第310話 空を走る閃光

「全員! 一斉掃射!!」


 アンドリューを含め、軍人たちが空に向かって小銃を撃ちまくる。

 襲いかかってくるのは一匹の青の飛竜ブルードラゴン。大きく羽をはばたかせ、上空を旋回しながら水の吐息ブレスを放ってくる。

 二人の隊員が吹っ飛ばされるも、アンドリューたちは構わず撃ち続けた。

 雷の魔力を付した弾丸。さすがの青の飛竜ブルードラゴンも体に当たることを嫌ったようで、甲高い鳴き声を上げながら去っていく。

 アンドリューは銃口を下ろし、ホッと息をついた。


「なんとか追い払えたか……」


 水の吐息ブレスを喰らった隊員に駆け寄るが、二人ともすでに事切れていた。

 アンドリューは唇を噛みつつ、辺りを見回す。ここは大きなショッピングモールの屋上。

 大勢の人たちが避難しており、軍人も同行していた。

 屋上から辺りを見渡せば、溢れんばかりの海水が街を飲み込んでいる。ここはもうと言っていいだろう。


「隊長……対"青の飛竜ブルードラゴン"用の魔導兵器が……」


 隊員の言葉に、アンドリューは「ああ」と答える。ここから見えるビルの屋上に設置された地対空魔導兵器。

 それが海から来た魔物たちによって破壊されている。

 恐らく街の至る所で起きている光景だろう。もはや襲いくる青の飛竜ブルードラゴンを撃退する方法はない。


「このままでは……大量の犠牲者が出てしまう」


 アンドリューの予想は現実のものとなる。建物の屋上に避難した人々は、空から来る飛竜に脆弱ぜいじゃくすぎた。

 なにもできないまま、多くの人たちが殺されていく。

 唯一抵抗ができたのは探索者シーカーが固く守っている場所だけ。その一つにハンスとシャーロットの姿があった。


「はあああああああ!!」


 シャーロットが稲妻を纏った刀で青の飛竜ブルードラゴンを斬りつける。胸と翼を裂かれた飛竜はバランスを崩し、つんのめって屋上に落ちた。

 走り出していたハンスが剣を突き出す。

 バチバチとプラズマを放射する剣先が飛竜の頭に突き刺さり、感電しながら飛竜は絶命した。

 ハンスとシャーロットの見事な連携だったが、青の飛竜ブルードラゴンはまだ空に二匹いる。

 上空から吐き出された"水の吐息ブレス"をかわし、武器を構える。二人は息を合わせて、雷撃魔法を空に放つ。

 だが、二匹の飛竜にかわされてしまった。

 空を飛ぶ魔物に攻撃を当てるのは容易ではない。


「チッ!」

 

 ハンスは苦々しい顔をする。せっかく避難してきたのに、屋上にいては青の飛竜ブルードラゴンの格好の餌食になってしまう。

 かと言って下の階はどんどん浸水し、安全な場所は屋上くらい。

 いや、ここもいつまでもつか……。

 ハンスが思考を巡らせている間にも飛竜は滑空し、まっすぐに向かってくる。雷撃を放って追い払うものの、またすぐに旋回して戻ってきた。

 このままではいずれ殺される。こちらの魔力には限界があり、体力も長くもたないだろう。

 それに対し、ヤツらの仲間は時間が経つごとに増えていく。

 ここからは別のビル屋上も見える。そこにいる人たちも青の飛竜ブルードラゴンに襲われていた。軍人が必死に応戦しているようだが、焼け石に水。

 全員が食い殺され、民間人も飛竜の餌になっている。

 なにもできないことにハンスはほぞを噛む。イギリス各地ではもっと大勢の人が魔物に襲われ、命を落としているはずだ。

 それなのに助けに行くこともできず、目の前にいる人たちを守るのもやっと。

 自分は一体なにをしているのだ? 日本の探索者シーカーと共闘できれば、もっと違う未来があったのではないか?

