第245話 相棒

「大丈夫か!?」


 アニクは地面に膝をついた明人に駆け寄る。ルイやカイラ、孔雀王マカマユリのメンバーも慌てて後を追った。

 明人は担いでいた悠真を下ろし、ゲイ・ボルグを地面に突き刺してゆっくりと立ち上がる。所々服が焦げ、火傷も負っていた。

 明人が痛みで倒れそうになると、アニクが「しっかりせい」と声をかける。


「ワイは大丈夫や、それより悠真を……」


 ルイが地に伏した悠真を抱きかかえ、呼吸を確認する。


「……良かった。息はしてる、でも……」


 悠真の姿を見てルイは眉間にしわを寄せる。全身に酷い火傷を負い、右腕は肘から下がなかった。生きているのが不思議な状態、ルイは率直にそう思った。


「これは酷いのう、すぐに治療せんと。ラシ!」

「は、はい!」


 後ろに控えていた童顔の少女、ラシが背中に担いでいたリュックを下ろし、中から治療に使う道具を取り出す。

 回復魔法を使う救世主メサイアがいない以上、通常の応急処置をするしかない。


「ちっ! 悠真に意識があれば自分で治せるのに……」


 明人は歯噛みする。重傷を負って意識を失っている悠真は、とても目覚めそうになかった。

 ラシが悠真の治療をしている後ろで、カイラが立ち尽くしている。


「本当に……"迷宮の守護者"を倒したのか?」


 カイラは今、目の前で起こったことが信じられず、ただ包帯を巻かれている悠真を見つめることしかできなかった。

 崖の下、ダンジョンの底では業炎が全てを飲み込んでいる。

 このままなら"樹"が死ぬのは時間の問題だった。悠真の治療が終わると、アニクはルドラに指示を出す。


「ルドラ、この者を担いで運ぶのじゃ! 大事な役目じゃ、頼んだぞ!!」

「わ、分かりました。お任せ下さい!」


 ルドラは悠真を背負い、すぐに階層の出口に向かう。それを見たルイも明人に肩を貸し、二人で立ち上がった。


「アニクさん、ありがとうございます。悠真を運んでくれて」


 ルイの言葉に、アニクは「ひゃっひゃっひゃ」と笑う。


「ダンジョン攻略した英雄じゃからのう、死なれては困る。わしら孔雀王マカマユリが責任を持って連れて帰るゆえ、お主らも遅れるでないぞ」

「はい!」


 カイラやインドの探索者シーカーたちも、本当にダンジョン攻略ができたのか半信半疑だったが、アニクたち孔雀王マカマユリの後を追い、階層の出口へと向かった。


「明人、僕たちも」

「ああ」


 ルイの肩を借り、なんとか歩き出す明人はチラリと後ろを振り返る。そこには輝きを失った雷槍、ゲイ・ボルグが地面に刺さっていた。


「槍を持ってこないと」


 ルイが槍を取りに行こうとすると、明人は首を横に振った。


「ええんや、あれはもう使いものにならへん。【解放】を使った以上、ただ重いだけの代物や」

「でも……」


 ルイは戸惑うが、明人に迷いはなかった。


「持っていったら邪魔になるからな、ここに置いてく。そう決めたんや」


 明人の言葉を聞き、ルイは「……分かった」と答え、出口に向かって歩み出す。階層を出る直前、明人はもう一度後ろを振り返った。

 地面が崩れ始めている。樹の魔物、"迷宮の守護者"が死んだのだ。

 崖際の岩場がボロボロと崩れ落ち、槍の刺さっていた地面も崩壊した。最強の槍は火の海へと消えていく。

 その様子を一瞥いちべつした明人は視線を戻し、まっすぐに前を見る。

 出口に向かって歩く中、最後に心の中で小さくつぶやく。


 ――ありがとな、相棒。


 ◇◇◇


 一行は最下層を脱し、静かな森林地帯を進んでいた。

 ルイと明人は足を速め、先頭を歩くグループに追いつく。辺りに魔物はいないものの、地面は小刻みに揺れ、鬱蒼とした森の中に不気味な音が響き渡る。

 誰もがダンジョンの崩壊を感じ取っていた。


「これ、二十四時間以内に崩れて無くなるんか? せやったら脱出なんて間に合わんのとちゃうか?」


 明人が不安そうに言うと、前を歩いていたアニクが振り返る。


「心配はいらん。これほど巨大なダンジョンじゃ、崩れ落ちるのにそれ相応の時間がかかるじゃろうて」

「そうなんか? てっきりどのダンジョンも同じ時間で崩れるんかと思っとったで」


 明人は頬の火傷に手を当て、「いてて」と顔をしかめながら疑問を口にする。


「それは不正確な情報じゃの。まあ、ダンジョンの攻略自体、数が少ないからのう。知らんのも仕方ない」

「ダンジョンによって崩壊する時間が違うんですか?」


 ルイが明人を支えながらアニクに尋ねる。


「そうじゃ、ダンジョンは攻略すると最下層から順番に崩壊していく。当然、深度の浅いダンジョンは早く崩壊し、面積が大きければ壊れるのに時間もかかる。つまり攻略したダンジョンによって崩壊する時間はまちまちということじゃ」

「なるほど……」


 ルイは納得して深く頷く。言われてみればもっともな話だ。


「でも、だとしたら、どうして二十四時間以内に崩壊するなんて話が広まったんでしょうか? 日本ではそれが定説のように伝わってますが……」


 アニクは「簡単じゃよ」と言って顎髭あごひげを撫でる。


「世界中に魔物が溢れる前……もっとも深いダンジョン攻略は、"炎帝アルベルト"が成した百五十階層の【緑のダンジョン】じゃ。そのダンジョンがおよそ二十四時間で崩壊したからのう、それが原因で世に伝わったのじゃろう」

「そうなんですか……でも、どうしてアニクさんはそんなに詳しいんですか?」


 アニクは「ふふ」と笑ってルイを見る。


「わしだけではない。インドの探索者シーカーなら全員知っておる」

「全員?」

「インドには多くのダンジョンがある。魔物を抑えるため、いくつものダンジョンを攻略しておるからのう。必然的に詳しくなったんじゃよ」


 アニクだけでなく、孔雀王マカマユリの探索者たちも当然とばかりに頷いていた。まだまだ知らないことがあるんだな、とルイは改めて思う。

 その後も生き残った探索者シーカーたちは足を止めず、揺れる迷宮内を歩き続けた。

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