」


 回数制限や五分経たないと元に戻れないなど、融通の利かない部分はあるが、それでも凄いことに変わりはないだろう。

 悠真はそう考え、これを何かに使えないかと思案する。


 ――例えば不良グループとケンカになった時なんてどうだろう。相手にいくら殴られてもビクともしないし、こっちの拳は金槌と変わらない。だとしたら俄然有利だ。


 そんなことを夢想してほくそ笑む悠真だったが、よく考えたらそんな状況、今までの人生で一度もない。

 所詮ドラマやアニメの話か……と意気消沈する。


 ――だったらダンジョンはどうだ? 相手の攻撃はほとんど効かないだろうし、深層部まで行って活躍することも……。


 そんな悠真の希望はすぐにしぼんでゆく。

 ダンジョンの深層にいる魔物は物理攻撃がほとんど効かないと聞く。軍隊の銃撃や砲撃でもダメージを与えられないと。

 だからこそ魔物を倒すことのできる‟魔法”が重宝される。

 金属の拳で殴るなど、まさに物理攻撃そのものだ。更に頭が痛いのは、深層にいる魔物は‟魔法”が使えるらしい。

 炎を吐くドラゴンに、風を巻き起こす怪鳥、稲妻を纏う鬼や、水や冷気を操る精霊までいるという。火や冷気に弱い金属の体には致命的だ。


「体が硬いだけじゃ入っていけねーよな……」


 悠真は椅子に座って項垂れる。結局苦労して手に入れた金属スライムの‟魔鉱石”は売ることもできず、使ってもたいした役に立たない。


「あーくそっ! 朝、金属スライム狩るのやめたいよー! なんのメリットもないじゃねーか!!」


 あまりにも面倒くさかったため、悠真はダンジョンができたことを自治体に通報しようかと考えていた。

 だが、都の条例では通報しないと罰則があるらしく「今、見つけました!」が通用するかどうか分からない。

 前に一度、母親が庭にある穴を見つけ、悠真に聞いてきたことがあった。

 すでにスライムを倒した後だったので、ただの穴に過ぎないが、悠真は「陥没したみたいだね。そのうち埋めておくよ」と誤魔化していた。

 もし母親がそのことをうっかり漏らせば、悠真はお縄になるかもしれない。


 ぶるぶると体を震わせ、次の日からもスライムを倒していこう! と、悠真は心を新たにした。


 ◇◇◇


 九ヶ月後――


 茨城にある日本最深度の迷宮、【赤のダンジョン】。

 その第三層でちょっとした事件が起こる。この日はダンジョン関連の大手企業である‶DeNAエルシード″が、入社希望者を対象にダンジョンの体験会を開いていた。

 本来であれば、一般人が入ることのできない赤のダンジョン。だがエルシードは政府とのパイプもあるため特別に許可が下りていた。

 二十人ほどの体験者と、引率の‶探索者シーカー″五人。

 三階層にいるラヴァタートルを全員で狩る予定だった。甲羅が発熱する魔物であるものの動きは遅く、危険はないはずだったのだが――


「きゃあああああ!」


 女性が悲鳴を上げて尻もちをつく。目の前には大型のトカゲ。

 体の至る所から炎を噴き出し、獰猛な牙と爪が見て取れる。低層階にいるはずのない魔物、‶サラマンダー″がギロリと睨んで突っ込んできた。

 女性は「ひっ!」と短く悲鳴を上げたが、恐怖で体が硬直し、その場から動くことができない。

 探索者の一人が異変に気づくも、助けに入るには間に合わない。

 女性がもうダメだと思って目を閉じた瞬間、「ギエエエエ!」と苦し気な鳴声が聞こえてくる。

 女性が恐る恐る目を開けると、そこには男性の背中があった。

 大トカゲの首に深々とナイフを突き立て、トカゲから噴き出す炎を耐火服で防いでいる。水の魔法の力が付与されたナイフは、サラマンダーに致命傷を与えていた。

 トカゲは力を失い、ドシンッとその場に倒れる。


「大丈夫か!?」


 駆けつける数人の探索者。サラマンダーを倒した男性を心配するが、


「大丈夫です、心配ありません」

「念のためバイタルチェックをする。名前を教えてくれないか?」


 探索者がバッグから医療機器を取り出す。男性は「分かりました」と言って自分が持つ入館証を示した。


「天沢ルイ、高校三年生です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る