 ハンスが自問自答を繰り返していると、


「ハンスさん!!」


 シャーロットの声が耳をつんざく。ハンスは我に返り、空を見上げた。

 飛竜が目前に迫っている。ハンスは身を捻り、敵の突進をかわそうとするが、竜の羽が肩にぶつかる。


「がっ……あ!」


 衝撃で吹っ飛ばされ、地面を転がる。「ハンスさん!」とシャーロットの叫び声が聞こえてきた。

 ハンスはうつ伏せのまま、なんとか顔を上げるが、目に入ってきたのは"水の吐息ブレス"で攻撃される民間人。すべなく体を押し潰され、大勢の人間が死んでいく。


「くっ、そ!」


 ハンスは立ち上がって剣を振るった。稲妻が空中に走るが、飛竜は軽やかにかわして上空に舞い上がる。

 ハァハァと肩で息をしながら、ハンスは空をめる。

 このままでは全員死んでしまう。なんとかしなければ……せめて、目の前にいる人たちだけでも……。

 ハンスが震える足に力を込めた時、空にまばゆい閃光が走る。

 光は青の飛竜ブルードラゴンに直撃した。竜はバランスを崩し、きりもみ状に落ちてゆく。

 屋上に激突した飛竜を、ハンスは唖然として見つめた。

 全身が凍りつき、すでに絶命している。これは氷魔法!? いや、そんな魔法を使う探索者シーカーはイギリスにはいない。

 魔導兵器をもちいて建物に"氷のコーティング"をすることは成功したが、攻撃魔法として使えるなど聞いたこともない。

 一体誰が!? ハンスは光が飛んできた西の空を見る。

 そこには小さな影があった。


「あれは……」


 飛んできたのは一体の飛竜。通常の青の飛竜ブルードラゴンではない。全身が透明で、キラキラ光る宝石を纏ったような姿。

 その飛竜にハンスは見覚えがあった。


「あのデカイ飛竜! 死んでなかったのか!?」


 第一地区から逃げる際、襲いかかってきた液状化するドラゴン。日本の探索者シーカーたちのおかげで逃げることができたが、まともに戦えば死んでいた。


「よりによって、こんなところで……」


 ハンスは唇を噛む。通常の飛竜を相手にするのもやっとなのに、あんなヤツを相手にすることなどできない。

 最悪の場合、ここにいる人たちだけでも避難させないと。

 ハンスが覚悟を決めた時、上空にいた青の飛竜ブルードラゴンがけたたましい鳴き声を上げ、こちらに向かってくる。

 ハンスは身構え、持っていた剣に"雷の魔力"を流す。


「くそったれが! 来るなら来い!!」


 ハンスが剣を振ろうとした刹那――"氷の吐息ブレス"が青の飛竜ブルードラゴンを直撃する。

 竜は空中で凍りつき、力なく落ちてきた。

 ハンスと助けに入ろうとしたシャーロットが絶句する。

 魔物が魔物を攻撃している。最初の一撃は単に外れただけかと思っていたが、そうではない。

 間違いなく、氷の竜は青の飛竜ブルードラゴンを狙って吐息ブレスを放った。

 どうしてそんなことを? ハンスは混乱して動きを止める。

 シャーロットやその他の探索者シーカー、民間人もなにが起きているのか分からず、体を強張こわばらせていた。

 上空にまで来た氷の竜は、バサリバサリと羽をはばたきながら降りてくる。

 全員が固唾を飲んで見守る中、竜が屋上に降り立つ。

 透き通る水の体、キラキラと輝くクリスタルのような角。やはりあの時の飛竜だ。

 ハンスは油断なく剣を構えた。

 だが竜が襲ってくる気配はなく、代わりに姿形すがたかたちが変化していく。

 徐々に小さくなり、人型へと収束していった。


「そんな……なぜ君が!?」


 ハンスは驚いて目を見開いた。そこにいたのは黒い鎧をまとった異形の怪物。

 【黒鎧】こと、三鷹悠真だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る