第217話 実力の証明

「どうぞ、こちらへ」


 ダーシャに促され、悠真たちは執務室に置かれたソファーに腰かける。

 対面のソファーにはダーシャが座り、足を組む。妖艶な見た目と振る舞いに、悠真は思わず生唾を飲んだ。

 両隣を見れば、ルイや明人も顔が赤くなっている。

 ――ドギマギしてるのは俺だけじゃないな。

 少し安心して悠真は姿勢を正した。


「日本からわざわざ来てくれたそうだね。このご時世に海外から探索者シーカーがやって来るとは思わなかったよ」

「あ、あの……インド政府から正式に応援要請が来てたんですけど、なにか聞いていませんか?」


 尋ねたのはルイだった。ダーシャは腕を組み「う~ん」と言って考え込む。


「海外から応援が来るという話は、政府がよく使う常套句じょうとうくなんだよ。そう言って我々に希望を抱かせるんだ。もう少しで助けが来てくれる。あと少しがんばれってね。だけど助けが来たことなんて一度もなかった。もう誰も信じてないよ」


 ダーシャはフフッと苦笑を浮かべる。

 インドの状況は悠真も聞いていた。世界中が魔物の被害に遭う中、【緑の王】がいるインドと、【黄色の王】がいるアメリカは特に酷いらしい。

 アメリカは都市のほとんどが壊滅し、インドに至っては14億人いた人口が、わずか数ヶ月で半減したと言う。

 ダーシャたちが感じた絶望は想像を絶するものだろう。


「しかし、本当に来てくれる海外の探索者シーカーがいたというのは驚きだよ。君たちの国は大丈夫なのか?」

「ああ、問題ないで。暴れ回っとった【赤の王】はもう倒しとるからな。こっから先は人助けや」


 明人の話を聞いていたダーシャは鼻を鳴らす。


「悪いが、さすがにそれは信用できない。特異な性質の魔物ユニーク・モンスターの王がどれほど恐ろしいか……我々は身をもって知っている。あれは人間が倒せる魔物ではない」


 明人はと両手を上げて、「はっ」と息を漏らした。


「まあ、ええ。信じる信じへんは、そっちの勝手や。ただワイらは【緑の王】の討伐に手を貸す代わりに、"白の魔宝石"をもらう約束をしとる。大丈夫なんか? 首都のニューデリーが壊滅したらしいけど、魔宝石は無事なんか? ワイらはタダ働きする気はないで」

「それは大丈夫だと思うよ。ニューデリーが襲われたといっても、政府機関が完全に破壊された訳じゃない。それに魔宝石は重要な資源だ。特に厳重に管理されているから、消失はしてないと思う」


 ダーシャの話を聞いて、悠真は少しだけ安心する。

 仮に【緑の王】を倒したとしても、対価である"白の魔宝石"がもらえなければ意味がない。

 ホッとした悠真たちを見て、ダーシャは「ただ……」と言って視線を落とす。


「君たちが日本から来てくれたのはとても嬉しい。しかし、ここにいる探索者シーカーはインド各地から集められた精鋭だ。半端な力しか持たない探索者シーカーだと、むしろ足手まといになってしまう」

「はは~ん、なるほど。つまりワイらの実力を知りたいっちゅうことやな」

「話が早くて助かる。その通り、ここに集まった連中に実力を証明してほしい。人によっては海外から来た人間に不信感を持つ者もいるからね。納得する材料を示してもらいたい」


 フフ、と値踏みするようにダーシャは視線を向けてくる。

 確かに、どこの馬の骨とも分からないヤツを信用しろと言うのは無理な話だろう。背中を預けられるかどうか。実力を知ろうとするのは当然だ。

 悠真は納得して口を開く。


「分かりました。それで、どうやって証明すれば?」

「なに、単純だよ。みんなの前で、君たちの得意な魔法を見せてくれればいい。我々も素人ではないからね。見れば実力どれほどかは分かる」


 ダーシャは立ち上がり、書斎机の上に置いてある固定電話の受話器を取った。


「ああ、私だ。今いる探索者シーカーを中庭に集めてくれ。ああ、そうだ。よろしく頼む」


 受話器を置いたダーシャは、「さあ、行こうか」と事も無げに言った。


 ◇◇◇


 裁判所の施設内を歩き、中庭に続く渡り廊下に出る。


「ダーシャ・バラモンって、インドの有名な探索者シーカーだよね」


 ルイが小声で話しかけてきた。


「そうなのか?」と悠真が聞くと、ルイはコクリと頷く。

「かなり凄腕らしいよ。風魔法の使い手で、確か妹さんも風魔法を使う探索者シーカーじゃなかったかな? インドでは二人に敬意を込めて、【双剣の風神ヴァーユ】って呼んでるみたいなんだ」

「へ~」


 日は傾き始め、西日によって大きな影が庭を覆う。中庭の端まで足を運ぶと、すでに数人の男女が集まっており、まだまだ増えそうだ。

 この人たちの前で実力を示さないといけないのか、と悠真は少し緊張してきた。『金属化』すれば簡単に実力を証明できるが、そんな訳にはいかない。

 インドネシアで酷い目にあったばかりだ。こんな大勢の前で特殊な力を使えば、全員が目の色を変えてもおかしくない。

 かと言って生身の体ではうまく魔法が使えない。

 どうしたものかと考えていると、一人の女性がこちらに歩いて来る。

 ダーシャと似たバトルスーツを着こみ、背中には巨大な大剣を担ぐ。セミロングの髪と、緋色の目。かなり気の強そうな表情をした凛々しい女性だ。


「姉さん。そいつらですか? 日本から来た探索者シーカーというのは?」


 険のある言い方。よそ者は歓迎していないようだ。

 辺りを見回せばインドの探索者シーカーたちは腰を下ろし、こちらを訝しむように睨んでいた。歓迎してないのは彼女だけではないのだろう。


「ああ、そうだ。今から実力を見せてもらおうと思ってな」

「そうですか、でも納得できない実力しか無いようなら、ここから出ていってもらいますが、それでいいですよね。姉さん」

「もちろん。それで構わない」


 ダーシャは振り返り、悠真たちの顔を見る。


「失礼した。彼女は私の妹で、探索者集団クランの副リーダーでもあるカイラ・バラモンだ。見た目はかわいらしいが、なかなかの腕前だよ」

「姉さん!」

「フフ、失敬」


 ダーシャは楽しそうに笑い、中庭の中心部に足を進める。集まった探索者シーカーたちを見回してから口を開く。


「みんな集まってくれて感謝する。彼らは遥々はるばる日本から来てくれた探索者シーカーたちだ。我々と共に戦ってくれると言っている」


 中庭にざわつきが広がる。なにかを小声で話し、困惑しているように見える。


「もちろん、ここに集まっているのはインドでも最強クラスの手練れたちだ。彼らが我々と共に戦える力が無ければ、協力は断り、帰ってもらおうと思っている。今から実力を見せてくれるそうだから、みんなもしっかり確認してくれ」


 辺りはシンッと静まりかえる。中庭の端にはカイラが腕を組んで仁王立ちし、睨むようにこちらを見ていた。

 ダーシャはきびすを返し、悠真の肩をポンポンと叩いて去っていく。

 カイラの隣に立ち、成り行きを見守るようだ。三人とも緊張した面持ちになるが、ルイがフゥーと息を吐き、


「僕が最初に行くよ」と言って前に出る。


 庭の中央に立つと瞼を閉じ、意識を集中させる。しばしの沈黙。

 瞼を開くとつかに手をかけ、ルイはさやからゆっくりと刀を抜いた。

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