第311話 街の中心部へ

「おい! 悠真のヤツ、行ってもうたで。自分を追い出した連中をわざわざ助けに行くなんて……」


 明人とルイは『氷の王国アイスキングダム』の中にいた。高いビルの屋上から、海に沈んだ街を二人で見下ろしている。


「そういう明人だって、移動手段がいるから街に戻ろうって言ってたじゃないか」

「しゃーないやないか! 三人で移動できる手段がないんやから! ちゅうか飛べへんのはルイ、お前だけやぞ!!」

「いやいや。明人は連続して飛べるかもしれないけど、悠真は竜に変身しても三十分で戻っちゃうから、結局長距離は行けないよ」

「やっぱり乗り物が必要や。そのためには……」

「うん、イギリスに崩壊されたら困るよね」


 明人は「そういうこっちゃ!」と言い、持っていたゲイ・ボルグをかかげて魔力を流す。巨大な槍はバチバチと稲妻を纏い、空中に浮き上がった。

 明人は地面を蹴り、ひょいっと槍に飛び乗る。


「ワイは先に行く! ルイはムリすんなよ。お前は魔法の相性も悪いし、移動手段も限られとるからな」

「分かったよ。イギリスの人たちを助けてあげて」

「ああ、任しとけ!」


 明人は前を見据え、足に魔力を込める。ゲイ・ボルグは激しく輝き、爆発的な速度で飛んでいく。

 ルイは小さくなる明人を見送り、ビルのへりに足をかける。


「さて、僕も少しは役に立たないと」


 ルイは足元を爆発させると同時に跳躍した。

 衝撃で大きく飛び上がり、五十メートル先にある別のビルの屋上に着地する。かなりギリギリだったが、なんとか成功した。

 辺りは完全に海。落ちれば水の魔物に襲われて、命はないだろう。

 ルイは前を見た。この街の中心部に行くには、まだまだ距離がある。ふぅーと息を吐き、覚悟を決めて走り出す。

 屋上のへりで踏み切り、爆発を利用して大きく跳躍した。


 ――待ってて悠真、すぐに行くから!


 ◇◇◇


「お、お前……三鷹じゃないか! 助けに来てくれたのか!?」


 ハンスは目の前の"黒い魔物"に話しかける。見た目はかなり怖く、本当に味方なのか疑いたくなるほどだ。

 黒い魔物こと三鷹悠真は、凶悪な牙を覗かせこちらに顔を向けてくる。

 ハンスはゴクリと喉を鳴らした。


「ハンスさん、街は【青の王】を倒さないと元に戻らないでしょう。取りあえずヤツを探しに行きます。ここは任せて大丈夫ですか?」

「あ、ああ……しかし、青の飛竜ブルードラゴンが襲ってくれば、いつまでもつか……」

「それは大丈夫ですよ」


 悠真は空を見上げた。釣られるようにハンスも空を見る。

 遠くに見える青の飛竜ブルードラゴンが、パチッと光を浴びると、そのまま落下していく。ハンスはなにが起きたのか分からず、目をしばたかせた。


「あれは……」

「俺の仲間です。雷魔法の使い手で、空中戦もできます。この辺りにいる青の飛竜ブルードラゴンを倒してくれるでしょう」


 その話に、ハンスは顔をしかめる。


「雷魔法はともかく、空中戦もできるなんて……君たちは一体どうなってるんだ?」

「まあ、色々ありましたから。とにかく、海から来る魔物に気をつけて下さい。ここの人たちを守れるのは、あなたたちしかいませんから」

「――それは任せて!」


 悠真の言葉に答えたのは、後ろにいたシャーロットだった。


「この人たちは必ず守るわ。私たち探索者シーカーが力を合わせてね」

「……分かりました。お願いします」


 悠真が安心して行こうとした時、シャーロットが口を切る。


「それと、あなたには謝らないと」

「え?」


 シャーロットは申し訳なさそうな顔で悠真を見る。


「あなたたち日本の探索者シーカーが協力してくれると言ったのに、それを政府が断ってしまった。そのせいでこんなことに……」


 シャーロットと同じく、ハンスもまた表情を曇らせる。そんな二人を見て、悠真はフルフルと首を振った。


「前にも言ったでしょ、シャーロットさんやハンスさんのせいじゃない。それに俺たちが協力したとしても、今の状況を止められたか分かりません。とにかく、今後のこともあります。希望を持たないと」

「……そうね。その通りだわ」


 シャーロットの顔に、ほんの少しだけ光がさす。ハンスも歩み出て、悠真の肩を叩いた。


「頼んだぞ、三鷹! 【青の王】を倒せるとしたらお前しかいない。日本人のお前にこんなことを言うのも筋違いだが……」


 ハンスは目を閉じ、フッと微笑んだあと悠真の顔を見る。


「この国を……生き残ってる人たちを助けてくれ」

「……はい!」


 悠真は振り向いて屋上の端まで歩き、そのまま海に飛び込んだ。

 シャーロットとハンスが慌てて下を覗くと、悠真は足元にサーフボードのような物を展開している。

 海に沈むことはなく、ボードは水飛沫みずしぶきを上げながら、凄い速度で進んで行った。


 ◇◇◇


 悠真はバランスを取りながら足元を見た。


「おお! 初めてやったけど、うまくいったな」


 "液体金属"で作ったサーフボードは完全に足に張りつく形で、水の上をスイスイと走っていく。

 本来なら沈んでもおかしくないが、"風魔法"で強力な追い風を起こし、それを背中で受けて推進力に変えていた。

 勢いがあるうちは沈まないだろう。

 かなりの速度で中心部を目指していた悠真だったが、ほんの少しだけ体に違和感を覚える。


「なんだ? さっきから体の感覚がおかしい気がするけど……気のせいか?」


 自分の手を見てみるが、特に変わったところはない。


「まあ、いいか。それより問題は【青の王】だ!」


 ヤツを倒す方法がまだ思いつかない。【赤の王】になろうと【緑の王】になろうとヤツは対応してくる。かと言って【黒の王】の力だけでは勝てないだろう。

 金属の塊である【黒の王】は、恐らくもっとも水中戦が苦手だろうからな。

 悠真は一抹の不安を感じながらも【青の王】と会敵すべく、ボードの速度をさらに上げた。

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