第216話 最高裁判所

「おいおい!」


 慌てる悠真とルイを余所目よそめに、明人はドアを開け、ハンドル付近をいじり始める。


「明人! 泥棒だよ。怒られちゃうよ」


 止めようとするルイに、明人は「ちょっと拝借するだけや、黙っとき」と言って聞く耳を持たない。


「だいたい、持ち主はもう逃げ出しとるやろ。ワイらが使ったところで、誰も騒いだりせえへんで」

「鍵なんてないだろ!?」


 鍵を探していると思ったルイが声を荒げるが――


「アホか! 鍵なんか探してへんわ。ワイの技術を見とけ!」


 明人は雷魔法でハンドル周りのカバーを破壊し、配線を引きずり出す。指先に雷の魔力を集め、小さな"稲妻の刃"を作り出した。

 その刃で配線を切断し、電気系統をショートさせる。


「そんな映画みたいなこと、うまくいく訳ないよ」


 ルイが呆れたように言うが、ブゥゥンとエンジンがかかってしまった。


「ハッハッハー、どや! コイツみたいに古い車ならできるんや、驚いたか?」


 悠真とルイは眉根を寄せ、「どこでそんな技術を……」と困惑した。


「はよ乗れ! 出発するで」


 ちゃっかり運転席に座り、ハンドルを握る明人。

 ルイが「免許持ってないでしょ?」と聞くと、「そんなもん無くても運転ぐらいできるわ!」と悪びれる様子もない。


「そもそも、日本の免許持ってても海外なんやから関係ないで! 四の五の言わんとさっさと乗りい」


 悠真とルイは顔を見合わせ、どうしたものかと思ったが「へいへいへい」と煽ってくる明人に対し、なにも言えなくなる。

 仕方なくルイが助手席、悠真が軽トラックの荷台に乗り、オリッサ州の都市カタックに向け出発した。


 ◇◇◇


「カーナビ使えへんから、えらい迷ったで」


 明人がぶつぶつ言いながらハンドルを切る。

 二時間ほどかけてカタックに到着した三人は、車内から辺りを見回す。街並みはインドネシアと似ており、都市と言うほど都会ではない。

 公道の至る所に車が乗り捨てられているため、間を縫うように走るしかなかった。人通りは少なく、カタックに入ってから見かけたのは数人ほどだ。

 戦いの最前線だけに、残っているのは探索者シーカーぐらいだろう。


「マナの影響でGPSに支障が出てるみたいだからね。地図を見ながら目的地に行くしかないよ」


 助手席に座るルイが地図を広げ、道順を確認する。カタックで探索者シーカーの拠点となっている最高裁判所を目指していた。


「この道を左のはずなんだけど……」


 ルイに言われた通り、明人は左にハンドルを切って狭い路地に入る。「大丈夫かいな?」と心配しつつも、しばらく走っていると赤い建物が見えてきた。


「ああ、あれだよ。あのビルだ!」


 ルイが声を弾ませ、指を差す。明人も「やっと着いたか」と溜息を漏らした。

 門の前で軽トラックを止め、二人は車外に降りる。ルイが荷台を見ると、ピッケルが入ったバッグを大事そうに抱え、悠真が寝ていた。


「悠真、着いたよ」


 ルイが肩を叩き、悠真を起そうとする。よく揺れる荷台で眠れるな、と思ったが、悠真は慣れない火魔法を使って相当疲れているようだった。

 魔力を回復するには休むしかない。眠ることも大切な休養だろう。

 そんなことを考えている間に、悠真は目を覚ました。


「ん? ああ、着いたか」


 悠真は大きな伸びをしてから立ち上がり、荷台から飛び降りた。

 三人は赤い門扉をくぐり、最高裁判所の敷地に入る。ビルの入口には数人の男たちがいて、こちらをいぶかしむように見てくる。

 男の一人が悠真たちの前に立ちはだかり、警棒のような物を向けてくる。


「なんだ、お前ら? ここいらの探索者シーカーじゃねーな。何者なにもんだ?」


