第52話 深層のダンジョン

「おい、舞香! ビール持って来てくれ、一本ぐらいならいいだろ!?」

「ダメよ! お父さん、そう言っていつも深酒するじゃない! 飲み出したら止まらなくなって次の日の昼まで寝てるんだから、仕事が終わるまで一滴も飲んじゃダメだからね!!」

「なんだよ、鬼のような娘だな!」


 社長はぐぬぬぬと言いながら、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。結局、舞香に押し切られ、社長は飲酒を諦める。


「悠真! お前はマナが上がりにくいって悩んでるみてーだがな、逆に大器晩成型かもしれんぞ。いずれは『炎帝アルベルト』や『雷獣・天王寺』のような二つ名のある探索者シーカーになれ! 期待してるからな」


 ガハハハと豪快に笑う社長だが、悠真は自分の‶マナの壁″が一以下だったらどうしようと、強い不安に襲われる。

 夕食を終えると、その日は就寝することになった。


 そして翌日からも『赤のダンジョン』に潜り、魔物を倒して魔宝石を回収する仕事をこなす。

 三日をかけ、社長と田中は多くの魔宝石を入手していた。

 時価にすれば六百万はくだらないと言う。舞香も二十個近い魔宝石を魔物からドロップさせていた。

 こちらも十数万円の利益にはなるようだ。

 それに対し、悠真は三つの魔宝石しか手に入れられなかった。


「すごいよ。初めてで三つの魔宝石をゲットしたんだから! 大したもんだよ」


 舞香は明るく励ましてくれるが、三つ合計でも一万数千円程度。他の人たちとは雲泥の差だ。

 ダンジョンから宿泊先に戻る道すがら、社長に肩を叩かれる。


「まあ、明日は会社は休みにする。明後日からはまた『青のダンジョン』でマナ上げだ。当面はそっちに専念してればいいからな!」

「は、はあ……」


 また明日からビチョビチョのカエル三昧か。と悠真は陰鬱な気分になったが、仕事なので仕方ないと気持ちを切り替える。


「よーーーし! 仕事も終わったことだし、今日は飯食って飲むぞーーー!!」

「ちょっとお父さん! 車で帰るんだから、お酒はやめてよね!」

「なんだと!? 散々我慢してきたんだから、もういいだろうが!」


 酒を飲む飲まないで、社長と舞香が揉め始めた。ヒートアップしていくのでオロオロする悠真だったが、田中は穏和な表情で「まあまあ」となだめる。


「僕はお酒飲まないから、運転は僕がするよ。社長は気兼ねなく飲んで下さい」

「おお! 田中さん、分かってるね。よーし、居酒屋行くぞ。居酒屋!」


 結局、気を良くした社長と共に『探索者の街』にある飲食店に繰り出すことになった。


 ◇◇◇


「かんぱーーーい!」


 一人しか酒を飲まない社長は自分の持つビールジョッキを嬉しそうに上にかかげ、グビグビと喉に流し込む。


「ぷはーーー、最高だな。お前らも遠慮せず、食え、食え!」


 舞香は呆れた顔で「ほどほどにしてよ」と釘を刺していた。

 悠真は悠真で、目の前にあるご馳走に喉を鳴らす。刺身の盛り合わせに、寿司に、鍋に、焼肉に、よりどりみどりだ。

 悠真たちが入った店は探索者の街で一番大きな居酒屋‶やまやまダイニング″。広い店内は仕事終わりの探索者たちで賑わい、活気に満ちていた。

 どれを食べようか箸を迷わせる悠真に、酒を飲んで機嫌が良くなった社長が声をかけてくる。


「悠真、どうだった? 深層のダンジョンは『青のダンジョン』とは違うだろう」

「あ、はい! 特に‶迷宮の蜃気楼″には驚きましたね。深層のダンジョンは全部あんな感じなんですか?」


 マグロの刺身を食べながら尋ねると、社長はジョッキを一気に傾けビールを飲み干した。空になったジョッキをコースターの上に置き、満足気な表情を浮かべる。


「まあ、全部って訳じゃねーな。ダンジョンによって特徴が違うから、‶迷宮の蜃気楼″が起きない所だってある」

「日本にある深層のダンジョンって、この『赤のダンジョン』だけなんですか?」

「いや、もう一つ横浜にある『黒のダンジョン』が深いな。確か百五十階層ぐらいだったはずだが……」


 赤のダンジョンが百八十階層なのは本を読んで知っていた。確か‶深層のダンジョン″の定義は百五十階層以上。

 つまり『黒のダンジョン』はギリギリ深層のダンジョンということらしい。

 人気の無い場所だけに、情報が入ってこないのも無理ないか。と考える一方、悠真は気になることがあった。

 

「そう言えば、ダンジョンの階層ってどうやって調べてるんです? 最下層まで辿り着けないダンジョンだってあるのに」

「ああ、それな。俺も昔気になって調べたことがあったんだ。なんかボーリング調査ってのをやってるみたいだぞ」


 社長は目の前にある肉を豪快に頬張り、ムシャムシャと満足そうに食べていた。


「ボーリング調査?」

「ん……ああ、ちょっと待て」


 口に残った肉を飲み込み、社長は話しを続ける。


「まあ、俺も詳しく知ってる訳じゃねーがな。ダンジョンの横の地面を、ものすげー深さで掘削して地盤や地層を調べるんだとよ。それでダンジョンの階層が大体分かるんだそうだ」

「へー」


 深い所なら何百、何千メートルと掘らなきゃいけないだろうに。悠真はそんな仕事をしている人たちに感心する。


「じゃあ、世界で一番深いダンジョンて言うと……」

「そりゃ~もちろん。イスラエルにある白のダンジョン、『オルフェウス』だろう」

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