第200話 新たな探索者集団

 東京を見下ろす東京都庁の南展望室。

 普段は外国人などで賑わう人気のスポットも、今は閑散としている。そんな中、一人の男が大きな窓から倒壊したビル群を眺めていた。

 無残な光景を晒す都心の街並み。以前とはあまりに違いすぎる。


「やはり、ここにいたか」


 後ろから声をかけられ、男は振り向いた。

 見知った知人の顔に、思わず頬が緩む。


「本田……どうしてここが分かった?」

「陸自の関係者に聞いたら、ここじゃないかって言われてな。なにか考えごとがあると、よく来てるんだろ?」


 御子柴は笑みを漏らす。


「ああ、確かにそうだ。色々考えたいことがあってな」


 二人は並んで景色を見る。変わってしまった自分たちの街。それでも、完全な壊滅は免れたようだ。

 時間はかかるが、復興は可能だと言われている。


「彼がいなければ、この程度では済まなかっただろう」


 本田の言葉に、御子柴は「ああ」と答える。


「聞いたよ。陸自の幕僚長を退官したんだってな」

「……やったことに対する責任は取らねばならん。逮捕されなかっただけ、ありがたいよ」

「すまなかった御子柴。俺のせいで、お前のキャリアを潰してしまった」


 御子柴はフッと笑みを浮かべた。


「後悔などしていない。やるべきことをやっただけだ。お前こそ大丈夫だったのか、会社での立場を悪くしただろう?」

「社長はカンカンだよ。本部長職は解任だ。それでも会社には残れることになった。今の総理が問題を握り潰してくれたおかげだよ」


 二人で笑い合ったあと、しばし黙り込んだ。互いに思うことはあったが、なかなか口にすることができない。

 だが、本田はここに来た目的を告げる必要があった。


「御子柴。今後のことが決まっていないなら、エルシードに来ないか? 会社としては受け入れる用意がある」


 御子柴は頭を振って本田を見る。


「俺は東京の復興に関わる仕事をしようと思ってな。せっかくの好意だが、遠慮させてもらうよ」

「そうか……だったら仕方ない」

「まあ、俺のことなど大した問題ではないが……それより彼はどうするんだろうな。これからの方が大変そうだ」


 御子柴の話に、本田も「確かに」と同意する。三鷹悠真が今後どうするのかは分からない。

 ハッキリしているのは、彼のこれからの行動が、世界に大きな影響を与えるということ。

 もはや行政の中心にいない御子柴や本田には、その動向を知るすべがない。成り行きを、ただ見守るしかなかった。


 ◇◇◇


 首相官邸の壁を壊してから数日後。悠真は再び官邸に呼ばれていた。

 今いるのは以前も来ていた会議室。緊張した面持ちで椅子に座り、芹沢が来るのを待つ。

 今回は一人で来たため心細く、なによりこの間のことを怒られるんじゃないかと、ドキドキしていた。

 しかし、部屋に入ってきた芹沢にそんな様子はない。

 悠真は取りあえず、ホッとする。


「三鷹さん、この前お話したインドへの派遣の件ですが……」

「はい、どうなりました?」


 悠真は芹沢に尋ね、ゴクリと喉を鳴らした。


「正式に決定しました」

「本当ですか!?」


 思わず声が上ずる。これで楓を助けられる可能性が出てきた。道が開けたんだ。


「色々あったため、閣僚会議で反対意見も出ましたが、高倉総理がなんとか押し切りました」

「お手数をおかけしました。ありがとうございます!」


 悠真が暴力を振るったことは、問題になったはずだ。それも含めて押し切ってくれたのだろう。

 賛成してくれた議員には感謝しかない。


「ただ、派遣にあたって一つ条件があります」

「条件?」


 悠真は怪訝な顔をする。


「三鷹さん一人だけを派遣するのは難しいですね。各国は日本に、探索者集団クランの派遣を希望しています。一人だけの探索者シーカーでは、向こうも納得しないでしょう」

「まあ……それはそうですね」

「また、三鷹さんだけでは大変な部分もあるでしょう。サポートの意味も含め、数人を同行させることにしました。これは政府の決定とお考え下さい」

「それは、全員探索者シーカーですか?」

「はい、すでにエルシードとファメールに打診を出し、適正な人材を選抜してもらっています。この官邸に来ておりますので、お会いになりますか?」

「え!? もう決まってるんですか」


 あまりに急な話に、悠真は意表を突かれる。政府の決定とはいえ、そんなエリート企業の探索者シーカーと、うまくやっていけるだろうか?

 やや不安になったものの、芹沢に促され席を立つ。

 別の会議室に待機してもらっているらしい。少し緊張しながら、悠真は芹沢の後ろをついていった。


「ここです」


 扉の前で立ち止まる。芹沢はドアをノックし「失礼します」と言って中に入った。

 悠真も後に続いて部屋に入る。


「なんや遅かったな。けっこう待ったで!」

「え?」


 聞き覚えのある関西弁に、思わず顔を上げる。

 そこにいたのはファメールの明人だ。ずいぶんラフな格好で、会議室のテーブルに腰を下ろしていた。


「明人!? なんで……」

「なんや、面白そうな打診がファメールにあったからな。ワイが手え上げて、参加を希望したんや」

「そうなんだ」


 明人が来ていることに驚いた悠真だが、部屋にもう一人いることに気づく。

 真面目そうなスーツを着た栗色の髪の青年。悠真に対し、優しげな視線を向ける。


「ルイ!」

「悠真、僕がエルシードの代表として、君に同行する。君一人じゃ心配だしね」

「い、いいのか? 会社はホントに許可を出したのか?」


 幼馴染であるルイが一緒に来てくれれば心強いが、ルイはエルシードのホープと言われている。

 会社が簡単に許可を出すとは思えない。


「言っただろ。楓を助けるため、僕はいくらでも協力するって。会社からはちゃんと許可が出てるし、天王寺さんや仲間は快く送り出してくれたよ。それが世界のためでもあるから、しっかりやれってね」


 悠真は胸の奥が熱くなった。自分のわがままで"白の魔宝石"を集めたいと言ったのに、それに付き合ってくれる人がいるなんて。


「まあ、三人だけやけど、これで探索者集団クランとして体裁は整ったな。よろしく頼むで三鷹悠真!」


 明人はテーブルから下り、悠真の前で手を差し出した。

 がっちりと握手を交わす。ルイも近づき、右手を上げた。悠真はその手に向かって、力強くハイタッチする。

 ついこの間まで戦っていた者同士が、探索者集団クランを組むとは思っていなかった。

 二人の強さは充分知っている。

 インドへ旅立つ前に、心強い仲間を得ることになった。

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