第95話 王の力
球の表面が波打つように激しく揺れる。
突き出た腕の周りで『液体金属』は渦巻き始め、やがて人の形へと収束してゆく。
キマイラと並び立つほどの巨大さ。
一見すれば‶金属鎧″を纏った悠真が、そのまま大きくなったような姿だが、その両腕両脚はより太く、肩や胸の装甲はより分厚くなっている。
兜には多くの禍々しい角が生え、鋼鉄の
およそ人とは呼べない異形の怪物。
なにより遠くで見ていた神崎とアイシャは感じていた。
その巨人を前にして、生物が抱くであろう根源的な‶恐怖″を。
「ハハハ……すごい、見ろ鋼太郎! 手の震えが止まらん」
アイシャは自分の震える手を神崎に見せるが、神崎もまた全身を小刻みに震わせていた。
「おい、なんなんだよ。急に洞窟内の温度が下がったのか!?」
押し潰されそうな圧迫感。
言い知れない焦燥。
それは二人が感じたことのない『畏怖』とも呼ぶべきもの。
そして、この場にいるキマイラもまた――
◇◇◇
鋼鉄の鎧を纏った巨人は、その顎をわずかに開き、白い蒸気を吐き出した。
筋肉と鎧で盛り上がった肩をかすかに上下させ、眼前の敵を睨みつける。
巨大な鋏を構えたキマイラは、一歩、二歩と後ろに下がっていく。恐怖を感じていたのは、人間だけではない。
キマイラの魔物としての本能が、目の前にいる巨人と戦うことを拒んでいる。
だが、戦いを避けられないことも理解していた。
どちらも頂点に君臨すべき強者。同じ場所に二つといらぬ存在。
キマイラが後退をやめ、前に出ようとした時、鋼鉄の巨人はダラリと垂らしていた腕を上げて、その
「ゔおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
耳を
衝撃が洞窟内に広がり、モヤが全て吹き飛び雲散する。
社長とアイシャは耳を塞ぎ、顔をしかめる。次の瞬間、鋼鉄の巨人は大地を蹴って駆け出した。
あまりの速さにキマイラは反応できない。
巨人が左腕を振り上げると、カニの姿をしたキマイラ目がけて拳を振り下ろした。
分厚い甲殻を突き破り、カニの甲羅を叩き潰す。
辺りに浅黒い液体が飛び散った。カニはなんとか鋏を上げて対抗しようとするが、鋼鉄の巨人はその鋏をガシリと掴み、足でカニの体を押さえつけると、力づくで鋏を引き千切った。
悶えるカニを一瞥すると、巨人は鋏を放り投げ、目の前にあるカニの胴体を思い切り蹴り上げる。
カニは半回転して洞窟の壁に激突した。
崩れてきた岩に埋もれ、八本の脚をバタつかせるカニに向かって巨人が飛びかかる。一歩動くごとに地面は揺れて、地鳴りが起こる。
カニの間近まで迫ると左足を踏み込み、右の拳を振り落ろす。
メガトン級のパンチは相手の分厚い甲殻を、易々と粉砕した。あまりの衝撃でカニの全身は卵の殻が砕けるようにバラバラになっていく。
だが、変化はすぐに起こった。
砕けたカニの体が溶け、液体になる。引き千切った大きな鋏も溶け出し、黒い水溜まりになってしまう。
やがて全ての液体はうねるように動きだし、一ヶ所に集まる。
液体金属はすぐに形を作り出し、巨大なコブラの姿へと変わってゆく。
大きな口を開き、巨人に襲いかかって来た。腕に噛みつくと体をうねらせ、引き千切ろうとしてくる。
しかし鋼鉄の巨人が怯む様子はない。
噛みつかれた腕をグイッと持ち上げ、体ごと地面に叩きつけた。
大地が割れて
コブラも尻尾をバタつかせ逃れようとするが、巨人が手を離す気配はない。
顎はメリメリと音を立て、限界を迎える。
「ゔおおおおおおおおおおおおお!!」
巨人の雄叫びと共に、コブラの上顎と下顎は無残に引き裂かれた。巨人はコブラの下顎を放り投げ、体の大部分が付いた上顎を地面に叩きつける。
体を硬直させたコブラの頭目掛けて、全体重を乗せた足を踏み落とす。
コブラの頭をグシャリと潰すと、洞窟全体が揺れ、壁や天井からパラパラと小石が落ちてくる。
頭を潰されたコブラは体を痙攣させ、次第に動かなくなっていった。
◇◇◇
石柱の陰に身をひそめながら戦いを見ていた神崎とアイシャは、悠真のあまりの戦いぶりに唖然としていた。
「あれが……本当に悠真なのか? 圧倒的な強さじゃねーか!!」
神崎は震える手を押さえながら驚きの声を上げる。アイシャもまた、息を飲んで頷いた。
「ああ、だが、あの様子だと自我を失ってる可能性があるな」
「なに!? キマイラはもう倒しちまったんだぞ! 訳も分からず、暴走しちまうんじゃねーのか?」
「いや……キマイラはあの程度では死なんだろう。恐らく巨人に合わせて、また姿を変えてくる」
「なっ!? あれでも死なねーのかよ!」
「ああ……しかし悠真くんに自我が無いのは、戦う上でプラスに働くかもしれんぞ」
「ど、どういうことだ。プラスって!?」
神崎は戸惑った表情でアイシャを見る。
「人はどうしても無意識に体に制限をかけてしまう。だが意識が飛び、本能が暴走するような状態であれば、アドレナリンが過剰に出る」
「それって、つまり――」
「あの巨人は筋肉のリミッタ―を完全に外せるってことだ。力勝負でならキマイラを遥かに上回るだろう」
神崎はゴクリと喉を鳴らし、視線を戦場へと移す。
鋼鉄の巨人は白い蒸気を吐きながら、頭の潰れた敵を睨みつけていた。
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