第90話 探索者の天敵

「黒く巨大な体躯、コブラの頭にムカデのような無数の足。その不気味な姿に探索者シーカーたちは恐怖を感じるが、彼らも腕に自信のある探索者集団クランだ。人数も多いため、魔物を取り囲んで討伐しようとした」


 アイシャは話しを切る。嫌な空気が辺りに漂った。

 悠真は恐る恐る「それで、どうなったんですか?」と、先を促す。アイシャは一つ息を吐き、話を続けた。


「生き残ったのは補給を担当していた後方支援の探索者シーカー一人。残り四十九人の探索者シーカーは全員死亡……それが唯一確認された、その魔物との戦闘記録だよ」

「そ、そんなに強い魔物なんですか?」

「生き残った探索者の証言によれば、火・水・雷・風の全ての魔法が効かず、そのうえ物理攻撃も弾き返す外殻を持っていたそうだ。力は恐ろしく強く、全員がほぼ一撃で殺されている」

「滅茶苦茶じゃねーか!」


 社長が吐き捨てるように言う。


「それだけじゃない。その魔物は相手に合わせて体を変化させたらしい。多種多様な生物に変身する能力があった。敵をより殺しやすいように、姿形すがたかたちを変えるんだ」


 沈黙が広がる。社長も悠真も言葉が出てこない。

 そんな恐ろしい魔物がいるなど、聞いたことがなかったからだ。


「国際ダンジョン研究機構は、この魔物の危険度を最高ランク、トリプルAに指定。竜種より危険と判断し、絶対に近づかないようにと警告したんだ」

「竜種より危険て……そんな魔物がいんのか?」


 社長は眉間に皺を寄せる。探索者シーカーの間では、竜種がもっとも強い魔物と認識されていたからだ。


「目撃者が一人しかいないうえ、すぐに危険な魔物に指定されたので詳しい生態については分からなかった。しかし事の顛末てんまつを知っている研究者の間では、この複数の生物に変化する魔物に名前が付けられたんだ」

「名前ですか?」


 悠真に問われ、アイシャは視線を上げる。


複合魔獣キマイラ……ギリシャ神話に出てくる空想上の怪物だ」

複合魔獣キマイラ……」


 悠真はその名を飲み込み、頭の中で何度も反芻する。石柱から洞窟の奥を覗くと、魔物はゆっくりとこちらに向かって来ていた。

 このままではいずれ見つかり、殺されるだろう。


「アイシャさん、俺がやります! あいつを倒してここから出ましょう」


 悠真が前に出る。退路が絶たれた以上、逃げおおせることはできない。

 危険度がトリプルAの魔物であろうと戦うしかない。そう思った悠真だがアイシャは苦し気に頭を振る。


「奴を倒すのは不可能だ。あまりにも強すぎる」

「でもやるしかありません。アイシャさん、俺があいつに勝てる可能性はありますか?」


 アイシャはしばし考え込む。ややあって悠真の顔を見た。


「…………可能性があるとすれば、君の『液体金属化』能力だろうか」

「液体金属化ですか?」

「覚えているかい、悠真くん。ホテルで‶金属鎧″になった時、君の体重が増加したのを」

「え、ええ、覚えていますが……」


 確かに体重が二十キロほど増えていたが、それがどうしたと言うのだろう。


「君が倒した‶デカスライム″の能力は、体を変化させるという単純な能力じゃない。恐らく

「マナを質量に変える?」

「単に体が変化しているだけなら、体重が増加することなどありえない。体重増加分は、どこかから調達したということ」

「それがマナだってのか!?」


 社長が堪らず口を挟む。アイシャは真剣な眼差しで頷いた。


「これは凄い能力だ。今以上に使いこなすことができれば、あるいは奴に対抗できるかもしれないが……」

「やってみます! それしか可能性がないなら」


 悠真は今までの戦いを思い出す。以前よりも『液体金属化』の能力は使えるようになってきている。

 悠真は自分の両手を見つめた。

 便利だと思って使っていた『液体金属化』の力だが、キマイラを倒すためにはもっと力を解放しないと。

 具体的にどうすればいいか分からないが、やってみるしかない。

 自分が強くなった自負はあるし、『金属化』も『血塗られた鉱石ブラッディー・オア』も温存してる。時間的には大丈夫なはずだ。

 悠真はピッケルを握りしめ、石柱の陰から歩み出る。モヤの合間から覗く巨大で禍々しい魔物を、その双眸そうぼうでハッキリと捉える。


「やってやる!」


 巨大な魔物の前に立った悠真は一つ息を吐いた。そしてフンッと体に力を入れる。

 体は黒く染まり、全身が鋼鉄に覆われた。さらに『液体金属化』を使って体を変化させ、金属の鎧へと変えていく。

 腕や足は甲冑に包まれ、拳や肘、膝にはスパイク状の突起物が浮き上がる。

 肩は厳ついショルダーアーマーが形成され、そこにもスパイクが追加された。

 頭は兜に変貌し、額から突き出す角は一本の剣のように伸びる。

 手の甲には伸縮式の長剣が装備され、体は二回りほど大きくなる。

 手に持つ‶ピッケル″に液体金属を流し込み、より巨大なハンマーに、ピックの部分はより鋭角な形に変えた。


 ――長引けば不利だ。最初から全力を出して、一気に倒すしかない!


 目の前にいる魔物は、警戒するように鎌首をもたげ、眼下にいる得物を睨む。

 悠真はピッケルを両手で持ち、ヘッドの部分を下にして構えた。

 一触即発。

 そびえ立つ巨大なコブラと、金属化した悠真。

 どちらが先に仕掛けるかを、ジリジリと睨み合いながら互いにうかがっていた。

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