第97話 崩壊と脱出

 それでもバラバラになった蛇の体は液体となり、また一ヶ所に集まってくる。

 ゆっくりと上がってくる金属の塊。うねりながら形成された姿は、四本の腕があるあのゴーレムだ。

 またか! と思った次の瞬間、神崎とアイシャは信じられないものを目にする。

 鋼鉄の巨人の体に、何本もの赤い筋が入り、全身に広がっていく。筋が赤く輝き出し、体から蒸気が上がる。


血塗られたブラッディー・鉱石オア!?」


 驚愕の声を上げた神崎の後ろで、アイシャは言葉を失った。

 あまりの怪力に、当然使っていると思っていた血塗られたブラッディー・鉱石オアの能力。鋼鉄の巨人は素の状態でキマイラを圧倒していた。


「お、おい……これって、まさか――」


 神崎が血の気の引いた顔で呟くと、アイシャはゴクリと唾を飲む。


「ああ、今の状態から……さらに十五倍の力が出るってことだ!」 


 巨人の体からバチバチと赤いプラズマがほとばしる。洞窟内の空気が張りつめ、地面は震えだした。

 三本ずつある腕をゲル状にドロリと溶かし、左右一本ずつの太くて長い腕を作り出す。完成した剛腕をじっくりと眺めた巨人は、手を握り込み、拳にする。

 両腕を構えた瞬間、一気にゴーレムとの間合いを詰めた。

 巨体に似つかわしくない、恐ろしいほどの速さ。

 足を踏み込むたび、爆発したように大地が唸る。

 体重を乗せて放ったのは、神崎に教えてもらった‶正拳突き″。

 回転する拳がゴーレムの体に炸裂すると、ゴーレムの右半身が吹き飛んだ。破壊された部分は固体ではなく、瞬時に液体になって飛び散る。

 なにが起きたのか分からず、フラつくゴーレムに対し、巨人は身を低くして拳を構えた。

 放ったのは目にも止まらぬ剛腕の連打。

 これも神崎に教えてもらったボクシングのラッシュだ。自我を失っても、体で覚えている戦い方を体現していた。

 ゴーレムの体は跡形も無く消し飛ぶ。全てが液体となり、影のように散見する。

 それでも散らばった液体は、また動きだし一ヶ所に集まって形を作る。だが、その姿はまともな物ではない。

 頭は蛇、体はゴーレム、左手はカニの鋏、下半身は牛の脚。もはや形を保つことができず、まさに複合魔獣キマイラと呼ぶに相応しい見てくれとなる。


「破壊されすぎて、もう再生する力が無いんだ」


 アイシャの言葉に、神崎は唾を飲み込む。


「そ、それじゃあ……」


 巨人は足を踏み出し、太い右拳を振りかぶる。体に流れる血脈が、太く、強く輝きを増す。

 左足を踏み込むと大地が揺れ、地面が砕ける。

 放たれた『正拳突き』。空気を切り裂き出来損ないの魔物に直撃した瞬間――

 キマイラは砂となって弾けた。


 ◇◇◇


 大量の砂が地面に積もる。

 サラサラと舞うように、砂山は少しずつ消えていった。


「や……やった、やりやがった! 悠真のヤツがやったんだ!!」


 大喜びする神崎の後ろで、アイシャはペタリと座り込む。


「……本当に、倒してしまうとは」


 神崎は岩陰から出て、巨人に向かって駆け出した。

 鋼鉄の巨人は微動だにせず、仁王立ちしていたが、しばらくするとドロドロと溶けだし、丸い球体へと戻ってしまう。

 神崎は巨大な球体の前まで行くと、どうしていいのか分からずオロオロしていた。

 恐る恐る金属に触れてみると――


「これは……」


 触ってみれば、それは液体ではなくカチカチの金属だった。

 何もすることができず神崎が立ち尽くしていると、金属の球は徐々に萎んで小さくなっていく。

 最後には人間大の大きさになり、人の形へと変わる。

 そこには突っ伏して気を失っている悠真がいた。


「悠真!!」

 

 神崎が駆け寄り頸動脈に指をあてる。正常に脈打っていたため、ホッと胸を撫で下ろした。

 悠真を抱き上げ「おい、しっかりしろ!」と何度も呼び掛けるが、反応は返ってこない。アイシャも駆け寄ってきた。


「大丈夫なのか?」

「ああ、息はしてるし、脈もある。心配はないだろう」


 その言葉でアイシャが安心した時、足元が揺れ、洞窟内に地響きが起こる。


「なんだ!?」


 神崎が慌てだすと、アイシャが辺りを見回し、頭上を指差す。


「あれを見ろ!」


 ゴゴゴゴという地鳴りと共に、今まで無かった上階に続く坂道が出現した。

 神崎は背中に悠真を背負い、壁沿いにできた螺旋状の坂に向かって走り出す。大地は小刻みに揺れ、壁にヒビが入り始める。


「鋼太郎! 最下層の魔物が死んだんだ。二十四時間以内にダンジョンが消滅する。

最下層のここから崩れていくぞ!!」

「んなことは分かってるよ! さっさと出るぞ」


 神崎は悠真を担いだまま坂を駆け上がり、その後をアイシャがついて行く。

 上階へ出ると、そこにいたはずの魔物はどこにもいない。


「魔物が消えてる……ダンジョンが崩れる影響なのか?」


 神崎が周りを見回し、その変化に驚いていた。


「分からん……そもそもダンジョンを攻略した例がほとんど無いからな」


 アイシャは感慨深げにダンジョンを眺め、今通って来た道を見やる。


「どうした?」


 神崎が急に立ち止まったアイシャに声をかけた。


「このダンジョンは私にとってホームみたいなものだ。最高の研究場所だったのに、今日で消えて無くなるなんて……」

「おい! 今どーでもいいわ、そんなこと!!」

「どーでもいいとはなんだ!? 私にとっては死活問題なんだぞ!」


 神崎は呆れかえる。ことここに至って自分の研究のことを心配するなんて……だがこんな所でモタモタしてる場合じゃない。

 神崎はアイシャの手首を掴み、「来い!」と言って無理矢理引っ張っていく。

 アイシャはクドクドと不満を漏らしていたが、気にせず先を急いだ。神崎は揺れ続ける洞窟内を悠真を担ぎ、アイシャの手を引きながら駆け抜ける。

 下っていくより遥かにキツイ上りだったが死ぬ思いで踏ん張り、最後には力尽きたアイシャを脇に抱え、実に二十二時間以上をかけて出口まで辿り着く。

 息も絶え絶えで上がって来た神崎を出入口にいた自衛隊員はすぐに見つけ、慌てて医務室に運んだ。

 横浜では小さな地震が続き、その日のうちに『黒のダンジョン』の消滅が確認される。

 このことは日本政府や自治体などの間で衝撃を持って受け止められ、マスコミに流れた頃には『日本初のダンジョン攻略!』と大騒ぎになったのは言うまでもない。

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