 三人は立ち止まり、敵意剥き出しの男を見る。


「なんや、こいつらもワイらと似た翻訳機を耳に付けとるな。外国から探索者シーカーの応援でもあるんか?」


 明人がルイに聞くと、ルイは「いや」と言って否定する。


「インドは国内に複数の言語があるんだよ。たぶん各地域からここに集まってる人が多いんじゃないかな」

「そういうことか」


 明人とルイが勝手に話し出したことに、警棒を持った男は青筋を立てる。


「なにぶつくさ言ってんだ。何者なにもんか名乗れって言ってんだよ!!」


 男の横柄な態度に「なんやとぉ」と怒り始めた明人を手で制し、ルイが前に出て、話を切り出した。


「すいません。僕たちは日本から来た探索者シーカーです。インド政府からの救援要請に応じた正式なものです。責任者の方はいらっしゃいますか?」


 ルイがそう言うと、男は困惑した表情で後ろにいる仲間たちに報告しにいく。

 三分ほどの会話を終え、男は戻ってきた。


「そんな話は聞いていない。胡散臭いヤツらだ、とっとと帰れ!」

「ああ!? 喧嘩売ってんのか!」


 明人がブチ切れて激高する。今にも飛びかからん勢いだったが、ルイが間に入ってなんとか止めた。


「ここは僕に任せて」


 ルイに諭され、明人は「チッ」と舌打ちし、腕を組んで不貞腐れる。

 悠真も自分が行ったら喧嘩になりそうだ。と思い、男との対応をルイに任せることにした。


「ニューデリーが魔物の襲撃を受けたことは知っています。政府機関の情報伝達がうまくいっていないんでしょう。ただ、僕らはインドの探索者シーカーたちの援軍として来ているので、皆さんに取っても悪い話ではないはずです。どうか、戦いに参加させてくれませんか?」


 そこまで言うと、男も頭を掻いて悩み始めた。

 警棒を持った男は再び仲間の元へ行き、話を始める。今度は仲間のうち二人が建物の中へ入って行った。

 どうやらもっと上の人間に指示を仰ぐようだ。

 三人はホッと息をつき、結果が出るまで待つことにした。


 ◇◇◇


「こっちだ。入れ」


 三十分ほどして男が戻って来た。建物の扉を開け、入るように促す。

 悠真たちは互いに顔を見合わせるが、行く以外に選択肢はない。男に言われるまま建物に入った。

 大理石の床に、堅牢なコンクリートの壁。いくつもの木製扉が連なっている。

 外観から立派な建物だったが、内部はさらにしっかりした造りだ。探索者シーカーの拠点にするには丁度いいかもしれない。


「ここって裁判所だったんだろ? こんな所に入るの初めてだな」


 悠真が呑気に言うと、ルイが「そうだね」と頷く。


「それもただの裁判所じゃなく、元々は最高裁判所だったみたいだよ。まあ、インドがどういう司法制度か知らないけど、格式高い場所なのは間違いないね」

「へ~」


 悠真は周囲を見回しながら男についてゆく。

 二階にある扉を男がノックし、「失礼します」と言ってドアノブを回した。悠真たちが後に続いて部屋に入る。

 そこは執務室のような場所。それほど広くはないが、年季の入った木製の書斎机が置かれていた。座っていた人物が顔を上げる。


「ご苦労、下がっていいぞ」


 案内してくれた男が一礼し、部屋を辞去する。

 部屋には悠真たち三人と、オフィスチェアに腰かける一人の人物がいた。長く綺麗な髪にエキゾチックな顔立ち。

 前髪が左目にかかっているが、妖艶な美しさは見て取れる。


「初めまして、私がインドの探索者集団クランをまとめるダーシャ・バラモンという者だ。よろしく、日本からのお客人」


 立ち上がったのは170センチ以上ある凛々りりしい女性だった。

 

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