第108話 魔宝石不足

「う~ん」


 神崎は会社のデスクで腕を組み、唸り声を上げていた。


「やっぱり今の電話、例の件?」


 デスクの前に立つ舞香が落ち着かない様子で尋ねる。その隣にいる田中と悠真も、不安気な表情を浮かべていた。


「ダンジョン協会からだ。正式な要請で、二日後の金曜に『赤のダンジョン』まで来いってよ」

「それって断れないの?」

「……難しいな。ダンジョン協会は一種の組合みたいなもんだ。問題が起きた時に助け合う協定も結んでる。なによりこの業界でやっていくなら無視はできねぇ。それに今はダンジョンに入れないからな。報酬が出る仕事は断りづらい」

「だとしたら問題は……」


 舞香の視線が悠真に向く。同じく神崎や田中も見つめてきたため、悠真は所在無く黙り込む。


「悠真くんが使う【水の魔宝石】だよね」

「ああ、まさか流通サイトでこんなに値上がりするとは……」


 神崎が目を落としたのは、デスクに置かれたノートパソコンの画面。そこにはプロの探索者の間で『魔宝石』の取引を行う、専用の通販サイトが映し出されていた。

 出品されている‶水の魔宝石″はどれも値段が跳ね上がり、ソウルドアウトの文字が並ぶ。


「青のダンジョンには入れないんですか?」


 田中が不安そうに聞くと、神崎は首を横に振る。


「ダメだ。入場者が殺到してて、予約制になってる。普段『青のダンジョン』になんか来ないような連中が来てるんだ」

「魔宝石の価格が上がってますし、今なら儲かりますもんね」


 田中が困惑した表情で呟く。


「水の魔宝石が使えないなら、悠真くんを連れて行くのは危ないよ! 私が代わりに行ってもいいけど……」

「いや、ダメだ」


 舞香の提案を、神崎はキッパリと断る。


「茨城には悠真を連れていく。舞香、お前は会社で待機だ」

「でも……」


 納得できない様子の舞香の横から、田中が口を挟む。


「だったら社長、ダンジョン協会に頼んでみたらどうです? 助け合いと言うなら、こういう時に助けてもらわないと!」

「……そうだな。一応、聞いてみるか」


 それで話は終わり、舞香や田中は自分のデスクへと戻っていったが、神崎は気落ちした様子の悠真だけを呼び止めた。


「なに暗い顔してんだ!」

「いや……やっぱり魔法が使えないと不安ですよ」

「どの道、俺たちは後方支援だろうから、そんな危険は無いと思うぞ。けどな――」


 神崎は舞香や田中に聞こえないように、声をひそめる。


「緊急事態で呼ばれてる以上、予想外のトラブルに巻き込まれる可能性はある」

「はい……」

「お前は『金属化』してれば無敵だが、生身だと弱っちいからな。万が一なにかあれば『金属化』するしかないだろう」

「でも、それだと田中さんにバレちゃいますよ」

「田中さんには事前に言っておくしかない。まあ、アイシャに変な‶魔鉱石″を飲まされたって言えば信じてくれるだろう。あとはパーカーでも深く被っときゃ、周りの人間にも気づかれないと思うぜ。ただ‶金属鎧″はやめろ、あれは目立ちすぎる」

「そう……ですね。そうします」


 納得して自分の席に戻ろうとした悠真を、神崎がもう一度呼び止める。


「悠真。金属化はあくまで危険な時だけだ。なるべく使わないようにしろ。ただでさえダンジョン協会の事情聴取をやってる微妙な時期だ。騒ぎは起こしたくない」

「分かりました」


 デスクに戻っていく悠真を見ながら、神崎は背もたれに寄りかかる。

 ――何事もなければいいが……。


 ◇◇◇


 その日の夜、茨城にある‶探索者の街″では、多くの車両が引っ切り無しに行き来していた。


「資材の搬送は明日の午後には終わるそうです」

「そうか……」


 部下の報告に、石川は空返事で答える。ここ数日は、ほぼ休みなく『赤のダンジョン』の対策にあたっていたため、疲労がピークに達していた。

 二日後に行われる大規模な作業の準備は、順調に進んでいるようだ。

 石川は業務を部下に任せ、少し仮眠を取ろうとその場を後にする。自分が宿泊しているホテルに歩いて帰ろうとした時、ポケットに入っているスマホが振動した。

 だれだ? と思いスマホの画面を見ると、よく知った男の名前が表示されている。

 石川はアイコンを上にスワイプし、電話に出た。


「どうした、神崎?」

『おう、悪いな。こんな時間に』

「かまわんよ。それにしても、お前が電話して来るなんて珍しいな」

『うん、まあ、色々あってな。今週の金曜に茨城に行くことになったんだ』

「あ~……そうか、お前のところにも連絡がいったか。本来なら大手だけで対処すべきなんだが……すまんな。迷惑をかける」

『いいんだよ、そんなもん! 困った時はお互い様だ。それよりお前に頼みがあってな』

「なんだ? 頼みって」

『うちは新人を入れて三人で行こうと思ってんだが、新人に使わせようと考えてた【水の魔宝石】が手に入らねえんだ。そっちで調達できないか?』

「ああ、今不足してるからな。分かった、あたってみよう。それで、どれくらい必要なんだ?」

『そうだな。取りあえず、マナ指数が1000ほどの魔宝石が欲しい』

「1000!? お前のところの新人、無色のマナが1000もあるのか?」

『うん? まあ、そうだな』


 石川は驚いた。マナ指数を1000上げるのは大変な作業だ。春から入社した新人が、そこまで急速にマナを上げたなら大したもの。

 2000以上マナを増やした天沢ルイは別格としても、かなり優秀な部類に入るだろう。


「凄いじゃないか、神崎! いい新人を入社させたな」

『ま、まあ、うちの期待のルーキーだからな。それで【水の魔宝石】は用意できそうか?』

「ああ、入手はできる。だが、さすがに1000は無理だ。それ以下になるとは思うが、なんとか搔き集めてみよう」

『すまんな、頼む。支払いは月末でいいか?』

「いつでも構わんよ。魔宝石は金曜に渡すから、ああ、じゃあな」


 石川は電話を切り、スマホをポケットにしまった。

 有望な若手がどんどん育ってきている。石川に取って、それは嬉しくもあり、少し寂しくもあった。


「世代交代か……もう、俺や神崎が一線にいた時代じゃないんだな」


 フッと軽く微笑んで、石川はホテルに向かって歩き出した。

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