第301話 飛来する守護神

 ハンスとシャーロット、アンドリューの三人は、街中を警戒しながら移動していた。いきなり魔物に襲われれば命はない。

 そう考えていたハンスの視界に、最も遭いたくない魔物が映った。


「おい、あれを見ろ!」


 ハンスが空を指さすと、シャーロットとアンドリューが視線を移す。

 上空には無数の竜が飛び交い、我がもの顔で辺りを見回している。


「あれは"青の飛竜ブルードラゴン"!! どうして街中にいるの!?」


 シャーロットは驚いて目を見開くが、ハンスは冷静に状況を分析する。


「恐らく、津波で【地対空魔法兵器】が破壊されたんだ。そうじゃなきゃ飛竜がこんなところまで来るはずがない」


 シャーロットとアンドリューは空を見上げながら、ゴクリと息を飲む。

 あんな数の飛竜に襲われては、一溜まりもないだろう。三人はビルの陰に隠れ、竜に見つからないようにする。


「あの竜の群れがいなくなったら行くぞ!」


 ハンスの言葉に、シャーロットとアンドリューは黙って頷く。

 三人が息を殺して空を見ていると、予想していなかったものが目に飛び込んできた。

 飛竜の群れの後ろから、別の飛竜が飛んでくる。

 それは明らかに異質な個体だった。大きさは通常の飛竜の五倍はある。あまりの大きさに三人は言葉を失ったが、異質なのは大きさだけではない。

 体の至る所からクリスタルのような突起物が出ている。

 光を反射し、キラキラと輝く姿は、まるで生きる宝石のようだ。


「あれは……『氷』じゃないのか!?」


 ハンスは顔をしかめた。『氷』と聞いてシャーロットも眉間にしわを寄せる。


「"水"ではなく"氷"のドラゴンということですか!? だとすれば魔力が一万を超える魔物ということになります! そんな化物がいるなんて……」


 驚愕するシャーロットに対し、ハンスも苦虫を潰したような顔をする。


「強力な個体がいても、驚くには値しない。今は世界中"マナ"が溢れているからな。どんな強い魔物でも、地上を行き来できる」

「もしそうなら、特異な性質の魔物ユニーク・モンスターでしょうか?」


 話を聞いていたアンドリューがハンスに尋ねる。


「見たことのない魔物だ。可能性はある。だが、もっと悪いケースもあるぞ」


 ハンスの答えに、二人はなんと言っていいか分からなくなる。

 シャーロットは考え込んだ。

 ――特異な性質の魔物ユニーク・モンスターより悪いケース……。そんなものがあるだろうか? 

 事実、特異な性質の魔物ユニーク・モンスターは世界中で暴れ回り、多くの犠牲を出していた。もそうだということは、充分に考えられる。

 黙り込むシャーロットを見て、ハンスが口を開く。


「分からないか? 【キング】以外のユニークモンスターとなれば、【君主ロード】と【公爵デューク】がいるが、


 シャーロットはハッとして顔を上げる。


「ま、まさか……」

「そうだ。"迷宮の守護者"であれば、特異な性質の魔物ユニーク・モンスターより強い個体もいる。場合によっては【キング】に匹敵することもあるとか……あいつがそうかは分からんが、警戒するにこしたことはない」


 ハンスの忠告に、二人は黙って首肯する。

 三人は竜の群れが飛び去るのを確認してから道路に出た。空を見渡しながら走り、慎重に先を急いだ。


 ◇◇◇


「か~、こりゃ、えらいことになっとるな」


 手でひさしを作り、遠くを見渡す明人が呑気のんきにつぶやく。


「そんなこと言ってる場合じゃない! このままじゃ全員死んじまうぞ!!」


 悠真が焦りの色を見せる。三人は『氷の王国アイスキングダム』の状況を確認するため、街を見下ろせる高層のマンションに来ていた。

 屋上から眼下を眺めれば、街が酷い状況にあるのは一目瞭然だった。

 幾重にも重なった大波が街の半分を飲み込み、そのまま凍ってしまっている。さらに空には数十匹の"青の飛竜ブルードラゴン"が舞い、避難するのも難しそうだ。


「すぐ行かないと!」


 屋上の縁に足をかけようとした悠真に、明人が不機嫌そうに声をかける。


「待たんかい! 今行ってもワイらの手柄にはならんで。イギリス政府がもっと追い詰められんと、ワイらに助けを求めるぐらいやないと……」

「そんなこと言ってたら、みんな死んじゃうよ!!」


 悠真は体に力を込め『金属化』を発動した。前進が黒く染まり、異形の怪物へと変わる。血塗られたブラッディー・鉱石オアで筋力を増幅させ、屋上の縁を蹴った。

 コンクリートは弾け飛び、悠真の体は高々と空中を舞う。

 その跳躍力は凄まじく、『氷の王国アイスキングダム』の塀の近くまで到達してしまった。悠真はさらに地面を蹴り、五メートルはある塀を軽々と跳び越える。

 それを屋上で見ていたルイは、小さく笑った。


「僕も行くよ。悠真の言った通り、今助けなきゃ『白の魔宝石』をくれる人がいなくなっちゃいそうだしね」


 ルイも屋上から飛び降りた。五十メートルは落下していくが、ルイに慌てる様子はない。

 腰の刀を抜き、炎を灯して横に薙ぐ。剣先から現れたのは炎の鳥。

 先行して地面に向かい、衝突して大爆発を起こす。ルイは炎の障壁を展開して爆風を防ぎ、同時に落下の速度を大幅に殺した。

 鮮やかに着地すると、そのまま氷の塀に向かって走り出した。


「おいおいおい! ワイだけなんか悪者みたいになっとるやないか!! あいつらだけ勝手なこと言いよって!」


 明人は脇に置いていたゲイ・ボルグを掴み、屋上のへりに立つ。


「行ったらええんやろ! 行ったら!!」


 槍投げの要領でゲイ・ボルグを構え、力いっぱい投擲とうてきする。同時に足の裏に電気を流し、放電の反発を利用してジャンプした。

 遙か先を飛んでいく槍だが、明人が手を伸ばし【雷の魔力】を放出すると、プラズマが長く伸びて

 槍を引き寄せ、上に飛び乗った明人は屈んで槍に触れた。

 魔力をゲイ・ボルグに流し込むと、槍は推進力を増し、一直線に『氷の王国アイスキングダム』の内部に入る。


「やっぱりワイが一番速いで!」


 ふふんとドヤ顔で飛んでいると、進行方向には空飛ぶ竜がいた。


「あれが"青の飛竜ブルードラゴン"っちゅうヤツか! 面白いやないか!!」


 明人が戦闘態勢に入った時、より巨大な竜が視界に入る。


「なんや、あれ?」


 かなりの大きさ。そのうえ体が宝石のようにキラキラと光っている。他の飛竜とは明らかに違う魔物に、明人はペロリと舌を出した。


「なんや分からんけど、オモロそうや! あの竜はワイの獲物やからな、悠真やルイには渡さへんで!」

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